fan fiction

□old‐fashioned love
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目が覚めると、隣で恋人が寝ていた。


「恭弥!?」
「……んー……?」


跳ねおきたディーノの隣で、雲雀がうるさそうに寝がえりをうって、背をむける。


「恭弥、おいっ」
「うるさい」
「おまえ、いつ来たんだ?」
「……さっき」


ぽつりと呟いて、もそもそと毛布をひきあげてしまった。
よほど、眠いらしい。


「さっきって……」


雑に閉めたカーテンの隙間から入りこむ光はまだ弱く、夜明けからさほどたっていないことがしれる。
連絡もなしにいきなりやってくるのはよくあることだが、さすがにこんな時間は初めてだ。
今夜の警備担当者たちも、相手が雲雀だったからすんなり通したのだろうが、下手をすればひと騒動おきていただろう。


「──あなたも、もう少し眠れば? 帰ったの遅かったって聞いたよ」


毛布ごしに、くぐもった声が聞こえる。


「驚いて目え覚めちまったよ……けど、まあ、せっかくだしな」


ディーノは毛布のなかに滑りこんで、背中を向けている恋人の身体を抱きよせた。
雲雀がいかにも眠たげな目をあける。
自分の部屋に寄らずにきたのか、どうやら、スーツの上着を脱いだだけの恰好らしい。
さらりと手触りのいいワイシャツの生地をとおして、温もりが伝わってくる。


「久しぶりだな」
「……うん」


額や頬に触れるだけのキスをおとすと、くすぐったそうに眉をよせながら頷いて、そのまますりよってくる。


「──覚えてたのか?」
「僕を誰だと思ってるの」
「そりゃあ、雲雀恭弥さ」
「あなたこそ、まさか忘れてなかったろうね?」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだよ?」
「へなちょこ」
「ひでえ」


苦笑しながら、思いだす。
恋人という関係になって、間もないころのことだ。
並盛のいつものホテルで、古い映画を観た。
古臭い、ありふれたラブストーリー。
テレビをつけたら、たまたま放送していただけで、ディーノはもうタイトルも覚えていない。
ただ、雲雀がひとつの科白に喰いついたのだ。


『恋愛感情って、十年もたないの?』


主役である恋人たちが別れ話をしているところだった。
十年も経てば愛情も醒めてしまう、と。


『映画のなかの話だろ』
『でも、こういうのって観客が感情移入できるように作ってあるものなんでしょ? つまり、これって一般論として通用するってことだよね?』


恋愛映画どころか、現実の恋愛だって意識していなかった子供は、けれど、充分に聡かった。


『一般論つっても……十年てのは、まあキリがいいし、わかりやすいから使われたんだろうし、あとは人によるとしか言えねえなあ』
『ふうん……あなたは?』


いまひとつ納得しかねるといった表情で、雲雀が首をかしげる。
その顔を見たとき、聞きたかったのはこれなのだと理解した。


『十年くらいじゃ醒めねえよ。こんなに愛してんのに』


抱きよせて、キスをする。
作り話のなかの科白だとわかっていても、不安になったのだろう。
不安になるくらい、想ってくれているのだろう。
そう気づいたら、腕のなかの恋人が愛しくてたまらなくなった。


『十年一昔って言葉もあるし』
『それを言ったら、十年一日って言葉もなかったか?』
『それに、変わらないものなんてないよ』
『一緒に変わっていけばいいんだろ……けど、実のところ俺も経験ないから、よくわかんねえ』
『経験、ないの?』
『ああ。まあ、綺麗な過去とは言わねえけど……俺が、俺自身の望みでつきあったのは、恭弥がはじめてだ』


立場上、色恋沙汰を演じなければいけないことはいくらでもあって、ディーノ自身もそんなものだと思っていた。
そうやって、いずれは利害関係が最も一致する相手と結婚するのだろうと。
この、たった一人の恋人を見つけるまでは。


『……そう』
『だからさ、恭弥。二人で試してみようぜ』


隠しているのだろうけど、喜びが透けて見える頬にキスをおとして、提案した。


『なにを?』
『十年経つと愛情がどうなってるのかを。さっきの科白みたいに醒めちまってるのか、それとも深くなってるのか』
『……いいけど』
『よし。それじゃあ……十年目の、俺たちが出会った日は二人ですごすってのは、どうだ?』
『なんで、その日?』
『十周年の記念ぽくていいと思ってさ。それに、正直先のことはわかんねえけど、もし俺たちが一緒に変わっていくことを選んでたら、きっとあの日のことも忘れないでいるだろ?』
『たしかにね。あんな失礼な男のことは、そうそう忘れられるものじゃないよ』
『おまえも、相当なもんだったけどな』
『……忘れないでね?』
『おまえこそ』


もう一度、キスをかわして。
二人だけの契約は締結したのだった。





けれど、それ以後約束について二人で話をしたことは、一度もない。
それすらも約束のうちと、決めてあったように。
会う場所も時間もなにひとつ決めず、今日まですごしてきた。
十年という時間を、二人で。


「まさか、恭弥が来てくれるとは思ってなかったぜ。財団もかなり忙しそうなのに」
「まあね。でも、あなたより僕のほうが時間の融通がきく」
「きくんじゃなくて、きかせるんだろ。また草壁に無理難題ふっかけたんじゃないのか?」
「それが、彼の仕事だよ。あなたこそ、部下たちを困らせたんじゃないの」
「否定はできねえなあ……で? 何日いられる?」
「三日」
「俺の休みと同じだな。さすがにそれ以上はナターレがなくなるって言われて無理だった。俺だって、それは嫌だしな」


やはり、クリスマスから新年にかけては恋人と一緒に過ごすのが、幸せというものではないか。
もっとも、それまでの忙しさを想像すると、恐ろしい限りだが。


「──それで?」
「ん?」
「十年目の答えは?」
「そんなの、決まってるだろ……愛してるよ、恭弥。十年前よりずっとな」
「僕は、本当にあなたと十年過ごすとは思っていなかったけどね」
「おい」


十年たっても細いままの身体を抱きしめて、唇を重ねる。
時間なんて関係ない。
そんなこと、十年前からわかっていた。
あの映画の科白を借りるなら、愛情が醒めることなどありえないと。
そう確信していたからこそ、約束をしたのだから。
十年目の今日を、当たり前の日常として迎えるために。


「十年一昔って本当だよね」


唇を触れあわせたまま、雲雀が微笑む。
たしかに、雲雀自身も彼をとりまく環境も大きく変化したから、そう思うのも当然だろう。


「そうか? 俺はやっぱり十年一日だと思うぞ」


ディーノにとって、この十年は比較的穏やかだった。
雲雀ほどではないにせよ、さまざまな状況の変化はあったものの、いまもファミリーは安泰で。
恋人とも、いたって順調にすごしてきた。
十年前のことを、まるで昨日のことのように思いだせるほど。
あの日、出会うなりトンファーを構えた、好戦的で生意気なじゃじゃ馬のことを。


「なるほど……僕が未だにあなたを咬み殺せないのは、時間が経っていないせいなんだ」


それは、いまも好戦的で生意気なじゃじゃ馬だからかもしれないが。


「最近は俺だって毎回必死だっつうのに、おまえは……」
「そんなの当然だよ。僕は十年前からいつも必死だったんだからね」
「……そうだよな。必死に俺のこと愛してくれてたんだよな」
「勝手に曲解しないでくれる?」


顔をしかめて、雲雀はまたくるりと背中をむけた。
けれど、ディーノの腕のなかからは逃げださない。
ここが自分の居場所だと、知っているからだ。


「恭弥……」
「! ちょ、……眠いって、言って……!」
「寝た子を起こしておいて、つれないこと言うな」


ワイシャツのなかに手を忍びこませ、布地よりもっとなめらかな肌を撫であげる。


「ディ、ノ」
「愛してる、恭弥……これからもずっと、おまえだけだ」


この先の十年も、その先も。
いつか、二人の時間が止まるまで、ずっと。
あの映画のような、古臭い、ありふれた物語になるまで。


「……あなたは、僕が咬み殺すまで僕のものだよ」


眠るのは諦めたのか、三度身体を返した雲雀の腕が、するりとディーノの首にまわる。
十年前から変わることのない、同意のサイン。


「恭弥」
「なに?」
「十年前、俺と出会ってくれてありがとうな」
「あなたもね、ディーノ」


いままでに何度かわしたかわからないキスを、くりかえしかわして。
二人の体温が、呼吸が、鼓動が、どちらのものかわからなくなるくらい重なりあって。
やがて。
ひとつに溶けあっていった。



部屋に差しこむ光はさきほどより格段に強くなっていたけれど。
二人の朝はまだ、遠いようだった。





end

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