fan fiction

□kissin' Christmas
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「寒くないのか、恭弥?」


半歩先を歩く雲雀に声をかける。


「いまはね」
「そうか? けど、とりあえずこれは巻いとかねえ?」


振りむいた恋人に、ディーノは手にしたマフラーを差しだす。
けれど、ちらりとそれに目を落としだけで、受けとらない。


「いらない」
「いらないじゃなく、あ、こら、待て恭弥」
「待たない」


すたすたと歩調を早める雲雀を追いかける。
寒いのが苦手なくせに、厚着をするのが嫌いだという我儘な恋人に、防寒具を着けさせるのはひと苦労だ。
いまは食事をしたばかりで身体が温まっているから、なおさら嫌なのだろう。


「……子供かよ、もう」
「なにか言った?」
「いいや。なんでも」
「ふうん?」
「本当になんでもないって」


吹く風より冷たい視線を投げつけられて、慌てて降伏する。
こんな日に、ささいなことで機嫌を損ねるわけにはいかない。
今日だけは。
ディーノはあらためて、賑やかな町を見まわした。
いつもに増して、人出が多い。
そして、みんなどこか浮き足立っているように見えるのは、気のせいではないだろう。
なんといっても、クリスマス・イブである。
そして。
クリスマスは、日本においては恋人たちのためのイベントであるらしい。


「まあ、盛りあがるもんなあ」


観光地のような特別なイルミネーションはなくても、この時季の町が華やかなのはイタリアも日本も同じ。
ショーウィンドウのディスプレイは、軒並みクリスマス仕様。
赤と緑。白に青。金や銀。
さまざまに趣向を凝らした飾りは、それだけで人々を幸せにする。
もちろん、ディーノもそのうちの一人だ。
けれど。


「まったく、咬み殺し放題だね」


そんなものにはまったく興味を示さない子供が、半ば独り言のように呟いた。
もともと、あらゆるイベントに興味がない。
むしろ、風紀が乱れると忌み嫌っているふしすらあるくらいだ。
きらきらしい風景より、浮かれて隙だらけの草食動物たちのほうに気持ちが向いている。


「さすがに今日は勘弁してやれって」
「……しかたがないね」


窘めながら追いつく寸前、また雲雀が少し前にでた。
さすがに、ちょっと訝しくなってくる。
いつもなら、隣を歩くのだ。
そこが自分のポジションだというように、先を行くことも、後につくこともないのに。
夕食をとった店──あえて和食にしてみた──に行くときはふつうに隣を歩いていたし、いまも特別機嫌が悪いふうでもない。
ただ、ディーノよりほんの少し先を歩く。
それでいて、けして距離は開かない。
こうなると、意図的にしていると見るべきだろう。
どうしたものかと思案するディーノの目の前で、雲雀は唐突に足を止めた。
大きなクリスマスツリーの前で。
シックな佇まいのジュエリーショップの入り口を飾るそれは、モミの木にモールの代わりに、粒の大きな──当然模造品だろうが──真珠のチェーンを螺旋状に巻きつけ、ところどころに蝶結びにしたリボンを飾ってあるだけの、ごくシンプルなもので、草食動物以上に雲雀の気を惹くものがあるようには思えなかったのだが。


「恭弥?」
「マフラー」
「え? ああ。寒くなってきたか?」
「巻いて」
「は?」
「あなたが巻いて」


ツリーと、張りだしたショーウィンドウの間にある、ちょうど人一人分の隙間に収まるようにして、雲雀がディーノと正対する。


「どういう風の吹きまわしだ? いつもは嫌がるくせに……」
「早く」
「はいはい」


だが、どんな理由にしろ甘えられるのは嬉しい。
ずっと手に持っていたマフラーを、雲雀の細い首にそっと巻きつける。
どこか神妙な顔つきの雲雀が、じっとされるがままになっているのが、なんとも可愛らしい。
このまま、ドルチェとして美味しくいただきたいくらいに。
しかし、なんといっても聖なる日の前夜である。
邪な気持ちを押さえて、かろうじて知っていた巻き方を実践した。


「よし、できた。苦しくないか?」
「うん……ディーノ」
「ん?」


雲雀が手まねくのにつられて、身をかがめる。
すると。
ふわりと、なにか柔らかなものが唇に触れた。
実際にはかすめたといったほうが正しい、一瞬の出来事だった。
それが恋人の唇だったと理解するより先に、今度は、腕をつかまれそのまま手を握られる。


「今日はあなた歩くの遅いから、はぐれたりしないように捕まえておくよ」
「は?」
「ちゃんついてきて」
「え? ちょ、恭弥!?」


ツリーの陰から脱けだした雲雀は、ディーノの手を握ったまま、相変わらず半歩前を歩いていく。
分厚いコートを着ていてもなお華奢な後ろ姿を見ていたら、ようやく、現実に立ちかえってこれた。
納得もした。
すべて、計算ずくだったのだ。
マフラーを巻こうとしなかったのも、あのツリーの前で立ち止まったのも。
あの場所なら、ツリーとディーノの身体が目隠しになって、雲雀がなにをしても通りを歩く人たちには見えなかっただろう。
そして。
ずっと先に立って歩いていたのも。
このためだけに、わざわざディーノの歩みが遅いという既成事実を作ったのだ。
ディーノは、いつのまにかしっかりと指同士を絡ませてつながれた手を見おろしながら、笑ってしまう。
嬉しくて。
愛しくて。
どうしようもなく、愛しくて。


「恭弥。これって、プレゼント?」
「そんなわけないでしょ」
「あれ? 違うのか?」
「さあね」
「どっちだよ!」


てっきり、そうだと思ったのだが。
物ではなく、ディーノが喜びそうな、なにより雲雀が普段なら自分からはしないような行為をプレゼント代わりにするというのは、実にありそうだ。


「──プレゼントは、サンタクロースが持ってきてくれるものでしょ?」
「ああ。そりゃ、そうだな」
「もっとも、あなたが今年一年いい子だったと判断されるかは、わからないけどね」
「ていうか、その前に俺がプレゼントの対象になる子供だって、認定してもらえるかが問題だけどな」
「それは大丈夫」
「なんで?」
「へなちょこだから」
「いまそれ関係なくねえ!?」


微妙に前後にずれたまま、雑踏を歩く。
サンタクロースの存在を信じているはずのない恋人が、あえてその名を口にしたということは、プレゼントは別に用意されているのだろう。
もちろん、ディーノに抜かりはなく、明日の朝、雲雀が目を覚ます前に枕元にこっそり置くつもりだった。
だが、どうやら恋人も同じ計画を立てているようだ。
必死に堪えるのに、どうしても口元がゆるんでしまう。
自分がいま、世間に晒していい表情をしているかどうか、自信も責任ももてなかった。
けれど、喜ぶなというほうが無理だ。
イベントに関心のない雲雀が、自分のためにプレゼントを用意し、さらにはこんなサプライズまで考えていてくれたのだから。
寒いはずなのに、まったくそれを感じないほど幸せだった。
心の底から、幸せだった。


「恭弥恭弥」
「連呼しなくても聞こえてる」
「恭弥、可愛い」
「目の検査してきて」
「恭弥、大好き」
「それ以上ここで口にしたら、咬み殺すよ」
「恭弥、愛してる」
「……あなたね」


足を止めて。
振りむいた雲雀が、眉をひそめて睨みつけてくる。
そんな顔も、ディーノにとってはいつだって砂糖菓子のようなものだ。


「抱きしめていいか?」


つないでいない手を広げて、聞いてみる。
本当は有無を言わせずそうしたかった。
実際、腕を引けば簡単にそうできるのもわかっているけれど。


「駄目に決まってるでしょ」


つん、と顔をそむけるのも想定内。
なので、とりあえず諦めておく。


「ちぇ。残念」
「調子にのってると、サンタが来ないよ」
「……しょうがねえ。帰るか」
「僕はずっとそのつもりなんだけど」


呆れ顔で、それでも、手を離すことはないまま雲雀が歩きだす。
ようやく、隣に並んでも逃げられなくなった。


「ケーキ頼んであるぜ。定番のイチゴと生クリームのやつな」
「悪くない選択だね」
「だろ」


ホテルに帰ったら、さっそく食べよう。
定番ではあるが、ホテルのパティスリーが一押ししていた自信作だ。きっと、美味しいにちがいない。
そのあとは、さっきは食べそこなったディーノのためだけのドルチェを、しっかりいただく。
サンタが枕元にプレゼントを置くまでは、なにも気づかないくらいぐっすり眠っていてほしいところでもあるし。


「なんだか、いま嫌な予感がしたけど」
「気のせい気のせい」
「変なこと考えたら、サンタに即キャンセルの連絡するから」
「えー!?」
「やっぱり、企んでいたんじゃないか」
「変でも企んでもいねえよ。恋人同士ならふつうのことを考えてただけだ」
「……臆面もなく、よくそんなことが言えるね」
「俺は我慢してたのに、煽ったのは恭弥だろ」
「人のせいにしないで」
「恭弥こそ、脅迫する気なら先にサンタ拉致るぞ」
「やれるものなら、やってみればいい」
「お。言ったな? 後悔するなよ?」


言質をとったところで、さっそくお返しをする。
胡乱げに見あげる漆黒の瞳に自分の姿を映しながら、唇を掠めとった。


「ディーノ……!」
「キスは駄目って言われてないし。さっき、俺もされたし?」
「あれは、」
「まあ、でも、なにもわざわざ見せてやることもないか」
「そういう問題じゃないよ」


誰にはばかることも、なにを恥じることもないのだ。
二千年以上前の明日生まれた神の子の教えに、たとえ背くことになろうとも。
だが、見せびらかして奪われてはかなわない。


「いや。けど、ぶっちゃけ誰も見てないって」


はしゃいで笑いさざめくグループ。
ケーキの箱やプレゼントの袋を手に、家路を急ぐ人々。
見つめあう恋人同士らしき二人連れなら、なおさら。
今夜は通りすがりの誰かのことなど、誰も気にかけたりしないだろう。
現に、いましがたのキスを目撃した人間はいそうにない。


「……たしかにね」


溜息は、ディーノに対してか、隙だらけの草食動物たちに対してか。
なんにせよ、それ以上追及する気はなくなったらしい。


「じゃ、帰ろうぜ」
「だから、僕はずっとそのつもりなんだけど」
「恭弥」
「なに」


今度変なことしたら、絶対に咬み殺す。
それ以外のどんな言葉も当てはまらないだろう顔つきで、また睨まれた。
もっとも、声にして言わないあたり、やはり、雲雀も思っているのだろう。
今夜は、特別だと。


「最高のナターレだな」
「あなたがそう思うなら、それでいいけど」
「恭弥は?」
「……じゃなかったら、こんなことしてない」
「そっか。ありがとな、恭弥」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」


いつもどおりの素直じゃない言葉に笑って。
二人同時に一歩を踏みだした。
隣を歩く恋人は、難しい顔をして黙りこんでいる。
頓挫しそうなサンタ計画を、練りなおしでもしているのか。
はぐれないように捕まえておくと言った本人がそんなことでいいのかと思いつつ。
それならば、三人の賢者を導いた星のように、恋人を連れてかえる役目を果たすだけのことだ。
目的地は救い主が眠るうまやなどではなく、ケーキと暖かなベッドが待つ、ホテルの部屋だけれども。
そこでふと、いちばん肝心なことを言っていなかったのを思いだした。
明日の朝にしようかとも思ったが、いまがふさわしいような気がする。
だから。


「Buon Natale 恭弥」


恋人は難しい顔のままだったけれど。
つないだ手には、そっと、力がこめられた。





end

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