fan fiction

□想うのはあなた一人〜spider lily〜
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「すげえな」


隣から聞こえたのは、実に素朴な感嘆の声だった。
雲雀は満足して淡く微笑む。
恋人を喜ばせるのは、どんなに些細なことでも嬉しいものだ。


「なかなかのものだろ? あなたにも一度見せたいと思っていたんだけど、タイミングがあわなくてね。結局十年がかりになった」
「そういや、この時期に日本に来たことなかったな」
「そうなんだよ」


雲雀が未成年だったころは、ディーノは本当によく日本へ来ていた。
長い距離に隔てられた二人が会うために、当時はディーノが動くしかなかったからだ。
けれど、そんな彼もこの秋の彼岸前後には来日したことがない。


「あなた、僕の夏休みにあわせて目一杯休みをとってたから」
「ああ、そうか。そうだった」


二人、顔を見あわせて苦笑する。
あのころのディーノの必死さを思いだして。
もちろん、それでも一月以上もある学生の夏休みと同じだけの休みを取れるわけではなかったが。
とはいえ、まとまった休みをとれば、当然反動も大きいのだ。


「少しでも泣き言を言おうものなら、ナターレを恭弥と過ごしたくないのかって脅されてた時期だな」
「……改めて、あなたの部下たちには同情するよ」
「そう言うな。なんだかんだ言って、あの頃立ちあげたうちのいくつかは、いまでもキャバッローネの主要事業なんだ」
「まったく、怪我の功名とはこのことだね」


マフィアのボスとしてはいまでもいささか難のある男だが、実業家としての才覚だけは認めてやらざるを得ないだろう。


「それにしても、絶対に日本で会いたいなんて言うから何事かと思ったぞ」
「たまには、我儘を言ってみるのも一興かと思ったんだよ」
「そりゃあ、ありがたいことだな」


たしかに、二人が日本──雲雀にとって日本とはつまり、並盛のことだ──で顔をあわせるのはずいぶん久しぶりになる。
雲雀が成長して財団を創り、国内外を飛びまわるようになると、イタリアをはじめとした日本以外のどこかで会うことが多くなった。
必然的に、ディーノがプライベートで来日する回数はかなり減っている。


「連れてきてもらってよかったよ。綺麗なもんだ」
「欧米には園芸種がいくつもあるそうだけど、この花はやっぱり野生種のほうがいい」
「ああ、わかる気がする。しかし、これだけの群生はさすがに迫力だな」


二人の足元に広がるのは、一面の、彼岸花。
複雑で繊細な形状を持つ花たちは、今を盛りと咲き競っている。
どこまでも、どこまでも広がっている、赤。


「そう。群れているからこその美しさだね。だから、許してるんだ」
「綺麗じゃなきゃ咬み殺すつもりかよ……そういや、この花って毒があるんじゃなかったか、って、おまえには効かないか」
「こんな花の毒で、僕をどうにかできるわけないだろ」
「いや、まあ……そういうことにしておくさ」


やれやれと肩をすくめる恋人の、その横顔に視線を流したあと、雲雀もまた正面をむく。
向かいあって、お互いの顔を見つめながら話すのが嫌いなわけではない。
少なくとも、ディーノは見て楽しむのに申し分ない造形をしているのだから。
しかし、こうやって二人並んで同じものを眺め、横顔を見ながら言葉と、そして時折は視線を交わすほうが、雲雀にはより自分たちにふさわしいと思える。


「──毒があることもそうだし、彼岸の時季に咲くとか、墓場の近くに咲くとか、縁起が悪いと言われる理由には事欠かない花だけど、この光景を見ると理解できなくはないね」
「たしかに、この世の景色とは思えないな。なんていうんだ? 妖しいとでもいうのか?」
「そうだね。この世ではないとして、これはけして楽園ではない」
「……ああ。これは天国の風景とは思えない。花の形のせいなのか、さっきから俺は熱のない炎に灼かれてる気がしてるんだ。天国に炎なんてないはずだからな」
「それは、まさしく地獄の炎というやつだね」
「地獄かよ」
「天国でないなら、そうだろ? それに、お互い天上へ昇れるような善良な市民とは言えない」
「まあ、否定はできねえか」


ディーノが苦笑する。
それから、ふと真顔になって。


「──天国へ行けるような生き方が、したかったか?」


いままで何度も。
言葉を変えながら、ディーノは同じことを聞いてきた。
後悔していないか、と。
そして、おそらく悔やんでいるのはディーノ自身なのだ。
人の生き方に、進んでいく道に、わずかでも影響を与えるということは、けして軽々しいものではない。
それが安穏としたものでないなら、なおさら。
だからこそ。
ディーノは、おそらく何度でも悔やみ、そのたびに雲雀に確かめるのだろう。
これからも。


「まさか」
「いいのか?」
「だって、天国にはあなたはいないじゃないか」
「恭弥」
「それじゃ、つまらない」


それがわかっているから。
雲雀も答えつづける。
何故なら。
生きる道が変化してしまったのは、ディーノもまた同じなのだから。
たとえば、キャバッローネの次のボスは、ディーノの子供ではない。
彼が雲雀を選ぶということは、つまり、そういうことだ。
十代続いた血統を自分が絶やすことに、ディーノがどれだけ葛藤したか、雲雀が気づかないわけもない。
それでも。
ディーノは雲雀を離さなかったし、雲雀も離れようと思ったことなどないのだ。
だからこそ。
答えつづけるだろう。
それが、二人で生きていくということなら。


「……そうか」
「あなたこそ、天国へ行きたかったのかい?」
「いいや? いまの論法でいくと、天国に行ってもおまえはいないんだろ? だったら、そんなところに行く意味ねえよ」
「だったらいいじゃないか、それで。きっと、退屈しないよ」
「それはまあ、そうだろうな……」
「ねえ? どちらが先に逝って待つことになるのかは、さすがの僕にもわからないけど。いずれにせよ、そこが天国だろうが地獄だろうが同じことだよ。たとえ、業火に灼かれることになったとしても……二人ならね」


言うなり、腰に手がまわって引きよせられた。
「好きだ、恭弥」
「知ってるよ」
「愛してる」
「……それも、知ってる」
「それなら、俺より先に逝かないでくれな?」
「あなただって……」


視界いっぱいになるほど、鑑賞に堪える顔が近づいてきて、言葉ごと唇を奪われる。
何度か啄むようなキスをかわしたあとも、腰にまわった手は離れていかなかった。


「──思ったんだが」
「なに?」
「俺たちが地獄へ行くころには、代わり映えしないメンツが集まってそうじゃないか?」
「……あなた、地獄でも群れるつもり?」
「いや! 俺がどうこうじゃなくてな」
「でも、たしかに咬み殺し甲斐のある連中が集まりそうだ」
「な?」
「少なくとも、退屈しないことだけは保証されたね」
「……いいんだか悪いんだかなあ」


ディーノのついた溜息は、そのまま風にまぎれて、寄り添った二人を取りまき。
二人を灼く消えることのない炎を、ただそこに咲く美しい花へと還すように揺らしながら。
遠く、宵の気配が漂いはじめた空へと去っていった。




end


彼岸花=spider lily
タイトルは花言葉のひとつです。

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