いちばん!

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「よいしょ…っと。ふう」


珍しく自主練習に励んでいたわたし。少し遅くなってしまった。武具の入った箱を持ち上げる。あー、お腹空いたなー。早く片して食堂に直行だ!と歩き出したとき、

「あ」

そう一言だけの声が聞こえたので顔を上げると、そこには石火矢と散歩中の田村くんが口を開けて立っていた。わたしの顔を見てアイドルらしからぬすごく嫌そうな顔をした田村くん。そ、そこまでわたしのこと嫌いですか…。
一応どうも、と頭を下げたのだけど帰ってきたのは大げさなため息だった。わたしと会うのがすごく嫌だったみたい。アイドルの顔に『最悪』って書いていた。ああ、清清しいね!

どうしよう、とおろおろしていると田村くんんは歩き出してしまった。非常に不本意だがわたしも歩き出す。そうなると必然的に田村くんの後ろを着いて歩く形になるわけだが。


「………」
「………」


ゴロゴロと石火屋を引きずる音だけが響く。めっちゃ気まずッ
だらだらと変な汗をかいているわたしを田村くんがめんどくさそうに振り返ってきた。


「何?」
「…帰る方向が一緒なのでこうなります…」

何って何?こっちが聞きたいんですけど。まあわたしを睨む田村くんに言えるはずもなく。うう、わたし強くなるんだから…!


「それはわかっている!うしろ歩かないでくれよ」
「………………」

どうしろっていうんだよコンチクショォォォオオオオオオオー!!!!なんていうわたしの心の叫びも虚しく、田村くんは相変わらずわたしを睨んでくる。アイドルなんだからそんなゲスい顔はおやめになって。
弱弱しく了承の返事をすると、田村くんは再び歩き出した。え、ちょっと待って。それじゃあさっきと状況全く変わらないよ?

わたしは焦りながら田村くんの隣に並ぶ。うしろを歩くな、ってことは隣を歩けってことなのだろうか。田村くんの顔色を伺う。

違ったみたいだ。なんだコイツな目をわたしに向ける田村くん。

「こ、こういう意味じゃないの?ですか?」


思い切ってそう聞いたんだけど田村くんはもうどうでもいい、フンと顔を背けてしまった。田村くんめんどくさい上に苦手なタイプだ…。


「………」
「…………」
「えっと、ユリ子ちゃんでしたっけ?本当綺麗に手入れされてますね」
「当たり前だ!!」

怒鳴られてしまった。泣きそうになったが、もうさすがのわたしも謝ってるだけじゃ気がすまない。


「なんでそんな言い方なんですか、あなたの当たり前なんてわたしは知りません。それに自分の気持ちを押し付けてるだけですよね。言ってくださらないとわかりませんよ!」

言ってやった、と内心ガッツポーズ。だがしかし、田村くんといえば足を止めすごい形相でわたしを見ていた。こ、こここここわいいいい!!!ご、ごめんなさいいいいいい少し言い過ぎたみたいです!!
恐ろしくなって思わず目、というより顔を逸らした。


「滝夜叉丸の味方はわたしの敵だ!滝夜叉丸と一緒になってわたしを陥れようとしているんだろう!」
「滝夜叉丸くんはそんなことしない!というかそんな私情にわたしを巻き込むな!」

思わず敬語も抜け、大きな声を出してしまった。気がついた時にはもう遅い。三木ヱ門はプルプルと震え、わたしに殴りかかってきた。まさか殴ってくるとは思わないから、咄嗟に箱を投げ出ししゃがみ込む。間一髪で避けることができた。
田村くんから距離をとり、相手を伺う。そこにはわたしより驚いている田村くんがいた。え、殴ろうとしたのはそっちでしょ。一応わたしも女の子なんですよ、田村くん。オーバーに驚きたいのはこっちなんですけど。…あれ?田村くん?


「わ、私は…」


自分の掌を見て何かつぶやいてる田村くんに近寄ろうと一歩足を動かしたとき、遠くからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。滝夜叉丸くんだ!その声を聞いて顔を真っ青にさせる田村くん。
千鶴、ここに居たのか、と近づいてきた滝夜叉丸君。


「ん?何をしてい…」
「ごめん!!」

突然頭を下げた田村くんにわたしも滝夜叉丸くんも理解できず足を止めた。ていうか、滝夜叉丸くん何か話そうとしてましたけど。

「頭に血が上って思わず…。冷静じゃなかったのは私だ。だからごめん!!」

必死に頭を下げて謝ってくる田村くん。これは誰だろう、と一瞬疑ったけど、やっぱり田村くんだ。田村くんのぎゅ、と握られた拳を見る。


「…うん、いいよ。わたしも冷静じゃなかった。大きな声出してごめんね」

だから顔を上げて、と言えば田村くんは涙目でお礼を言う。彼らしくない顔に思わず笑ってしまった。
田村くんは滝夜叉丸に勝てないことに苛立ってわたしに当たっていたみたいだ。ただのとばっちりである。ドイヒー。でも謝ってくれたので許す。


「結城…」
「なに?」
「これからもよろしく…」
「…うん、よろしくね!」


ぎこちなく差し出された田村くんの手に握手。会った時からずっとツンツンと意地悪だった田村くんと、こうしてよろしくできるなんて夢にも思わなかった!思わず嬉しくなって笑うと、田村くんも微笑んでくれた。あ、やっぱりアイドルだ!



「……そろそろいいか?」

端で見守っていた滝夜叉丸くんが痺れを切らしわたしと田村くんの間に入ってきた。
あ、そうだ。滝夜叉丸くんが迎えに来てくれたんだった。


「滝夜叉丸、居たのか」
「なんだ?この私が…」
「まあまあ!!折角わたしと田村くんが仲良くなれたんだし!今日くらいは喧嘩はやめようよ!」

そう言って二人の間に入ると、田村くんが「え」っと言わんばかりに顔を歪ませた。
「な、仲良く…?」「え、違うの?」
ち、違わなくないけど…、と頬を染めた田村くん。ツンデレだったのか…


「千鶴、この私が迎えに来てやったのだぞ?」

上からそう言う滝夜叉丸に素直になればいいのに、と田村くんが。お前に言われたくない。わたしと滝夜叉丸くんの心は偶然にもひとつだった。




 

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