fan fiction

□台風LOVER
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「恭弥!!」


どれほど急いで走ってきたのだろう。
息はあがり、いつもふわふわの金髪は濡れてぐしゃぐしゃになっている。
いや。
髪だけではなく。
ディーノは全身ずぶ濡れだった。
その姿にも驚いたが。


「どうして……?」
「仕事が、思いのほか順調に片づいて、予定より早い飛行機に乗れたんだよ」


まだ息が整わなくて苦しそうな顔なのに、雲雀が珍しく本気で驚いたのがわかったのか、満足げに笑う。


「でも、台風で空港」
「だから、関空で降ろされちまった。で、大阪から新幹線乗っ、てっ!?」


気づいたときには、胸いっぱいに雨の匂いを嗅いでいた。
それから、愛用しているらしいコロンの香り。
速い、鼓動。


「恭弥! 濡れちまうって!」


慌てた様子で引きはがそうとするから、ぎっちり背中にしがみついてやった。


「ったく。風邪ひくぞ」
「それはあなたのほうだよ」


タオルはあるが、着替えになるようなものはあっただろうか。
真夏とは違う。濡れたままでいれば、冗談ではなく風邪をひきかねない。
そう思うのに、離れることができなかった。


「それより、なんでまだ学校にいるんだよ。いや、いるだろうと思ってまっすぐ来たんだけどな。そういうことじゃなくて、こんな天気のときくらい早く帰んなきゃ駄目だろ。危ないんだから。並中は恭弥より頑丈だから心配いらねえし、いくらおまえでも、台風は咬み殺せないぜ?」
「それ、赤ん坊にも言われたよ」
「さすがだな、リボーン」


苦笑がふわりと頭の上におちた。


「恭弥」


聞きたくてどうしようもなかった声も。


「めちゃくちゃ会いたかった」


やっと。
やっと、抱きしめてもらえた。
お返しに、背中にまわした腕に力をこめる。
会いたかったのは自分のほうだと、精一杯の想いをこめて。


「来るの、延び延びになってごめんな」


仕事なんだからしかたないよと、もっと強く。


「愛してる」


うん。
頷くかわりに、もっともっと強く。


「……なあ」


困ったような声。
雲雀は見なくたって、ディーノがどんな顔をしているのかわかるのに。


「そろそろ、顔見せてくれよ」


へなちょこな恋人がそんなことを言うので、少しだけ腕の力をといて、上を向いた。
不思議な透明感をたたえた茶色の瞳に、自分だけが映っている。
その心地よさを味わいたかったから。


「ねえ、風邪ひくよ」
「恭弥にうつんなきゃいいさ」
「……無理だと思うけど」
「そしたら、一緒に寝こもうぜ。今回は、いつもより長くいられるしな」
「そうなの?」
「ああ。なんたって二回も恭弥に会いそこなったんだ。それくらいの報酬もらえなきゃ、マフィアのボスなんかやってらんねえよ」


そんな、強気なのか弱気なのかわからない言葉を紡いだ唇が、待ちきれないというように、そっと額に触れた。
戯れのように、目蓋と頬に。
それから、唇に。
穏やかに触れてきたそれは、やがて本性をあらわして、雲雀から熱を奪おうとする。
奪われて、けれど、それ以上の熱を与えられるのだ。
まるで、一度すべてを壊されたあと再構築されるような荒々しさと丁寧さで。


「……恭弥」


唇を触れあわせたまま、名前を囁かれる。
かすかなビブラートは、雲雀の内側へ伝わるほどに大きな揺らぎとなって、強い衝動を呼びさます。


「ディ、ノ」


離れることなくふたたび深く重なった唇からは、あとはもう甘い吐息しかこぼれない。
それすらも惜しくて、雲雀はディーノの背中に回していた腕を、さらにのばして首へと巻きつけた。
瞬間、ふわりと身体が浮きあがる。


「悪い。抑えきかねえ」
「……ん」


抱きあげられたままソファに運ばれて、ゆっくりと身体が重なる。
優しい、それでいて、獰猛さを隠さない指が、唇が、また雲雀から熱を奪っていく。
奪われて、与えられて。
落とされて、浮かされて。
それは、外で荒れ狂う台風よりも激しく、雲雀を翻弄していった。





「──大丈夫か?」
「うん」


嵐のあとの凪いだ世界で。
ディーノに凭れかかったまま、雲雀はぼんやりと窓の外を眺めていた。


「雨」
「ん?」
「やんでる」


そういえば、風の音もやや小さくなっただろうか。


「台風一過だな。明日は晴れるぜ」
「じゃあ、戦ってよね」
「はいはい。承知しておりますとも」


冗談めかした言葉と、頬へのかるいキス。


「関空で待ってたら、飛行機飛んだかもしれないよ」
「かもな。けど、じっとしてんの嫌だったからさ。新幹線のなかでだって走りたかったくらいなんだぜ?」


早く会いたくて死にそうだった。
耳元で囁かれて、静まった熱がまたあがりそうになる。


「もう、駄目」
「わかってる。続きはホテル帰ってからな、って。痛えよ……そろそろ外でても平気だろ」


肘鉄を喰らわせても、嬉しそうに笑うだけだ。


「そうだね……あ!」
「なんだよ、急に」
「……鳥」
「え?」
「いるの、忘れてた……」
「ええっ?」


「ヒバリ!」


自分の話になったことに気づいたのか、小鳥がふわりと飛びたった。
どうやらいままで執務机の下にいたらしい。


「……空気まで読むとは、頼もしくも恐ろしい奴」


呆れ半分感心半分のディーノの頭上を、黄色い小鳥がくるくると飛びまわる。


「ヒバリ! ハレ! ヒバリ!」
「まだ、晴れてるわけじゃないけどね……?」
「ん? どうした?」
「ううん。なんでもない」


小鳥の声に、ふと思いいたった。


『ヒバリ! アメ! ヒバリ!』


あれは、天気のことばかりではなかったのかもしれない。


「ええぇ。なんだよ、言えよ」


拗ねた子供の声。
やっぱり、見なくたってどんな顔をしているのかわかる。


「天気はあなた次第ってこと」
「んん? ……そっか」


一瞬の困惑。
それから、過たず理解したらしく、抱きしめる腕に力がこもった。


「ディーノ」
「なんだ?」


なにもいわず、いまはもう落ち着いた鼓動を刻む胸に頬をよせる。
先刻はあんなに速かった。
ずぶ濡れになるのも厭わず、必死に走ってきてくれた。
それだけで、たしかに雲雀の胸の内には暖かな陽射しが差しこむ。


「あなたがいたら、きっと台風だって咬み殺せる」
「いや! 無理だから!!」
「……僕にできないことがあるとでも?」
「そうは言ってねえよ。けど、台風はやめとけ」


おまえ、本当にやりそうで怖えよ。
不安げな声を聴きながら、窓を見やった。
外はまだ鈍色だ。
完全に台風の影響下から抜けるのは、もうしばらくかかるだろう。
それでも。
嵐は過ぎさった。
明日は、綺麗な青空がひろがるにちがいない。


「……あなたもいるしね」

今度はなにも問いかえされなかった。
ただ。
無意識に笑みを形作った唇に、同じ弧を描いた唇がふわりと重なって、はなれた。





end




……ヒバードを忘れていたのは、私。
さて。
引き続き、本当に並中が雲雀より頑丈か審議に入ります。
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