fan fiction

□恋とはどんなものかしら
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「聞きたいことがあるんだけど」


部下をさがらせたあと、ソファに座って報告書を読んでいたディーノは、ぽふん、と隣に座った雲雀に視線を移した。


「恭弥が俺にそんなこと言うの珍しいな」
「ほかに適当な人がいなくてね」
「そうでしょうとも。で? なんだ?」


報告書をテーブルに放って、きちんと聞く体勢をとってやると、雲雀は満足そうな顔になる。
いつまでたっても生意気でつれないじゃじゃ馬ではあるが、こういうところは可愛らしい。


「たとえば、気がつくと特定の人物のことばかり考えている」
「うん?」
「その人物に会うだけで嬉しくなって、会えないと淋しくなる」
「……ああ」
「その人物が自分以外の人間と仲良くしているとイライラする」
「……」
「その人物に優しくされると胸がぎゅっとなる」
「恭弥」
「いま言った状態を、なんて言うか知ってる?」
「相手は!?」
「は?」
「だから! その特定の人物って誰だ? 並中生か!?」


思わず、雲雀の薄い肩をつかんで詰めよった。
いつか、こんな日が来るかもしれないとは思っていた。
そのときは冷静でいられるよう、自分に言い聞かせつづけてもきたのだけれど。
それなのに、この体たらく。
しかし。


「知らない」


不思議そうな顔をした雲雀は、あっさり言った。


「……知らない?」
「何日かまえに、居残ってた女子生徒たちがそんな話をしてただけ」
「なんだ……」


雲雀の肩から手を離し、がっくりとうなだれる。
安心すればいいのか、一瞬でも我を忘れた自分を罵ればいいのか。


「それで? あなたは知ってるの、知らないの?」
「……恋だろ。そのおしゃべりしてた子のうちの誰かが、その特定の人物を好きになったって話なわけだな」
「彼女たちもそう言って騒いでたけど」


納得できないというふうに、雲雀が眉をよせる。


「どうした? 女の子は恋バナってやつが大好きなんだ。騒いでたってしかたないぜ?」
「そうじゃなくて……恋、っていうのは相手に好意を抱くことなんじゃないの?」
「そりゃあ、そうさ」
「でも、僕はあなたのこと嫌いなんだ」
「そうだよな……ん?」


鹿爪らしい顔でいうから、苦笑するしかない。
が、何故いまこの話の流れでそうなるのか、一瞬ついていけなくなる。


「だけど、あなたやあの女子生徒たちが言ってた状態になるよ?」
「きょ、うや?」
「だから、あなたたちが言う恋の定義は間違っているんじゃないかと思って」
「──そうなるのか……」


さっきの比ではないほど、がっくりきた。
何故そうなるのか、雲雀に聞いても無駄だろう。
そもそも、恋愛などという概念を持っていないのだろうから。


「どうしたもんかなあ……」
「跳ね馬?」


がしがしと髪を掻きながら思案するディーノを、早く答えろとばかりに雲雀がじっと見ている。


「恭弥は俺が嫌いなんだよな?」
「そうだよ」
「だけど、気がつくと俺のこと考えてるんだ?」
「次はどうやって咬み殺そうか考えるのは、楽しいからね」
「で、俺に会うと嬉しい?」
「いまのところ、あなたと戦うのがいちばん面白いんだ。赤ん坊はなかなか相手をしてくれないし」
「じゃあ、会えないと淋しいのは?」
「戦う相手がいないと退屈なんだよ」
「恭弥以外のやつっていうと、たとえばツナたちか? あいつらと俺が仲良くしてるとイライラする?」
「群れてる暇があったら僕と戦えとは、思う」
「俺が恭弥に優しくすると、胸がぎゅってなるのか?」
「動けなくなったときに、手を貸されたりすると、その余裕が憎たらしくてしかたないよ」


ディーノの問いかけに、雲雀は淀みなく答えた。
おそらく、何度か自問自答してみたのだろう。


「それで、うまいことすりかえてるんだな」
「なにが?」
「こっちの話……それじゃあ、聞くけどな、恭弥。おまえ、気がつくと六道 骸のことを考えてたりするか?」


その名を口にだした瞬間、猫が毛を逆立てるように、雲雀の気配が険悪なものになった。


「どうして、僕があの男のことを考えなきゃいけないの?」
「だって、嫌いなんだろ?」
「当たり前でしょ」


嫌いというより忌々しく思っているというのが本当のところなのだろうが、それはそれとして。


「けど、嫌いな俺のことは考えるんだよな? それなら、骸のことだって考えるはずじゃねえ?」
「どうして? あなたとあの男は違うよ」
「なにが違う?」
「なにがって……」


心許なげに、雲雀が言葉をつまらせた。
すぐに答えられない自分がもどかしいのだろう。
唇を噛み、考えこんでいる。


「恭弥、いつも俺のこと考えてくれてるんだな」
「いつもなんて言ってない!」
「なかなか来れなくて、淋しい思いさせてごめんな?」
「淋しくない。退屈なだけだ」
「俺が来るの、嬉しい?」
「赤ん坊がいつも戦ってくれるなら、あなたなんて来なくていい……」


言いながら、雲雀はパジャマの胸元を握りしめた。
黒地に、丸々とした黄色い鳥がプリントされたパジャマ。
見た瞬間、雲雀と彼の小鳥を思いだして、衝動的に買ってしまったのはいつだったか。
見せたときには子供っぽいと文句を言っていたくせに、雲雀はいくつか用意したパジャマのなかでも、これを着ることがいちばん多い。


「俺が来なくなること想像しちゃったか? 淋しかった?」
「違う」


きつく握りこんでいるのをはずしてやり、まだ緊張が残っている手の甲を、安心させるように撫でる。


「恭弥」
「……僕は、あなたのこと嫌いなんだ」


ディーノに手を預けたまま、雲雀は彼らしくもなく俯いて、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。


「そうだな」
「だけど、あなたはあの男とは違う。あの男は今度会ったら必ず咬み殺すけど、会わないなら一生会わないままでもいいんだ」
「じゃあ、俺は? もし俺が、もう二度と並盛には来ないって言ったら、どうする?」
「そんなの許さない」


顔をあげた雲雀が、睨みつけてくる。その目にも言葉にもなんの迷いもなかった。


「心配すんな。俺が恭弥に会いにこなくなるなんて、ぜってえないから」


あいている手で、艶やかな黒髪を掻きまぜるように頭を撫でた。まったく癖のない髪は、そうしても縺れることなくさらさらと流れてもとにもどっていく。


「子ども扱いしないで」


頭を撫でるたび顔をしかめてそういう雲雀が、けれど、言うほどにはそれを嫌がっていないことを知っている。
出会ってから今日まで、いったいどれほど嫌いだと言われたか覚えていないそれが、けして言葉そのままの意味を持たないことに、いつしか気がついたのと同じように。
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