fan fiction

□ジェラシー・リング
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「だって、おかしくねえ?」

憤った顔で、ディーノが言った。
余程のことがなければいつも穏やかな恋人が、そんな顔をするのはめずらしい。


「大事なものだから、ずっと身につけておけって言ったのは、あなたじゃないか」
「うっ……たしかに」
「だいいち、これを僕が持つことになった原因の一端は、あなたにもあると思うんだけど」
「そ、それも、たしかに」
「しかも、これを僕がはじめて指にはめたのは、あなたとつきあう前だよね?」


ふだんなら、雲雀がつきあっていることを認めるような発言をすれば、それだけで目に見えて機嫌がよくなる。
それなのに、今日は深くなるいっぽうの眉間の皺が一瞬浅くなっただけだった。
雲雀は、さっきから指先で弄んでいる指輪を見つめて、溜め息をつく。
いくつも抗争の火種になったという、力の象徴。
その七つのうちの、ひとつ。
雲のリング。
いまは大人しく眠っているはずのそれが、今夜はこのスイートルームに小さな諍いをもたらしていた。
いや。
諍いなどという実のあるものではない。
ディーノが、一人で勝手に腹をたてているのだ。
雲雀にしてみれば、理不尽なことこの上ない。


「──僕はこんな指輪いらないって、何度も言ったじゃないか」


雲の守護者とやらになったつもりも、この先なるつもりもなかった。
リングを所有すること自体、雲雀の意思ではないのだ。
それなのに、何故二人でいられる貴重な時間に、こんなもののせいで言い争っていなければならないのか。
雲雀は、勢いよくソファから立ちあがる。


「……恭弥?」
「もういい。やっぱり、こんなもの捨てる。捨てて……帰る」
「待った! 待て、恭弥! 落ち着け!」


何歩も歩かないうちに腕をつかまれ、そのまま背中から抱きしめられた。


「──落ち着くのは、あなただよ」
「……すみません」
「だいたい、今日に限ってどういうこと?」
「あー……」
「ちゃんと理由を聞かせてくれないなら、帰る」
「わかった! わかったから、帰るとか言うなよ。マジで心臓が痛くなる」


逃がすものかと言いたげに、抱きしめる腕に力がこもった。
それから、宥めるようにこめかみにキスがおちて。


「……自業自得って言葉、知ってる?」
「知ってる……ごめんな」


こうして。
今回のボンゴレリングをめぐる争いは、いちおうの終結をむかえることとなった。


「それで?」


ふたたびソファに並んで座ると、雲雀はディーノを睨みつける。


「──今日、おまえが委員会出てるあいだ、屋上でツナたちと話してたんだ」
「彼らは、本当によく群れているね」
「ふつうに、仲がいいって言ってやれって……でな、なんでだったかボンゴレリングの話になったんだよ」
「ふうん?」
「話そのものは他愛ないものだった。ただ、そういえば、恭弥もこいつらと同じリングを持ってるんだなって改めて思ったら、無性に悔しくなっちまってな」
「……言っておくけど、僕は彼らと群れる気なんて、これっぽっちもないよ」


まるで仲間であるかのように言われるのが不愉快で、雲雀が眉をひそめる。
ディーノは苦笑して、雲雀の頬を撫でた。
どうやら、本当に落ち着いたらしい。


「わかってる。けど、俺が贈るまえに俺以外の男と揃いの指輪を持ってるんだと思ったら、なんていうか……」
「だから、あなたはそれに荷担したはずなんだけど?」
「そうだよ。今更だし、自業自得なんだよ。わかってるさ。それでも、考えちまうっつうか。いや……さっき、恭弥は今日に限ってって言ったけど、たぶん、限ってねえんだよ」
「どういうこと?」
「俺は、ずっとツナたちに嫉妬してたんだ。指輪のことだけじゃなくて、恭弥の傍にいられることに」
「……傍になんていないけど」
「そうだけど、俺よりは近くにいる。少なくとも、毎日恭弥の顔が見られる場所にいるだろ」
「ディーノ?」


それはしかたのないことだと、お互いわかっているはずだ。
イタリアと日本。
二人のあいだに横たわる距離は、出会ったときから決まっていたのだから。


「毎日顔を見て、話をして、抱きしめて、キスして……そうしていいのは、俺だけのはずなのに」
「あなた……まさか、僕があなた以外の人間にそんなこと許すと思ってるの?」
「思ってるわけないだろ。違うって……そんな顔すんな。恭弥には俺だけだって、ちゃんとわかってる」


そんな顔がどんな顔かはわからないけれど、抱きよせられて唇がやわらかく眉間を宥めたところをみると、さぞ険しかったのに違いない。


「だったら……」
「わかってるけど、やっぱり向こうにいるときは不安になるんだよ」
「不安? あなたが?」


そんなことは考えたこともなかった。
雲雀には、いつだってディーノは余裕があるようにしか見えなくて。
それが経験によるものだと思えば腹立たしいし、悔しくもあったのだ。


「遠くにいる恋人のことが心配で不安になるのは、当たり前のことだろ? 本気で好きなら尚更な。俺は毎日考えてるぜ? いまごろどっかの誰かが恭弥をさらっちまってたらどうしようってさ……で、そういうのが今日ボンゴレリング見てたら爆発したっていうか、暴走したっていうか……本当に、ごめん」
「馬鹿じゃないの。あるわけないじゃないか、さらうとか、そんなこと。あなたじゃなければ咬み殺すだけだよ」
「そういう殺し文句をさらっと言う恭弥が、すっげえ好き」


にっこりと、今日いちばんの笑顔を見せて、触れるだけのキスをくれる。


「……ばか」
「本当にな」
「本当にね」
「容赦ねえなあ」
「……明後日には、あなたもう帰るのに」
「恭弥?」
「そうしたら、またしばらくは会えないのに」
「恭弥」
「こんな指輪のせいで言いあいするなんて、まったく時間の無駄だよ……やっぱり、捨てる」


指輪を握っている右手を、部屋の隅においてあるゴミ箱にむけて振りあげる。


「待て待て待て。それは捨てんな。俺が悪かったから。ほら、それ寄こせ」
「捨てちゃえば煩わしくないのに……」


雲雀の手から半ば奪うようにリングを取りあげると、ディーノは雲雀の右手を自分の左手で掬うように持ちあげた。


「これはファミリーのリングだし……左手の薬指は無事なんだから、よしとすべきだよな」


そんな言葉とともに、雲のリングが雲雀の中指にもどる。


「──そんなに指輪にこだわるなら、あなたがくれればいい」
「え?」
「左手の薬指」
「いいのか?」
「そんなものくらいで、この先のあなたが時間を無駄にしなくなるならいいよ」
「マジで!?」


いまにも踊りだしそうなほど喜色満面のディーノに、釘をさす。



「もちろん、あなたもつけてくれるんだよね?」
「そりゃ、おまえがつけろっていうなら喜んで。けど、いいのか? おまえ、本当はそういうの嫌いだろ?」
「……離れているあいだ、不安になるのはあなただけじゃないよ」
「恭弥」
「本気なら不安になるのが当たり前だって、あなたが言ったんじゃないか。それとも、あなたは僕が本気じゃないと思ってるの?」
「そんなこと思ってねえよ」
「それなら、あなたもつけてくれるでしょう?」
「そういうことなら、もちろん。ありがとうな、恭弥」
「どういたしまして、へなちょこ」


ひでえと笑いながら、ディーノは雲雀の左手をとり、薬指の根元にそっと唇をおとした。
それから。


「そろそろ、有意義な時間の使い方、しねえ?」


耳に注がれる、蜜のように甘い声。
さっきまでの情けなさが嘘のような余裕ぶりが、やはりちょっと腹だたしい。
そうは思うものの。
建設的な提案に反対する理由もなく。
雲雀は、答えのかわりにディーノの首にゆっくりと腕をからめた。





end

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