fan fiction

□ジェラシー・リング2
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ああ、緊張する。


「ディーノ?」


声にだしたつもりはなかったのに、聞こえたのだろうか。
恋人が訝しげに見あげてくる。


「なんでもない」
「ねえ? あなた今日変じゃない?」
「変じゃねえよ」
「……僕に隠し事するの?」


上目づかいに睨まれた。
その目つきは反則だ。
ディーノは内心で雲雀に訴える。
久しぶりに会った恋人はいちだんと可愛くて、それだけでもたまらないのに。
ここが部屋ならそのままベッドへ直行なのだが、いかんせんエレベータのなかだ。
乗っているのはディーノと雲雀、そして、気心も事情も知れた部下たちだけではあるのだが。
とはいえ、さすがにいまはまずい。
なにより、今日はもっと大事なことがある。


「隠す気はねえよ。部屋帰ったらな」
「嘘ついたら、咬み殺すよ」
「わかってるって」


不服そうな雲雀の髪を撫でる。
ここで機嫌を損ねられては困るのだ。それでは何もかもが台無しになってしまう。
エレベータが指定したフロアで止まり、ドアが開くのももどかしく雲雀の肩を抱いて降りる。
ようやく部屋に入って二人きりになったときには、思わず溜息がこぼれてしまった。


「やっぱり、変だね。食事してるあいだもなんだか上の空だったし」
「あー……悪い。なんか緊張しててさ」
「緊張? どうして?」
「いや、だから……まあ、とりあえず座って。ちょっと待ってろよ」


雲雀にソファを示して、寝室へ駆けこんだ。
上の空だったのは、どういうシチュエーションで渡すべきかと悩んでいたからなのだが、もうあれこれ考えている場合ではないようだ。
そもそも、下手な演出をすれば照れ屋な恋人の不興を買う可能性が高い。
ならば、ストレートにいくしかないだろう。
ベッドサイドのテーブルに置いた小さな長方形の箱を手に、リビングへとってかえした。
雲雀は大人しくソファに座っていたが、微妙に機嫌が傾いている。


「これ。渡そうと思ってさ」
「なに?」


雲雀の隣に座って、黒いビロード張りの箱をわたす。


「約束したろ? 開けてみてくれよ」


不機嫌さを隠さないまま、それでも思いのほか素直に雲雀が箱の蓋を開けた。
なかには純白のクッションが敷かれ、その上に銀色のリングがふたつ並んでいる。
雲雀がちいさく息を呑んだ。
なんの演出もできなかったが、計らずも驚かすことになったらしい。
機嫌の傾きも無事直ったようだ。


「……こういうことだけは、素早いね」
「まかせろ。向こうもどってすぐ用意した」


前回会いにきたとき、雲雀の持つボンゴレリングのことで喧嘩をした。
いや。
喧嘩などという上等なものではなく、ディーノが指輪と、その指輪で雲雀とつながる──この場合、雲雀の意思は関係なしに──仲間たちに嫉妬して雲雀にあたってしまったというのが正しいのだが。
その時、言ってくれたのだ。


『──そんなに指輪にこだわるなら、あなたがくれればいい』
『え?』
『左手の薬指』


それから、もう一言。


『もちろん、あなたもつけてくれるんだよね?』


怪我の功名というのか、なんというか。
雲雀の性格を考えれば、恋人から贈られるリングなど単なる束縛の証にしかならないだろう。
ボンゴレリングですら、その意味や役割に納得して持っているわけではないのだ。
ディーノも、何よりも自由であることを望む恋人に、枷を嵌める気はなかった。
それなのに、まさか自分からそんなことを言いだすとは思ってもみなくて。
しかも、ディーノにもつけろとまで言うとは。
それが嫉妬対策だとしても、二度とないかもしれないチャンスだったのだ。


「親父の代からつきあいのある工房があるんだよ。そこで長いこと職人やってる爺ちゃんに、俺に大事な人ができたらとびっきりの指輪を作ってやるって、子供のころから言われててな。だから、即行で頼んだ」
「工房っていうことは、手作りなの?」
「そう」
「へえ。すごいね」


感心したように頷いて、雲雀がそっとリングをつまみあげた。
何の変哲もない、ごくシンプルなリングだ。
内側に刻印されている文字も『K e D』だけで、いっそ素気ないほど。


「徹底的にシンプルにしてみた。これなら邪魔になんないだろ」
「うん」


満足そうな顔で、雲雀は手にしたリングをディーノに突きつけた。


「どうした?」
「こういうのは、自分で嵌めるものじゃないんでしょ?」
「ああ。そうだよな」


左手で、差しだされた左手を受けとめる。
体格に見あった華奢な手だ。
節の目立たない細くて長い五本の指。その四番目にそっと静かにリングをすべらせた。


「ぴったりだね?」
「当たり前だろ。おまえのなんだから。で、と。俺のは、恭弥が嵌めてくれるのか?」
「あなたがそうして欲しいならね」
「もちろん、そうして欲しいですとも」
「じゃあ、貸して」


今度は雲雀の左手がディーノの左手をすくいあげる。
武骨とまではいかないが、綺麗ともいえないだろう手。
いろいろな意味で。
ところが。


「あなたの手って、綺麗だよね」
「そ、そうか?」
「うん」


何故そう思うかは言わずただ頷くと、雲雀は思いのほか真剣な表情でディーノの薬指に銀色の輪を嵌めた。
重なった手の同じ指に、同じ銀色の輝き。
特別なシチュエーションなど必要のない、ただそれだけで特別な瞬間。


「病めるときも健やかなるときも、恭弥だけを愛することを誓う」


たとえ、いつか死が二人を分かつとも。
ディーノは自分の手がのっている雲雀の左手を握りしめた。そのままひきよせて、触れるだけのキスをひとつ。


「調子に乗りすぎだよ」
「乗ってねえよ。本気だぜ?」
「僕は、そこまでしろなんて言った覚えはないけど」


声は尖っているのに、頬に朱がさしている。
無意識なのだろう、逃げようとする左手を握りしめていた力を強めた。


「わかってる。べつに、これで恭弥を束縛する気はないからな? ただ、知っててほしかったんだよ。俺が誓う相手は神様じゃない、恭弥だから」
「そんなこと……とっくに知ってるのに」


いまさら顔をそむけても、頬どころか首筋まで紅いのは隠せないとわかっているのかいないのか。


「それでもさ」
「……病めるときも健やかなるときも」
「恭弥?」
「あなたが僕に誓うなら、僕もあなたに誓うしかないね……そうしないと、この指輪の存在意義がなくなる」
「恭弥!」


わずかな隙間もできないように、ぎゅっと抱きしめる。
これから先も、二人のあいだには誰も何も入りこまないように。


「落ち着きなよ」
「落ち着けねえよ!」
「……まあ、戦う相手を無期限でキープすると思えば、これくらいの代償はしかたないかな」
「おい」


腕のなかで溜息まじりにものすごく不穏なことを呟いた、可愛げのない可愛い恋人を睨みおろす。
さっきは照れて紅くなっていたくせに、もうすっかり涼しげな顔をしてディーノの腕から逃れると、自分から背中を預けてきた。


「──いつか僕があなたを咬み殺すまで、有効だからね」
「だったら、永遠に有効だな」
「……いますぐ咬み殺してあげようか?」
「落ち着けよ」
「僕はいつでも落ち着いてるよ」
「嘘つけ」
「あなたじゃあるまいし」
「悪かったな」


細い腰に手をまわして。
凭れてくる身体を腕のなかにもう一度閉じこめる。
雲雀は、左手を顔の高さまで掲げた。
真新しいリングは、けれどずっと以前からそこにあったように馴染んでいるように見える。


「これで、少しは安心?」
「少しな。恭弥は?」
「……少しね」
「さっきの本当に本気だから、信じろよ?」
「うん」
「ん?」
「なに?」
「なあ。恭弥の誓いの言葉、途中までじゃなかったか?」


雲雀が、一瞬硬直した。


「あれは、あなたが遮ったんじゃないか」


何故いまそれに気づくのかと言わんばかりの表情で、睨まれる。


「たしかに。それは俺が悪かった。だから、いま続き言って?」
「──あなたの言葉に準じる」
「そんな誓いの言葉あるかよ」
「じゃあ、以下略」
「略してどうする」
「……しかたのない人だね」
「いまは、その言葉を甘んじて受けるぜ」


深い溜息をついて。
雲雀がわずかに伸びあがる。
そうしてディーノの耳元に唇を寄せた。


「病めるときも健やかなるときも……」


声はだんだんとちいさくなって、最後は囁きというのも躊躇われるほどだった。
けれど。
たしかに、ディーノの耳はそれを聞きとった。


「俺もだよ、恭弥。愛してる」


今日一番の紅さに染まった頬に手を添え、引き結ばれた唇にキスをする。
誓いのキスだとするなら、熱のこもりすぎたそれは夢中になった二人の、互いに意識しないまま重ねた左手のなかで。
ふたつの銀色の証が触れあって永遠を形作り、星が瞬くような輝きをはなっていた。





end

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