fan fiction

□君を想う〜side H
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恋人と一緒にいて、不思議だと感じる瞬間はいくらでもある。
とりわけ。
夢の淵へおちた恋人の穏やかな寝顔を見ている、こんな夜には。



「…………」


ディーノがまたなにか寝言を呟いた。
あいにく、僕には意味の解らない言葉だったけれど。
起きているときは流暢に日本語を話すのに、やっぱりと言うべきか、寝言はイタリア語になるのだ。
僕はそれを聞くと、あなたが異邦人なのだと実感するよ。
この、あきらかにこの国の人じゃない見た目以上に。

そっと手をのばして、癖のある髪にふれる。
光をそのまま束ねたような金色。
ふさふさと長い睫毛まで金色で、起きているときでさえ人形じみているのに、目を閉じているいまはなおさら、作り物めいて見える。
もちろん並盛にも外国人はいるし、日本人でももともと色素の薄い人や、人工的な加工をする不届き者もいる。
だから、金髪や茶色の瞳がめずらしいわけでもないのに。
何故かな。
いつでも僕は、あなたの持っている色がいちばん綺麗に見えるよ。
べつに、金色や茶色が特別好きなわけでもないんだけどね。
でも、その色がいつだって僕を引きつけるんだ。
はじめて会った、あの日から。


『もっと強くなってもらうぜ、恭弥』


いきなり現れて、訳のわからない話をはじめて。
挙句の果てには僕の家庭教師だなんて、馬鹿げたことまで言いだして。
正直、最初は変な男だとしか思わなかった。
あとで赤ん坊に確かめてみるまで、マフィアのボスだって話もまったく信じていなかったくらいだよ。
そんなこと知ったら、あなたは絶対拗ねるから、言わないけどね。
いつもへらへらしてて、ちっとも強そうじゃないのに、僕はあなたに勝てなかった。
あなたが本気をだしていないのは明らかで、そのあなたに勝てない僕を、なのに、あなたは誉めるんだ。
ちいさな子供にするみたいに頭を撫でられたって、嬉しくもなんともない。
むしろ、本気をださないのも僕を子供だと思っているからなんだと、腹がたつだけなのに。
対等だと見做されていないことが、悔しくてたまらなかった。
だからね、ディーノ。
僕は、あなたが大嫌いだったんだよ。


「そのはずなんだけどね……」


あなたに好きだと言われたとき。
もちろん、すごく驚いた。
だけど、それ以上に納得してしまったんだ。
あなたの気持ちも、そして、自分の気持ちも。
忙しいはずなのに、あなたが何度も日本にやってくるのは何故なのか。
ときどき、ひどく真剣な目で僕を見ていたのは、何故なのか。
大嫌いなあなたが来るのを、楽しみにしてしまうのは何故なのか。
頭を撫でられるのが嫌じゃなくなったのは何故なのか。
そうしたら、拒むことなんてできなかった。

自分でも信じられなかったし、あなたもそうだったんだと思う。
あなたはいまでも、僕が傍にいるのが不思議だと言いたげな顔をしているときがあるね。
それが関係しているのか、どうなのか。
あなたは学校が長期休暇になるたびに、イタリアに遊びにこいと言う。
僕はそのたび首をふるし、あなたも僕が頷かないのを知っている。


『恭弥は並盛が好きだもんな』


しかたなさそうに、少し淋しそうにあなたは言うだけ。
たしかに、それも間違ってはいないけど。
ねえ、ディーノ。
本当はちがうんだ。
僕だって、あなたの生まれ育った街を見てみたいんだよ?
でも、もし一度行ってしまったら、並盛に帰ってこられる自信がない。
いまだって、あなたがイタリアへ帰ってしまう日は淋しいんだ。
できることなら、引きとめたい。
離れたくなんてない。
それが、僕の本当の気持ち。
もちろん、そんなこと絶対に言わないけど。
そんな我儘をなんとか耐えていられるのは、ここが僕の街だからだと思うんだ。
でも。
僕が並盛を愛するように、あなたが愛しているあなたの街で、僕はあなたと離れる自信がない。
いまは、まだ。
だから、もうすこし待っていてよね。
いつかきっと、あなたの街へ行くから。


「……ん?……恭弥? 眠れないのか?」


ずっと見つめていたせいで、ディーノがうっすらと目をあけた。


「なんでもない。もう寝るよ」


覚醒を本格的なものにしないために、ひそめた声で答えると、ふわりと微笑んだディーノが額にキスをくれた。


「……おやすみ、恭弥……愛してる」


寝ぼけているくせに、囁きはしっかりした日本語だった。
そうして、夢のなかへ帰っていくあなたは本当に幸せそうで。
そうさせているのが僕だなんて、ちょっと不思議な気分になる。




恋人と一緒にいて、不思議だと感じる瞬間はいくらでもある。
そもそも、僕が誰かを好きになって、こんなふうに心を囚われてしまったことが、なにより不思議なんだけど。
でもね、ディーノ。
その相手が、ほかの誰でもないあなたで良かったって、そう思うんだ。

そっと、暖かい胸に頬をすりよせる。
ここは、世界でただひとつだけ僕を安らがせる場所。
これからも、ずっと、あなただけが僕にそれを与えてくれると信じてる。
あなただから、信じられるよ。

静かな夜のなか。
規則正しい鼓動を聞きながら、目を閉じた。
きっと、恋人が夢の世界で僕を待ちわびているだろうから。
なにしろ、あなたはへなちょこだからね。


「おやすみ、ディーノ……僕もだよ」






end

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