fan fiction

□原因と結果
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久しぶりに、ディーノが沢田家にやってきた。
だから。
綱吉以下三名は、わずかに開いたドアの隙間に耳をよせて、盗み聞きをしている次第である。


「──イタリア語?」
「そうですね……仕事の話みたいっす」
「はずれ、だな」


ドアから離れ定位置に戻ると、綱吉、獄寺、山本は顔を寄せあって密談を開始した。


「かかってくると思う?」
「やっぱり、跳ね馬がかける確率のほうが高くないですかね?」
「電話じゃなくて、メールの可能性もあるぜ」
「そっか。そうだよね……」
「──どうした、ツナ? 深刻な顔して。なんか悩みでもあんのか?」


こそこそやっているところに、ディーノが戻ってきた。


「あ、いや。なんでもないです。それより、仕事大変そうですね」
「ああ。ちょっとした行きちがいあったらしくてな」
「そうですか」


相槌を打ちながら、綱吉は獄寺、山本と目で話をつづけた。
要は、誰が核心をつくか、である。
こういうときだけは息のあう右腕候補と親友が、しきりに視線をディーノに流して、聞けと訴えている。


(やはり、ここはボンゴレ次期後継者である10代目が)
(ディーノさん、ツナの兄弟子だしな)
(こんなときばっかりずるいよ、二人とも!)


「ツナ? マジでどうしたんだ? 獄寺と山本もなんか今日変じゃねえか?」


ディーノが訝しげに首をかしげる。
真面目に弟分である自分たちを心配するその表情に、いたたまれなくなりつつ。


(10代目)
(ツナ)
(えええー……まあ、しょうがないか)


これ以上、こそこそしてもしかたがない。
綱吉は、意を決してディーノに向きなおった。


「あの、ディーノさん……」
「ん? なんだ、ツナ? やっぱ悩み事か?」
「悩み事っていうか、ディーノさんに聞きたいことがあって」
「おう。俺に答えられることならなんでも聞け」
「ディーノさんは、ヒ」


良き兄貴分の顔で頷いたディーノに気持ちを強くして、ツナがいざ核心に触れようとした、その瞬間。
またも、電子音が鳴りひびいた。


「おっと、悪い」


慌てて立ちあがると、ディーノはまた廊下に出ていく。
部下からの電話のときと明らかに反応が違うった。
三人は、そっと部屋のドアを開けて、ふたたび廊下にむけて聞き耳をたてる。


「……終わったのか?」
「メール返すより電話したほうが話が早いだろ」
「ああ。いまツナんちにいる……恭弥は?」
「あ、あそこな…………いや、いいよ。俺がそっちに行く……大丈夫だっての」
「おまえこそ、知らない奴が戦ってやるっつってもついていったりすんなよ?…………わかった、急いでいく」
「あ、ちょっと待て。言い忘れた……愛してるよ、恭弥」
「ひでえ…………はいはい。じゃ、あとでな」


盗み聞きなど、努々するものではない。
邪魔する気はないのに、思いっきり馬に蹴られた気分で、三人はドアを離れた。


「あれは、ディーノさんじゃない……」
「つか、相手、雲雀ですよね」
「恭弥って言ってたもんな」
「さすがヒバリさん、あれ聞いても平気なんだー」


あの、声。
綱吉たちにはついぞ聞かせたことのない、とろりと滴る蜜のような。
もしいまキャンディやチョコレートを食べても、きっと味がしないだろう。
そんな馬鹿なことを考えてしまうほど、甘い甘い声だった。
電話の相手をどう思っているのか、わかりすぎるほどわかるくらいに。


「ツナ、悪い。俺、帰るわ……どうした?」


戻ってきたディーノが、ぐったりしている三人に目を丸くする。
しかし、その顔はあからさまに嬉しそうだ。


「そ、そうですか」
「で、俺に聞きたいことってのはなんだったんだ?」
「あ、いや、もう大丈夫です! 解決したんで」


ぶんぶんと頭と両手を振って、大丈夫さをアピールする。
実際、目的は達成したので結果オーライではあるのだ。


「そうなのか? 遠慮しなくていいんだぜ?」
「いえ! ホントに! それより、なにか用ができたんじゃ?」
「あ、そうだ。ホント悪いな。また、今度ゆっくり話しようぜ」
「はい」
「じゃあ、またな」


ディーノがコートをつかんで部屋を出ていった。
階段を駆けおりる音。
急いでいるだろうに、奈々に挨拶をしているようだ。
それから、玄関を飛びだしていった。


「すっげー、猛ダッシュ」
「跳ね馬が、一度もコケなかったっすよ」
「でも、母さんにはちゃんと挨拶してたね。律儀だなあ」


窓から、遠ざかっていくディーノの姿を見送った三人は、顔を見あわせて大きく溜息をついた。
そのとき。


「これで、謎がひとつ解けたな」


背後でいきなり声がした。


「うわっ! リ、リボーン! いつ入ってきたんだよ!?」
「最初っからいたぞ」
「どこにっ!?」

それには答えず、綱吉のベッドにちょこんと座って、リボーンが聞こえよがしに嘆息する。


「オレは、おまえらを盗み聞きするような奴に育てた覚えはねえぞ」
「おまえに育てられた覚えもないよ! てか、おまえもしてたんだろ!」
「ったく。それにしてもディーノの奴、教え子に手をつけるなんざ、家庭教師失格だな」
「話そらした!」
「おまえだって、ディーノにヒバリとつきあってんのか聞くつもりだったんじゃねえのか?」
「あー……うん。まあね。なんか、ここんとこあの二人を見たって情報がたくさんあってさ」


ディーノも雲雀も、自分たちがどれだけ目立つか、まったく頓着していないらしい。
そのせいで、並中ではさまざまな憶測がひそかに──あくまでもひそかに──飛びかっているのだ。


「それで、変な噂に踊らされるくらいなら、いっそ本人に確認しようかという話になりまして」
「いいタイミングでディーノさんがツナんちに来たから、聞いてみようと思ったのな」
「……聞く前に、答えわかったけどね」


三人顔を見あわせて、深くふかく溜息をついた。


「あ。ところで、小僧。謎ってなんだ?」
「跳ね馬に謎なんてありましたっけ?」
「そういえば、さっきそんなこと言ってたよな。謎が解けたってなんなんだよ、リボーン」
「未来のヒバリがどうしてああなったのか、原因がわかったじゃねえか」
「未来の、ヒバリさん?」
「ディーノの奴に誑しこまれた結果が、あれだったわけだな」
「ああ……」


未来で出会った、大人の雲雀はたしかにちょっとすごかった。
大人っぽくなっているのは当たり前として、ものすごく綺麗になっていたのだ。
美人なんて言葉では足りないくらい。
あれは、妖艶としか言いようのない美貌だった。
それに、雰囲気そのものがなんとなく艶っぽくて、スーツ姿でもそうだったけれど、とりわけ着物姿は中学生には目の毒なほどで。
正直、綱吉は大人の雲雀と入れ替わったこの時代の雲雀に会ったとき、なんとなくいたたまれなかったくらいだったのだ。


「納得です」
「なるほどな」


獄寺と山本も思うところがあったのか、しきりに頷いている。


「しかし、十年たってもヒバリを手なずけることはできねえみたいだな、あのへなちょこ」
「ああ、そうだよ……! オレ、大人のヒバリさんに本気で殺されかけたんだけど!」


その美貌よりも、もっと徹底的に磨きあげられていた強さと、容赦のなさ。
必要な過程だったのだと理解してはいるが、あの殺気を思いだすと、いまでも震えそうになる。


「死ななかったんだから、いいじゃねえか」
「そういう問題かよ!」
「けどさ、あいつ一人でアジト守ったんだよな。すごくね?」
「……まあな」


それはたしかに、そうなのだった。
しかも、そのあとメローネ基地に侵入して、あの幻騎士と戦ったらしい。
まったくもって、凄まじい話だ。


「もっとも、そのあと入れ替わったヒバリさんだって、あの基地半壊したんだから相当だけどね……ちよっと、待って!」
「ど、とうしました、10代目」
「ツナ?」
「……実際にこの時代のヒバリさんとディーノさんがつきあってるってことは、いまのヒバリさんが十年経つとああなるわけ?」
「可能性の話だけどな……ボンゴレ10代目の雲の守護者は、相当有能に仕上がりそうだぞ」


にやり、とリボーンが笑った。


「嫌だーっ! 今度こそ絶対咬み殺される!!」
「なに言ってやがる。ディーノには無理でも、ボスであるおまえが手なずければいいだけの話じゃねえか」
「そうですよ、10代目! ヒバリがどれだけのもんだろうと、ボスは10代目なんですから」
「そうそう。ツナならいけるぜ。十年後のヒバリにだって、負けてなかったじゃねえか」
「絶対無理! ディーノさあん! つきあってるなら、あの人の中身をもうちょっとどうにかしてくださーい!!」


叫んでみたところで、もちろんディーノはとっくに姿を消している。
もうすでに、どこかで雲雀とおちあっているかもしれない。
そして、あの甘い声で、愛の言葉のひとつも囁きかけていることだろう。
その結果、将来的に弟分が大変な思いをするなどとは、思いもしないで。


「安心しろ。俺がちゃんと鍛えてやる……何年かかるかわからねえけどな」
「それがいちばん嫌だー!」


かくして。
兄弟子と守護者の蜜のごとく甘い恋は、綱吉にとってけして触れてはいけない禁忌となったのだった。




「生温かく見守ってやればいいじゃねえか」
「そうだね……もしかしたら、ヒバリさんが穏やかな人になる可能性だってあるもんな」
「それは、億にひとつもねえだろ」
「……ですよね」




end

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