fan fiction

□君を想う〜side D
1ページ/1ページ


恋人と一緒にいて、幸せだと思う瞬間はいくらでもある。
とりわけ。
腕のなかで安心しきった顔をして眠る恋人を見ている、こんな夜には。



「…………」


恭弥が寝言を言うのはめずらしい。
あいにく、なにを言ったのかは聞きとれなかったが。
ただ、微妙にしかめっ面になったから、昼間戦ったときのことでも夢にみて、悪態をついたにちがいない。
夢の中でくらい、大人しくしてくれればいいんだけどな。
そんなこと、おまえには言うだけ無駄ってもんだろう。

額に張りついた、最高級の絹よりもっと艶やかな髪をはらう。
まったく癖のない黒髪と、漆黒が映えるよう誂えたとしか思えない、白い肌。
目の当たりにするたびに、美しい生き物だとつくづく感じいってしまうのは、なにも惚れた欲目ってだけじゃない。
言うと嫌がるけど、恭弥は、本当に綺麗だ。
実際のとこ、イタリアじゃ日本人なんてめずらくない。
大挙して訪れる観光客のなかには、思わず二度見しちまうくらいの美人がいたりもする。
だけど。
俺が、一瞬で魂をもっていかれたのは、おまえだけだ。
もっとも、見た目と中身のギャップに、しばらくそのことには気がつかなかったんだけどな。

不満を訴えるように、長い睫毛がふるりと震えた。
普通の人間なら直視するのを躊躇うほど強い力を宿す瞳は、いまは目蓋の奥に隠れている。
はじめて会ったとき、俺はその目を見てやばいって思ったんだ。
リボーンからは名前と問題児だということしか教えられず並中へ行った、あの日。
薄暗い応接室で、それでもおまえははっきりと見えた。
輪郭がくっきり周りから浮きあがるみたいに。
あのときおまえは制服を着ていたから、薄闇にまぎれてしまってもおかしくなかったのに。


『僕はそんな話どーでもいいよ…あなたを咬み殺せれば』


あのときの、獲物を見つけた猫みたいに楽しげで、挑発するような瞳。
あれでやられちまったなんて、だって、ふつうは思わないだろ?
なにしろ。
おまえときたら、好戦的でプライド高くて、負けず嫌いで、とにかく、とんでもないじゃじゃ馬だったんだから。
毎日毎日俺を咬み殺そうとする相手に惚れてるなんて、どうやれば気づけるんだよ。

ようやく、いろんなことが落ち着いてから。
俺は自分の気持ちを理解した。
けどさ、本当はそのままなかったことにするつもりでいたんだ。
キャバッローネを継いでから、俺は自分の立場ってものを考えて行動してきた。
ファミリーを守るために、浅はかな真似だけはするまいと。
それなのに、抗争の火種を貰い火するようなこと、できるわけがないじゃねえか。
そもそも、恭弥が俺を好きになってくれるとはとうてい思えなかったし。
不毛で不利益な恋なんて、マフィアのボスが抱えていていいもんじゃない。
本気でそう思ってた。


「けどなあ……」


本気で思ってたのに、できなかった。
理性であっさりどうにかできるなら、ロミオとジュリエットにだって別の人生があったわけで。
どうにもならないからこそ、恋ってもんなんだろう。
なにより、恭弥。
おまえが、少しずつ俺に気を許すようになるにつれて、愛しいって気持ちが抑えられなくなった。
その段階でだって、報われるなんて思ってなかったんだけどな。
告ったときも、たぶん、俺は半分くらいは拒まれたかったんだと思う。
そうすれば、今度こそ諦めろと自分を説得することができる。
そんなふうに。
だけど。
おまえは、俺を拒まなかった。
驚いたような顔をして、それから、俺の気持ちを受けいれてくれた。
驚いたのは俺のほうで、実際、いまもときどき信じられなくなる。
おまえが、俺の隣にいてくれるのがさ。
そんなこと知られたら、おまえにまたへなちょこって言われちまうだろうけど。

だからって、もちろん、恭弥の気持ちを疑ってるわけじゃない。
むしろ、自分で考えてるよりもっと愛されてるんだと思う。
だってさ。
おまえ、俺が帰国する前になると、すごく淋しそうだもんな。
たぶん、おまえは隠せてるつもりなんだろうけど。
そんなの無理に決まってるって。
淋しいのは俺だって同じなんだから。
伝わらないわけないだろ?

恭弥とつきあいはじめて、後ろ髪をひかれる思いっていうのを身をもって知った。
いっそ攫ってしまおうかと、何度思ったかしれない。
俺の町へ連れていっちまえば、そのまま離さなくてすむんじゃないかなんて、馬鹿なことを考えたりする。
いまのとこ、何度誘っても色よい返事は聞かせてもらえなくて、実行できずにいるんだけど。
でも、恭弥。
おまえの並盛もいい町だけど、俺の町も負けてないぜ?
だから、いつか必ず遊びにきてくれな。
それまでには俺も、おまえを並盛に帰す余裕を身につけるよう努力するから。
たぶん、きっと。


「……ディーノ? 眠れないの?」


ずっと見つめていたせいで、恭弥がうっすらと目を開けた。


「なんでもない。ごめんな」


せっかく熟睡してたのに、可哀想なことをしちまった。
恭弥は、ぼんやりと無防備な表情で俺を見ていたが、なにやらひどく緩慢な動きで腕をもちあげて。
俺の頭を撫でた。
ぽんぽん、とかるく弾ませるように。


「恭弥……?」


そうして。
満足そうに微笑むと、目を閉じた。
きっと、また夢のなかへ戦いにいったんだろう。



恋人と一緒にいて、幸せを感じる瞬間はいくらでもある。
いま、ここに恭弥がいることが、なによりの幸せだけど。
なあ、恭弥。
たいして長くもないが、順風満帆とは言いがたい俺の人生のなかで。
おまえに会えたのは奇跡で、でも、必然で、俺にとっては最高の褒美なんだと思う。
だから。
俺は一生おまえを離してやらない。
たとえ、咬み殺されたってだ。
そのへんのとこ、覚悟しておいてくれ。

静かな夜のなか。
恭弥の身体をいっそう抱きよせて、目を閉じた。
いいかげん行ってやらないと、気の短い恋人が夢のなかでなにを咬み殺すかわかったもんじゃないから。
なにしろ、おまえはじゃじゃ馬だからな。


「おやすみ、恭弥……愛してる」




end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ