fan fiction

□恋人として
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「なあ、どっか行きたいとこってないのか?」


シャワーを浴びて寝室にもどる。
ひとあし先にバスローブ姿になった恋人は、ベッドのうえに腹ばいになって小鳥と戯れていた。


「いきなり、なに?」


恭弥はもそもそと起きあがって、バスローブの乱れをなおす。
どうせすぐ脱ぐんだから、ちょっとくらい乱れたままでもいいのに。
なんてことを口にだして言おうものなら確実に咬み殺されるから、絶対言わないけど。


「だって、明日から三連休だろ?」


恭弥の元から飛びたった、丸いフォルムの黄色い小鳥が、お役目交代とばかり俺の頭のうえでくるりと旋回すると、そのままリビングへ飛んでいった。
向こうで今度はエンツィオの遊び相手になってくれるだろう。


「三連休だからって」
「しかも、いま日本は行楽シーズンだろ?」
「それは、たしかにそうだけど」
「だからさ。恭弥はどっか行きたくねえのかなーって」


ベッドにあがって、恭弥の隣に座る。左腕で抱きよせた腰はあいかわらず、下手に力をいれたら折れそうなほど、細い。


「だって、あなた仕事は?」
「ん? ちゃんと終わった。ごめんな、日本に来るなり出張なんか入っちまって」
「いいよ。昨日は僕も委員会があったし、今日はあなたの代わりに沢田たちを咬み殺したから」
「へえ、って、おい!?」
「彼らはいつでも群れてるからね。それに、赤ん坊からも言われてるんだよ」
「リボーンに? なんて?」
「日常には適度な緊張感が必要だから、隙があったら咬み殺してやれって」
「リボーン……」


どこまでスパルタなんだ、あいつ。
そのくせ、恭弥には妙に甘いのが腹立たしい。元教え子としても、恭弥の家庭教師としても、恋人としても。


「だから、あなたが謝ることはないよ。第一、日本へは遊びにきてるわけじゃないでしょ」
「まあ、そりゃそうだけど」


本音を言わせてもらえば。
俺にとって日本での仕事は大義名分以外のなにものでもない。
有り体に言ってしまえば、建前ってやつだ。
ありがたいことに、その大義名分は至極順調で来日する理由にはことかかない。
だからって、そう頻繁に来れるわけじゃないのが、つらいところで。
今回みたいに、予定外の仕事がいきなり入ったりするのも。


「けど、恭弥。仕事は大事だけど、だからって、おまえが二の次ってわけじゃないぜ?」


右腕も恭弥の腰にまわして、ぎゅっと抱きしめる。
こうして背中から抱きしめられるのが、恭弥は好きだ。
ふつうに正面から抱きあうのは気恥ずかしいんだろうと思ったら、そうではなく。
いや、たぶんそれもあるんだろうけど。


『背中からだと二人で同じものが見れるから』


言われたとき、正直ちょっと感動した。
俺にはない発想だったし、恭弥が俺が考えているよりずっと、二人のことを大切に思ってくれているのがわかったから。
だから、恭弥を甘やかしたいときは、まずこうする。


「……わかってるよ、そんなの」
「そうか?」


案の定、恭弥は体重を預けてきた。腹の前で組んだ俺の手に、ひとまわり小さな手が重なる。
そっと、どこかためらいがちに。


「なに? 仕事と僕とどっちが大事なの? とか言ってほしいわけ?」
「おお。定番だな」
「言うわけないだろ、そんなこと」
「わかってるって。理解のある恋人で、感謝してるぜ?」


こめかみにキスをする。感謝してるのは本当だけど、もう少し我儘でもいいのにと思っているのも本当。
なにしろ、恭弥はあまりにも物わかりがよすぎるのだ。
恋人としては。


「ねえ?」
「ん?」
「出かけたいなら、いいところがあるよ」
「どこだ?」


振りむいた恭弥の唇に浮かぶのは、不敵な微笑。

「並中」
「……恭弥」


言うんじゃないかとは思ってたけどな。


「二日分の埋めあわせ、してくれるんでしょう?」
「それはする。するけど、そうじゃなくてな」
「あの小動物たちじゃ、ちっとも楽しめない。やっぱりあなたと戦うのが、いちばん面白いね」
「恭弥」
「ねえ。埋めあわせしてくれる気なら、ちゃんと本気で戦ってよ」
「だから。それは別に連休中じゃなくてもいいだろ」
「別に連休中だっていいよ」


こうして当たり前に我儘を言うのなら、いいかげん師弟関係を認めてくれないものだろうか。
まったく、恭弥はあまりにも聞き分けが悪すぎるのだ。
教え子としては。


「なあ。戦うのは、帰るまでいくらでも相手してやるから」
「本当?」
「約束する。だからさ……俺が三連休にこっちいられるの久しぶりなんだし、たまには恋人っぽくデートしようぜ?」


まだあどけなさの残る頬に頬を寄せて、いっそう密着しながら言ってやれば、まだ不服そうな表情ではあるものの納得はしたようだ。


「約束は守ってよ」
「もちろん」
「本気で、だからね」
「わかってる」


教え子としての我儘も、それはそれで可愛い。
でも、俺としてはやっぱり、恋人として我儘を言って甘えてほしいのだ。
だからといって、恭弥は意識して二つの立場を使い分けているわけではないらしい。
たぶん、教え子としてのほうが気兼ねしないだけなんだとは思う。
もともとが聡い子だから、きっといろいろ考えたり先読みしたりして、自分が我儘を言う前に、俺のことを気づかってしまうんだ。
急な出張を電話で告げても、たった一言『わかった』と言って納得してしまう。
電話越しにさえ、淋しがっているのが伝わってきたのに。
だからこそ、この三連休は徹底的に恭弥を甘やかすつもりで、並盛に戻ってきたのだ。


「……どこでもいい」
「えー? どっかあるだろ。動物園とか水族館とか遊園地とか」
「あなたが行きたいなら、行ってもいいけど」
「俺は、恭弥が行きたいところに行きたいんだって」
「僕はあなたが一緒ならどこでもいいよ」


少しでも遠ざけようとして横をむいた恭弥の首筋がみるみる紅くなっていく。
顔はそむけたくせに、重なった手には力がこもった。
ああ。
もしかしたら、恭弥には俺の考えなんてお見通しなんじゃないだろうか。
甘やかそうとしてるのに、その実甘やかさせてもらってるのかも。
そして、結局のところ俺のほうが甘やかされてるのかもしれない。


「恭弥……!」
「えっ? あ! ちょっ…!」


ぎゅぎゅぎゅっと抱きしめて、そのまま押したおした。
反動で弾む身体をそのままに、キスをする。
淡く、深く、何度も。


「……三日間、ここにずっといるってのは?」
「ばか」
「ちぇっ……天気よさそうだから、海沿いでもドライブするか。あんま変わり映えしねえけど」
「……ねえ?」
「なんだ?」
「どこに行ってもいいけど、ちゃんと僕と一緒にいてよね」
「恭弥……」
「三日間ともだよ」
「言われなくても、離さねえよ」
「……うん」


お見通しでも、そうじゃなくても。
甘やかしてるんでも、甘やかされてるんでも。
どっちでもいい。
二人でいられさえすれば。


「好きだぜ、恭弥。愛してる」
「ディーノ……」


細い腕が背中にまわったのを合図にして。
二日ぶりの夜をはじめるために、俺は恭弥の唇にもう一度キスをした。




end

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