fan fiction

□悪戯かKiss
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「Trick or Treat!」


音高く引き戸が開いて、一声。
何故、毎回毎回こんなに騒々しく登場できるのだろう。
雲雀はわざとらしいほど──というか、わざと──深い溜息をついて、読んでいた本から顔をあげた。


「そこにあるから、適当に持っていけば?」
「へ?」


馬鹿じゃないのとかなんとか。
罵られるのを覚悟していたのだろうディーノは、一瞬きょとんとした顔になった。


「好きなだけ食べていいよ」
「と、言われましても……どうしたんだ、これ?」


部屋の隅に、お菓子が山積みになった段ボールが二つ鎮座している。
当然、いつもはそんなものなどない。


「没収品」
「これ全部か?」
「あなたの同類が多くてね」


風紀委員にとって、いまやハロウィンはバレンタインデーに次ぐ要注意日になっている。
バレンタインと違うのは、男子も女子も完全にお祭り気分だということだろうか。
要するに、なにかのイベントにかこつけて、ただお菓子の交換会をしたいだけなのだ。


「没収品を横流しするつもりか、おまえ」


そんなことを言いながらも、段ボールの前にしゃがみこんで、ディーノが無造作に積まれた菓子を見ている。
イタリアで売っているものとは種類もパッケージも違うから、珍しいのだろう。


「かまわないよ。どうせ誰も返ってくるなんて思ってない。没収されるのを見越して、安いお菓子を大量に持ちこむんだから」
「なるほど。じゃ、遠慮なく……って! 菓子なんか欲しくないっての!」


勢いよく立ちあがると、そのままソファまで歩いてきた。


「自分がよこせって言ったんじゃないか」
「まさか、こんなもんがあるなんて思わなかったんだよ」
「なかったらどうするつもりだったの」
「そりゃあ、決まってるだろ」


雲雀の隣に腰をおろす。
ところが、ハグもキスもしてこなかった。
いつもなら、朝まで一緒にいた日でも「会いたかった」だの「淋しかった」だのと、うるさいくらいなのに。
雲雀のなかに警戒心が湧いたきた。
こういうときは、ろくなことがない。


「──だから、そこのお菓子全部持っていっていいよ。部下の人たちにも分ければ?」
「いや。いいって。けど、実際んとこどうすんだ、あれ?」
「毎年、いつのまにかなくなっているね」
「風紀委員の奴らで食っちまうわけだな。じゃあ、なおさら貰うわけにはいかねえだろ。と、いうわけで、恭弥」
「……どういうわけ?」


聞く前から、なんとなくうんざりしてしまった。
そんな雲雀の胸のうちを知ってか知らずか。
ニッ、っと。
それこそ悪戯な子供のような顔で、ディーノが笑った。


「Kiss or Trick?」


イタリア人のくせに、英語も流暢だ。
もっとも、日本語よりはよほど扱いやすいのだろうけれども。
つい、そんなどうでもいいこと考えてしまうのは、答えに窮しているからだ。


「……それ、実際に言ってまわったら間違いなく捕まるよ」
「もちろん、恭弥にしか言わないさ」


まあ、それはそうだろう。
疑う余地がなかったから素直に納得してしまって、いよいよ追いつめられた。


『キスしてくれなきゃ悪戯するぞ』


その言葉がお菓子代わりの悪戯なのだと、わかってはいる。
もっとも、あげようとしたお菓子──没収品ではあるが──を受けとらなかったのはディーノのほうなのだから、雲雀が悪戯されなければならない理由はないはずなのだが。
結局は、最初からこの科白を言うつもりだったのだろう。
ハグやキスをしてこなかったのも、このためだったのに違いない。
この男は、ときどきこういう子供っぽいことを本気でするのだ。


「……その場合の悪戯は、どうするつもり?」
「ん? そうだな……即行お持ち帰りして、寝室に立てこもるくらいか?」


キスしない代償が寝室への立てこもりというのは、ちょっと差がありすぎだ。
と、いうより。


「どっちにしろ、そうするつもりのくせに」
「まあな。なんたって、俺にとっていちばん美味いのは、恭弥だし? そのへんの菓子でお茶なんて濁せねえよ」
「……馬鹿じゃないの」
「ひでえ」


楽しそうに笑いながら、目は「どうする?」と言っている。
まったくもって、腹がたつ。


「できないと思ったら大間違いだからね」
「お?」


両手でディーノの顔を挟んで固定し、ソファの上で右ひざを立てて腰を浮かせる。
それから。
かるい音をたてて、キスをしてやった。
ただし。


「デコかよ!」
「口になんて言わなかったよっ」


ディーノは手のひらで額をおさえて叫び、雲雀は手の甲で唇をかくして、身体ごと顔をそむけた。


「恭弥、すげえ真っ赤」
「うるさい」
「可愛い」
「笑うなっ」


捻ったままの腰に手がかかって、抱きよせられた。
立てた膝をおろして、ディーノの隣に座りなおす。


「恭弥、マジで可愛い。大好き」
「僕はあなたなんて嫌いだよ」
「俺は愛してる」


頬に唇が触れた。
いつものかすかな温もりを感じないのは、頬がほてっているからだろう。
そう思うと悔しかった。
恋人同士で、とうにプラトニックな関係でもなくて。
キスだってそれ以上のことだって、もう何度もしているのに。
それでも、いつまで経ったって恥ずかしいものは恥ずかしい。
まして、自分のほうからとなれば。
ディーノはそのたび、いまみたいに可愛いなどと言うけれど。
でも、ときどきこうして遊ばれるのも事実。
そして、雲雀がまともにリベンジできないのもまた、事実で。
いつか必ず仕返ししてやると思いつつ、なかなか果たせそうにないのが、さらに悔しい。
ずっと、そう思っていたのだが。
ふいに、思いついた。


「ねえ?」
「ん? なんだ?」


優しい腕のなかで。
雲雀はやや顔を持ちあげて、ディーノを見あげる。


「Kiss or Kill?」


ディーノほどには流暢に発音できないけれど、簡単な単語だし、充分伝わっただろう。
その証拠に、ぱさりと音さえ聞こえそうなくらいゆっくりと、金色の長い睫毛が上下した。
どうやら、ささやかながらもリベンジに成功したらしい。


『キスしてくれなきゃ咬み殺す』


もはや、どこにもハロウィンとの関わりは残っていないが、しかたないだろう。
それに、こんなことでもなければ、雲雀のほうからねだるなんてまずありえない。


「──そりゃあ、考えるまでもないな」


一瞬でも驚いた自分にか、それを狙った雲雀に対してか、かすかな苦笑をうかべながら。
ディーノが雲雀の頬に手を添える。
そうして。
さっき雲雀がしたように、かるい音をたててキスをしてきた。
ただし、こちらはちゃんと唇に。

「……残念」
「キスしないからって、咬み殺されてたまるかっての。つうか、咬み殺されなくてもするけどな」


言いながら、また唇が触れてくる。
けれど、しっとりと重なったそれは、今度はすぐには離れていかなかった。
ハロウィンの町を夢中で練り歩く子供のひたむきさで求めあい、ほかの何にも代えられない二人だけのお菓子を分かちあう。


「ディーノ……」
「恭弥」


もどれなくなるまえに離れた唇の、そのわずかな距離を埋めるように、吐息まじりに呼んだ互いの名前が、ひとつになって消えていった。


「──もうひとつのほうが、よかったかな」
「なにが?」
「Battle or Kill?」
「こら。子供のお楽しみを物騒な方向にアレンジすんな。それこそ捕まるぞ」
「もちろん、あなたにしか言わないよ」
「嘘つけ!」


どうやら、納得してもらえなかったらしい。
しかたがないので、明日赤ん坊に言ってみようと考えているのは、内緒にしておくことにした。
不穏な匂いを嗅ぎとったのか、ディーノが探るような目で見つめてくる。


「なに?」
「……ま、いいか。仕事終わってるんだろ?」
「うん」
「なら、帰るか」
「うん」


ディーノに手をひかれて、立ちあがった。
日没が早くなったせいで、いつのまにか忍びこんだ夕闇が部屋の中を染めあげている。
夕日のオレンジと、床にのびる影の黒。
ふたつの色はいかにも今日にふさわしく、秋の終わりを告げるようだった。


「日が暮れるの早くなったよなあ」
「そうだね」


同じことを考えたのか、あるいは次に来る季節を思いだしたのか、ディーノが雲雀を抱きよせる。


「暗くなる前に帰って、寝室に立てこもろうぜ」


やはり、立てこもるのは決定事項であるらしい。


「そういうのって、ふつう暗くなってからって言わない?」
「部屋暗くすれば同じだって」


こめかみに、キス。
なんだろう。
ハロウィンが、なにかまったく違う祭りになっているのは、気にせいだろうか。


「悪霊や魔女が脅かす張りあいをなくして、がっかりするよ」
「覗くほうが悪いんだ。見せつけてやればいいさ」
「……しかたのない人だね」


けれど、それはディーノを誘いを拒む気のない自分も同じだな、と小さく笑う。


「恭弥?」
「なんでもない……帰ろうよ」
「そうだな」


腰を抱かれて応接室をでた。
人の気配すらない静かな廊下にも夕闇が迫り、複雑な影絵を描いている。
その虚構の世界で、二人の影だけが近づいては離れ、重なっては分かれながら揺らめいて。
やがて、消えていった。






end

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