いちばん!

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お風呂上がり。部屋で寛ぎ、図書室で借りた本を読んでいた時。わたしの次にお風呂に入りに行ったサエちゃんがお風呂に入らず戻ってきた。どうしたんだろう、忘れ物かな。そう思ったんだけど、サエちゃんはわたしに近づいてきて、腕を掴んで外に連れ出す。突然だったので、本に栞挟めずに出てきてしまった。それが少し気がかりだ。

「ちょっと、千鶴。」
「え?なになに?どうしたの?一人でお風呂入れない?」
「馬鹿!一人で入れるわよ!こんな時間に先生に頼まれちゃって。付いてきて」
「強制ですね、わかります。かわいいサエちゃんの為だからね?」
「はいはいありがと」
「うんうん!」

そのまま早歩きで連れられ中庭に着いた頃。で、頼まれたって何を?とかわいいサエちゃんの為以前の問題を投げかけたその瞬間、横に並んで歩いていたサエちゃんがきゃ!と可愛らしく声を上げて倒れこんできた。な、なに!?あのサエちゃんが躓いた!?
運良くわたしの方に倒れこんでくるので、サエちゃんを受け止めようとすればドン、と押された。

「え?…うわああ!」


一体何が起きたのかちょっと理解しがたいんですが…。って、痛い!お尻痛い!視界が回転したと思ったらいつの間にかお尻打ってた!更に目を開けてるつもりなのに真っ暗でなにも見えない。それに、何か匂う…土の匂い…?

「ごんめー千鶴!千鶴にぶつかりそうだったから咄嗟に押しちゃったの!そしたら不運な事にこんな落とし穴が!ごめんね!」

サエちゃんの声がすごい響いて聞こえた。わたしは穴に落ちたのだ。だから土の匂いがしたのか。なんでここに落とし穴が?ここって競合区域じゃなかったはずなんだけど…。というか何か演技臭いぞサエちゃん。
上を見上げれば、遠いところに綺麗な星空と綺麗な笑顔のサエちゃんがあった。ちょっとなにその笑顔。やっぱりわたしが穴に落ちたのがそんなに愉快か!?酷い!っていうか結構な深さの落とし穴に落ちてしまったみたいだ。……そこでことの重大さに気づいた。わかりきってる事なんだけど無意味に体中をペタペタと触る。ああ!苦無部屋に置いたまま!ていうかわたし寝巻きだし!


「サエちゃん、どうしよう。わたし寝巻きのままだから上に上がれない!サエちゃん苦無持って無い?」
「あ!ごめん。私も持ってきてないの、今助け呼んでくるから待ってて!」
「え?ちょ、サエちゃん!?」

そう言ったサエちゃんの足音はだんだんと遠ざかってゆく。

「………」

…一人にしないで欲しかったけどこの際仕方が無い。サエちゃんが来るまで星空を見てることにしよう。でもずっと上を見ていると首が痛い。
あーあ、お風呂入ったばかりなのに。寝巻きも泥だらけになってしまった。うう、不運だ…。

寝巻きに付いた泥も払う気力も無く、というよりこれ以上手が汚れてしまうのが嫌なので放っておくことにした。することが無く、もう一度狭まれた星空を見上げたその時、走ってくる足音が聞こえた。…足音を聞く限り、サエちゃんではないみたい。なんだ…。

サエちゃん遅いな。少し物悲しくなってきたかも…。


「千鶴〜!」

あれ?今滝夜叉丸くんの声が聞こえた気がしたんだけど。もうわたしったら幻聴なんて…

「千鶴〜!」


幻聴じゃない

あの走る足音は滝夜叉丸くんだったらしい。滝夜叉丸くんは何やらわたしを探しているようで、走り回っている。もしかして助けにきてくれたのかな!…あれ?でもそうなるとサエちゃんは一体何処へ…?


「滝夜叉丸くん〜!こっち〜!」

一生懸命滝夜叉丸くんの名前を呼ぶと、気づいてくれた。見上げると滝夜叉丸くんの影が見える。月からの逆光で表情は見えない。だが、髪の毛がボサボサだった。急いで来てくれたのだろうか。
ていうか、本当に滝夜叉丸くんだ…!なんで滝夜叉丸くんが来たのかは謎だが、滝夜叉丸くんが必死にわたしを探してくれていた事が嬉しい。むしろそんな謎はどうでもよかった。ああ、涙が出そう。


「千鶴、大丈夫か!?」
「うん、大丈夫なんだけど上がれないから大丈夫じゃない」

そう言った時ドドドド、と何やら凄まじい足音が聞こえてきた。あれ今、夜だよね。少しというかすごくうるさすぎないか?そんな音をたてて走る人なんてあの人しかいない。すごく嫌な予感がする。


「待っていろ、今道具を持って…ん?」
「いけいけどんどーん!!」
「なっ七松先輩!?…しま…っ!」

嫌な予感は的中。ドン、と滝夜叉丸くんの体が斜めに偏る。暴君が走り去る足音が耳に入った。

「うわあああ!」
「た、滝夜叉丸くん…!あだっ」

案の定穴の中に落ちてくる滝夜叉丸くんを抱き留めようと腕を広げるのだがまあそれは無意味に近く、体全体で受け止める形になってしまった。滝夜叉丸くんの体重を支えれるわけもなくわたしは倒れ込んでしまう。


「すまない千鶴、怪我はないか!?」
「いてて…、わたしは大丈夫。滝夜叉丸くんは怪我ない?」

わたしの上から降りながら全力で心配してくる滝夜叉丸くんにそう答える。私は千鶴が受け止めてくれたので怪我なんかない、そういう滝夜叉丸くんだけど、わたし受け止めれなかったからね?失敗してるからね?
…ていうか七松この野郎オオオオオオオオ!!!!まさかそこで押す?ていうかなんで突進するの?わざとか?わざとだよね??滝夜叉丸くんがもし怪我してたらどうしてたんだ!責任持って嫁に…って、そんなのダメダメ!!ありえないけど、イヤだ!
一人もんもんとしていると、滝夜叉丸くんの手が頬に伸びてきた。

「…えっ」
「土が付いている」

そう言って、わたしの頬の土を払ってくれる滝夜叉丸くん。彼は無意識なのだろうか。土の臭いが広がる中、ふわりと石鹸のいい匂いがした。…なにこのシチュエーションものすごく照れるのですが。

「…あ、ありがとう…」
「…え、あ!す、すまん!」

照れるわたしを見て、滝夜叉丸くんも徐々に恥ずかしくなってきたのか、急いで手を引っ込めた。無意識だったのね。謝ることないけど、すごく緊張した…。


「あー、えっと、とりあえず穴からでよう滝夜叉丸くん!」
「あ、ああ。そうだな。」

そう言った滝夜叉丸くんが何かを悟ったかのように固まる。……………………ん?…も、もしかして…

「わ、私今何も持っていないのだ…」
「えっ!?」

ま、まさか。滝夜叉丸くんも丸腰で穴の中に落ちてしまったとは。…わたしを上げる為の道具を取りに行こうとしたときに七松先輩に落とされたもんね…。でも大丈夫!サエちゃんが来てくれるよ!…多分。そう言ったわたしに穴の上から声がした。

「助けは来ないよ」
「喜八郎…!!」

綾部くん!?サエちゃん来ないの?えっじゃあ綾部くんが助けてくれれば…

「滝夜叉丸が、漢になれば助ける。」
「え?それってどういう…」

なに、おとこって。え、綾部くんなに言ってんの。滝夜叉丸くんは男だよね?え?まさか女だったの?
滝夜叉丸くんを見れば気まずそうに目があった。

「千鶴勘違いするな?私は男たぞ?」
「だ、だよね…」

滝夜叉丸くん綺麗な顔してるからありえる、と思ってしまったよ!もしそうだったらわたし女の人に恋しちゃってたかもしれないんだ、…でも、滝夜叉丸くんならそれでもいい。なんて思ってしまうわたしは重症なのだろうか。


「じゃあね」
「え、ちょっと!」
「待て喜八郎!」

ごゆっくり〜、と綾部くんは去ってしまった。え?ほんとに行っちゃったの?人でなしすぎるよ!綾部くん!滝夜叉丸くん男なのに!ていうかこの状況でごゆっくり出来るわけないでしょ!滝夜叉丸くんと二人きり…なんて…

「………」
「………」

妙な空気に沈黙が流れる。ど、どうしよう、今更心臓がドキドキしてきた。このまま助けがくるまで滝夜叉丸くんと過ごすの?む、無理だ!心臓が保たない!絶対寿命縮む!


「千鶴、寒いだろう」
「え?」

そう言って、滝夜叉丸くんが寝間着の上に着てきていた羽織をわたしに着せてくれた。…暖かい。滝夜叉丸くんの体温……って、あああ!違う!これじゃあただの変態だよわたし!

「で、でも、汚しちゃうし、滝夜叉丸くんが寒いんじゃ…」
「気にするな。私は鍛えているからな。それより女性は体を冷やしてはいけないだろう?」
「…ありがとう」

礼には及ばんよ、と髪の毛を指で流す滝夜叉丸くん。いつもの滝夜叉丸くんだけど、どこか色っぽくて戸惑う。
…平気だ、なんて言ってる滝夜叉丸くんだけど、やっぱり寒そうだ。羽織りを滝夜叉丸くんに返してもきっとまたわたしに着せてくれるんだよね、滝夜叉丸くんはそういう人。
滝夜叉丸くんの綺麗で大きな手をそっと握る。

「千鶴…!?」
「手、にっ握っていれば少しは暖かいと思って……い、嫌かな」
「…嫌ではない」
「本当?」
「あ、ああ」

よかった、と見上げれば困った様に眉を寄せわたしを見つめる滝夜叉丸くんと目が合った。や、やっぱり迷惑かな…。手を離そうと緩めると滝夜叉丸くんはぎゅ、と強く握ってくれた。
どうして、そんな困った様な顔してるの?


「千鶴…、やはり私は…」

滝夜叉丸くんの真剣な瞳に見つめられ、わたしも目が離せなくなる。その瞳に吸い込まれそうだ。


「自分が思っている以上に…千鶴が好きみたいだ」

滝夜叉丸くんに抱き寄せられる。一気に滝夜叉丸くんの匂いが広がった。わたしは必死に頭を回転させるのだが、うまくいかない。………え?滝夜叉丸くんなんて言った…?え、わたしが好き…?
その言葉を理解したとたん、ボンッと顔が沸騰した。
ほ、本当に…?本当に、滝夜叉丸くんは…


「…あ…」
「千鶴!?泣くほど嫌だったか!?す、すまん今のは忘れて…」
「ううん、違う。嬉しいの!」

体を離そうとする滝夜叉丸くんに、今度はわたしから抱き付く。無意識に泣いていたみたいで、緩む頬が冷たくなってきた。
…滝夜叉丸くんが、わたしを好き…。それって、もちろんそういう意味の好き、なんだよね?


「とっても嬉しい…わ、わたしも、滝夜叉丸くんが…大好き、だから」




 

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