fan fiction

□恋とはどんなものかしら
2ページ/2ページ


「──やっと、ここまできたのか」
「あなた、さっきからなに一人で納得してるの?」


顔をしかめたままの雲雀の機嫌が、また一段悪くなった。
だが、いまは宥めてやれない。


「なんでもない。それより、恭弥。もう一度ゆっくり考えてみたらどうだ?」
「なにを?」
「居残り女子たちが言ってた、つうか、おまえが言ったのか? 恋の定義ってやつが間違っているのかどうか」
「それは……」
「間違ってるのはその子たちか、それとも、恭弥なのか。いまなら、ちゃんとわかるんじゃねえ?」
「そうかもしれないけど……」
「怖いか? 怖いなら逃げてもいいぜ?」
「怖くなんかない」


負けず嫌いがでて反射的に答えたのだろうが、その瞳にはたしかに迷いがあった。


「慌てなくていい。すぐに答えをださなくても、恭弥が納得するまでゆっくり考えればいいからな」


不本意そうな顔で頷く雲雀のなかで、けれど、おそらく答えはでている。
そして、それはきっとディーノが待ち焦がれていたものに違いないのだが。
雲雀がそれを認めず、あくまでも戦いに絡めて考えようとしていた気持ちもわかるのだ。
他人を寄せつけず、一人であることを好む雲雀にとって、誰かを恋うというのは、あるいは堪えがたいことなのかもしれない。
だから、ディーノは雲雀に対する自分の気持ちを隠してきた。
それを告げることで、雲雀以外誰も持ちえない強さを損ねてしまうのが怖かったから。
けれど。
ようやく、ここまできてくれた。
あと少し、答えがでるまでなど、待つうちにはいらない。


「……跳ね馬」
「ん?」
「跳ね馬は、どうして」
「ああ……聞きたいか? 俺がどうして恭弥に会いに来るのか」
「……うん」


自分の気持ちに向きあっているうち、訝しくなったのだろう。
単に時間稼ぎかしたいのかもしれないが。


「俺は、気がつくと恭弥のことばっかり考えてるぜ?」
「え?」
「恭弥に会えないあいだは死ぬほど淋しいし、だから、恭弥に会うとすっげえ嬉しい」
「そう、なの?」
「そうだよ。おまえは一人が好きだから、人間相手にはあんまりねえけど、おまえに四六時中くっついてる小鳥には時々イライラする」
「鳥、なのに?」
「そういうもんだって。そうだな、あと、俺の仕事とか体調とか、さりげなく気にしてくれてるのには、ぎゅっってなるどころか、いつも心臓鷲づかみにされてるな」
「跳ね馬……」
「なあ、恭弥。俺のこの状態はなんていうんだと思う?」


つかんだままの手に、力をこめた。
伝わってくれと、拒まないでくれと、祈りながら。


「あなた、僕のこと好き、だったの……?」
「気づかなかったか?」
「だって、あなたいつも家庭教師だって言ってたじゃないか」
「そりゃ、俺は恭弥の家庭教師だからな。だけどさ、それだけじゃなくて……ずっと、おまえのこと好きだったよ。もちろん、いまもな」


戸惑いながら、それでもまっすぐに見つめてくる瞳が、この先も自分だけを映してくれればいいのにと思う。


「じゃあ、僕は……僕も、?」
「どう思う?」


黒い瞳が、躊躇いに揺らいで。
それから、また雲雀は俯いてしまった。
けれど、次の瞬間。
重なった手に、力がこもった。
さっき、ディーノがそうしたように。


「恭弥!」
「え?」


力がこもったままの手をひいて、細い身体を膝のうえに抱きあげる。


「すっげえ、嬉しい」
「ちょっと! 放しなよ」
「嫌だ」
「跳ね馬っ」
「あー、もう、すっげえ幸せ。待っててよかった」


雲雀の胸に耳を押しあてて速い鼓動を聞く。
もっとも、ディーノの鼓動も負けず劣らずの速さだった。


「跳ね馬、いいかげんに」
「好きだ、恭弥」
「……っ」
「ずっと、言いたかった。おまえが寝てるときには何度か言ったんだけどさ」
「……そんなの、起きてるときじゃなきゃ意味ないよ」


諦めたのか呆れたのか、大人しくなった雲雀が溜息をつく。


「けど、おまえ言ったってわからなかっただろ? だから、最初から長期戦を覚悟してた。勝ち目はあると思ったしな」
「勝手なことばかり言うね」
「いや。マジでさ。だって、恭弥。おまえ、本気で嫌いな奴のうちに行くか?」
「行くわけないだろ」


なにを馬鹿なことを。
そんなふうに思っているのがまるわかりの表情。
それも当然だろう。
誰だって、嫌いな人間の家になど行きたいわけはない。


「だよな? けど、おまえ俺のこと嫌いだって言いながら、いままでどれだけこの部屋に泊まった?」
「う」
「嫌いなはずの俺と一緒に飯食って、俺の買ったパジャマ着て、同じベッドに寝てただろ? しかも、花弁が落ちる音でも目を覚ますとか言ってるくせに、俺と一緒だと無警戒に熟睡してくれちゃうしな。そんな状況で、本気で嫌われてると思うほうが、逆にどうかしてるんじゃねえ?」
「それなら、もっと早く言えばよかったのに」
「こういうことは、人に教えられるんじゃ駄目なんだよ。自分で気づかないと。俺だって、後で流されただけとか言って逃げられたくなかったし」
「僕は逃げたりしないよ」
「俺だって、逃がす気なんかなかったさ。実際に、待ってたらちゃんと恭弥のほうからきてくれた」
「……僕がずっと気づかないままだったら、どうするつもりだったの?」
「そんな心配はしてなかった。俺の教え子は優秀だからな」


伸びあがって、雲雀の唇にキスをする。
淡く触れるだけのそれに、けれど、腕のなかの身体がびくりと震えた。
見る間に雲雀の顔が赤くなっていく。耳から首、襟元から覗く肌も。


「そんなことまで、教えろと言った覚えはないよ……!」
「ああ、もう! 恭弥、すっげえ可愛い!」
「跳ね馬! あなた、人の話聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる」
「嘘だ」
「聞いてるって。だからさ、恭弥」
「なに?」


教えたいことはまだある。けれど、ここから先も長そうだ。
ただし、これからは一人で待たなくていい。
たとえゆっくりとでも、二人で進んでいけるだろう。
だから。
そのための修行をひとつ、はじめてもらおう。
照れて不機嫌になっている雲雀が、どういう反応を示すかわからないけれど。


「とりあえず……俺のこと、跳ね馬じゃなくて名前で呼ぶところからはじめようか?」






end
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ