fan fiction

□ずるい言葉、ずるくないkiss
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「なに、これ」

正門を出た瞬間、雲雀は思わず足をとめた。
てっきり、いつもの大型高級車が待っているものとばかり思っていたのに。
そこにあったのは、想像だにしていなかった車。
真っ赤なフェラーリだった。


「明日休みだろ? ドライブしようぜ?」
「これで?」

ディーノが鍵を揺らしてみせる。
自分の望むところを知り興味の対象がかなり限定される雲雀といえど、心惹かれるものはある。
けれど。
いままで週末だからといって、そんなことを言ったことはなかったのに、どういうつもりなのだろう。


「……嫌か?」
「……嫌じゃないけど」
「よし! 決まりな」


考えこむ雲雀を不安げに見つめていたディーノが、子供のように無邪気に笑う。
けれど、この男はとても狡猾なのだと、雲雀は知っている。
それも、天邪鬼を自認する雲雀を凌ぐほどに。
こういうとき「いいだろ?」と聞かれたら「嫌だ」と答えられる。
それなのに。
「嫌か」と聞かれたら、頷けない。「嫌だ」と言えない。
そうして、気づかされるのだ。
本当に、嫌ではないのだと。
なにかと理由をつけて──近頃ではそれすらなく──やってきては傍にいるものだから、いつのまにか、戦っているとき以外でもディーノと一緒にいるのが嫌ではなくなってしまっていることに。
それを当たり前だと思うようになってしまった。
だから、嫌だとは答えられない。
おそらく、この男はそれを知っていてわざとあんな聞きかたをするのだ。
まるで、拾い手を待つ捨て犬のような瞳をして。
でも。
そうとわかっていても、なお。
雲雀は嫌だとは答えられなかった。


「部下の人たちは?」


「今日は先に帰らせた。なんだよ、恭弥。あいつらも一緒のほうがよかったか?」
「そうじゃないけど、あなたが大丈夫なのかと思っただけ」


部下がいなくては、ただのへなちょこなのだから。
雲雀が送ってもらうときも、運転するのはいつだって部下の誰かだ。
ディーノが、ましてや部下不在のこの男が、まともに車の運転なぞできるのだろうか。


「……おまえ、いまものすっごく失礼なこと考えてるだろ?」
「さあ? これ、カーナビついてるの?」
「やっぱり、考えてるだろ!」
「ただ確認しただけだよ」
「しれっと嘘つくなっての……まあ、いっか。ほら、乗れよ」


ぶつぶつ文句を言いながら、ディーノが助手席側のドアを開けてくれる。
雲雀はとりあえず素直に乗りこむことにした。
いざとなったら、並盛に帰ってくる手段などいくらでもある。
そんなふうに思っていたのだが。
ドライブは予想以上に快適だった。
海岸線の道路はすいていて、不思議と信号にもひっかからず、おかげで赤い跳ね馬はずっと、機嫌よく駆けつづけた。
半分開けたウィンドウから入りこむ、かすかに潮の香りのまじった風。
少しずつ色を変え、やがて同じ夜に染まった空と海。
BGMはかけず、けれど、沈黙は重くない。
言葉の代わりに響きわたる、フェラーリのエンジンノイズが心地よかった。
そして。


「この店、当たりだっな」
「そうだね。通うのには向かないけど」


出てきたばかりの店を振りかえる。
夕食をとるため適当に選んだレストランは、たしかに悪くなかった。
料理も、落ち着いた内装も雲雀の気に入ったのだが。
なにより、海が見えるよう大きくとった窓の外に広がる夜景は、店のオーナーでもあるシェフが言っていたように、一見の価値があった。
車でしか来れないのが惜しいと、思うくらいには。


「なんでだよ? またいつでも来ればいいだろ」


ディーノは、なんでもないことのように言ってのけた。
いつでも連れてきてやると言っているのだと、もちろんわかる。
そうだとしても、そのときもこうして二人なのだろうか。


「でも、あなたはワインが飲めないと面白くないんじゃないの?」
「ん? たしかにこの店、品揃えよかったんだよな……けど、恭弥乗せて事故るわけにはいかないだろ? ワインなんて、いつでも飲めるからいいんだって」


部下に運転させればいいのに、と言いかけてやめた。
きっと、ディーノもあえて言わなかった。
だから。


「……それなら、またあなたを足として使ってあげるよ」
「おう。好きなだけ使え」


かろやかに笑ったディーノが、左腕の時計に視線を走らせる。
つられて雲雀も銀色のそれを見た


「あなた、いつも時計してた?」
「いいや。今日はロマーリオに言われてつけたんだけど、正解だったな。調子んのってたら、けっこうな時間になっちまった……そろそろ帰るか」
「……うん」

たしかに、そのほうがいいのだろう。
ずっと一人で運転しているディーノが疲れてしまわないうちに、帰ったほうがいい。
そう思って頷いたら、大きな手で頭を撫でられた。


「恭弥は優しいな」
「子ども扱いしないで。だいたい、そんな気持ちの悪いこと言うの、あなただけだよ」
「気持ち悪いって! ったく……まあ、いいか。俺がわかってれば」
「全然、わかってない。それより早く開けてくれる?」
「はいはい。どうぞ」


せかしてドアを開けさせると、中に乗りこんだ。
ディーノが、大人しく休んでいた機械仕掛けの跳ね馬にエンジンをかけて目覚めさせる。
そうして。
本物の馬が嘶くような唸りをあげると、フェラーリはふたたび夜のなかへ走りだした。
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