fan fiction

□光の花
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「遅かったね」


ドアを開けて、なかに一歩踏みこんだ瞬間、するはずのない声がした。


「恭弥?」
「やあ」


ソファに座った雲雀は、まるで自分の部屋であるかのようにくつろいだ態度で微笑んでいる。


「おまえ、俺が出てきたとき広間にいなかったか?」
「いたよ?」
「なのに、なんで俺より先に、この部屋に来られるんだ?」
「あなたより、この屋敷の構造に詳しいからね」
「詳しくなるほど来てないだろ」


私室を与えられているとはいえ、ディーノは違うファミリーの人間だ。
このボンゴレ本部には子供のころから何度も訪れてはいるものの、所詮はよその家である。
だが、それをいうなら、いまだ自分のことをボンゴレの守護者とは認めておらず、あまつさえ独自に財団を立ちあげた雲雀も、この屋敷には数えるほどしか来たことがないはずなのだが。


「沢田が教えてくれたんだよ。抜け道とか隠し部屋とか」
「なるほどな」


ボンゴレ10代目──綱吉にとって、雲雀は昔から変わることなく、絶対的強者だ。万が一のときを考えれば、それは当たり前のことなのだろう。
素直に納得して、抜け道かなにかを私物化していることには目をつぶる。
セキュリティについても、考えまい。
しかし。


「おまえ、脱けだしてきてよかったのか? 日付変わるぞ?」


ディーノはネクタイをゆるめながら、ソファに歩みよる。
出張先からまっすぐボンゴレ本部にやってきたので、ブラックスーツのままなのだ。
今夜の集まりはパーティというより、仲間内の飲み会に近い。
せっかくだから、ディーノも普段着に着替えるつもりで、広間を抜けてきたのだった。


「べつに。もともと、出たくて出たわけじゃないし」
「けど、ツナからのお達しなんだろ?」


ごく内輪の集まりだとはいえ、一応ドン・ボンゴレ主催であるため、守護者には全員招集がかかったのだと思っていたのだが。


「そんなの。あなたが出席なんてしなければ、来なかったのに」
「え? 俺は、おまえが出るっていうから来たんだぜ?」


一瞬の沈黙。
みるみるうちに、雲雀の表情が苦々しげになっていく。


「あの小動物」
「ツナのやつ、やるじゃねえか」


ディーノとしては、弟分の成長を微笑ましく思うばかりだが。


「だいたい、そんな理由で出席するなんて、おまえらしくねえぞ」
「あなたこそ、自分のファミリー放ってこんなところまで来ていいの?」
「そりゃあ、背に腹は代えられないさ」


もう、三か月以上も直に顔を合わせていなかった。
お互いに忙しく、テレビ電話でデジタル処理された姿を見るだけの短い逢瀬すら、片手で足りるほどしかできなくて。
いままでにもなかったわけではないが、だからといって、恋人に会えないことに慣れるわけでもないのだ。


「へなちょこ」
「なんとでも。つうか、今回はお互いさまだろ」


ほどいたネクタイを引きぬき、シャツのボタンを二つはずして、雲雀の隣に腰をおろす。


「お疲れのようだね」
「そりゃあ、こんな年の瀬ぎりぎりまで働かされたら疲れもするっての」
「でも、ずいぶんいい条件で契約したそうじゃないか」
「まあな……って、なんで知ってる?」
「僕のところには、必要な情報はリアルタイムで集まるようになってるんだよ」


当然とばかり、微笑を浮かべる恋人に溜息をつく。
それについても、お互い様ではある。
ディーノにしても、なにかあったときすぐに動けるよう、風紀財団の動向は逐一チェックしているのだから。
そして。
それゆえに、財団の総帥である恋人の多忙ぶりもまた、理解していた。


「少し痩せたか?」


なめらかな頬を撫でる。
子供のころの丸みはとうに消えてしまっているが、さらに薄くなったのが痛々しい。


「忙しかったんだ」
「知ってるけどな……無理はしないでくれよ?」
「わかってるよ。あなたこそ、僕の丈夫さをわかっているはずなんだけど」
「ああ。わかってるさ。ただ、お前の場合は極端すぎるのがな……」


風邪すらめったにひかないのに、ひくと必ず拗らせる。
そんな人間の健康管理を、誰が手放しで信じられるというのだろう。


「あなたは、変なところで過保護だね」
「そりゃあ、おまえが無茶ばっかりしてたからだろ」
「いつまでも、十五の子供と同じ扱いしないでくれる?」
「同じになんか扱ってねえよ。てか、十五の恭弥のことだって、子ども扱いなんてしてなかったぜ?」
「平然と嘘つかないで」
「いや、マジで。あのころから、恋人扱いしかしてなかった」
「……馬鹿じゃないの」
「というわけで、恭弥」
「なにが、というわけなんだか」
「会いたかった」


苦笑する唇に唇を重ねる。
記憶にあるのと寸分たがわぬ温もりと柔らかさに、そのまま貪りたくなるのを辛うじてこらえた。


「……ディーノ?」
「んー……そろそろか?」


腕時計を見れば、年越しまであと五分。
案の定、窓の外で少しずつざわめきが大きくなっていく。
広間にいたメンバーが、そろって外へ出てきたのだろう。
カウントダウンに花火は付物だ。室外への移動は必須である。
だから、ディーノもこのタイミングで着替えにきたのだが。


「行くつもりなの?」
「行かないつもりか?」
「さあ?」


そう言いながら、首にまわしてくる腕はなんなのか。


「おまえ、いちおう守護者だろ」
「知らないよ、そんなこと」
「お!? おい、きょ」


強引に引きたおされて、思わずソファの上に雲雀を組み敷く体勢になる。
そのまま、仕返しのように唇を奪われた。
するりと忍びこんでくる舌が、唆すようにディーノのそれに絡みつく。
瞬間、理性は焼ききれてしまった。
主導権を奪いかえすために深く唇をあわせて、思うさま餓えを満たす。
求めてやまなかった温もりを感じながら。


「10代目! カウントダウンはじめます!」


そうして。
ずっとノイズのように聞こえていた声が、ようやく意味を持つ言葉として聞こえるようになって、やや理性が修復された。
もっとも、みごとに手遅れだったが。


「十! 九! 八! 七! 六!」
「五!」
「四!」
「三!」
「二!」
「一!」
「あけましておめでとう!」
「おめでとうございまーす!」


歓声。
大きな音のあとに、小さかったりけたたましかったりと、さまざまな爆発音がつづく。
間をおいて、窓の外が色とりどりに明るくなったのが、目の端に映った。


「──あけちまったじゃねえか」


名残り惜しい気持ちのまま、それでも身体を起こし、雲雀の腕もひいて起こしてやる。


「時間が経てば日付が変わるのは、当たり前のことだよ」
「おまえな……」
「だいいち、僕がいるのに小動物たちと群れるなんて、許されると思ってるの?」


キスの余韻に艶めく唇が、不敵な笑みを形作る。
ただ、声音は拗ねた子供のものだった。
これで子ども扱いするなというのだから、困ってしまう。
いくつになっても、可愛いことこの上ない。
だから、いつだって負けるのはディーノのほうなのだ。
過ぎてきたいくつもの年月でも、おそらくはこれからはじまる新しい日々でも。


「……俺が悪かった」
「わかればいいよ」


降伏の証として、満足げな頬にキスをおとして。


「新年おめでとう」
「おめでとう」


今度は、かるく唇をあわせて。


「今年もよろしくな」
「変わりばえしない一年になりそうだね」
「それがなによりだろ」
「年寄りくさい」
「ひでえ」
「ドン・キャバッローネらしいよ」
「年寄りくさいのがか!?」
「新年早々、拗ねないでくれる?」
「……おまえが言うなよ」


我儘納めと拗ね初めを、ほとんど同時に展開したくせに。


「なに?」
「なんでもない……今年も愛してるよ。いままでの、どの年よりずっとな」


負け納めとへこみ初めをすませたお礼がわりに、言ってやる。


「やっぱり、変わりばえしない……」


雲雀の答えをかき消すように、ひときわ大きな音が鳴った。
そして。
頬を染めた、今年も素直ではない恋人の肩ごし、窓枠で切りとられた四角い夜空のなかに。
光の花が、鮮やかに咲いて新しい年を寿いでいた。






end

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