【黒子のバスケ】夢小説(中編)

□王子様は居候中3 主人公SIDE
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わたしは日を重ねるごとに、少しずつ氷室さんと心の距離をつめていった。
幸いドイツ語の授業中に対話したことから派生して、話題には困らなかった。家族はどんな人?とか、そんな簡単なものだったけど。
氷室さんもあまり緊張したり遠慮したりせずに、フランクに接してくれたのでやりやすかったというのもあった。

気づけば彼が家に着てから一週間が経っていた。
その間のドイツ語の授業では部屋と家具の単元になり、リビングにおいてある家具を発表したところ、当たり前だがわたしと氷室さんの挙げた家具が見事に同じものだったので先生は驚いていた。
事情を知っているわたしと氷室さんは二人で顔を見合わせてクスクス笑いあった。


ある日、いつも夕食を作ってもらって申し訳ないと氷室さんが言うので、一度ご飯を作ってもらったら、意外にもとんでもないものができた。
黒い墨となった食材を目の前にして彼が何度も謝るので、それならばと今度は買い物に付き合ってもらうことにした。

休日のショッピングモールは混んでいた。
けれどもレジで並んだり、喫茶店で一休みしたり、アイスクリームを屋台で買って食べたり。期待通り、とても満足のいく買い物だった。
特に思い出に残ったのは、中央広場の大道芸だ。ピエロの人がアシスタントとしてお客さんを指名するときに、わたしが氷室さんの肘を持ち上げて無理やり手を挙げさせると、なんと本当に指名されてしまった。他のお客さんの驚いた顔は今でも忘れない。
家に帰ってから夕食を作り始めたとき、わたしが「今日はすっごく楽しかったですね!」と言ったのに対して、氷室さんがはにかみながらも「ああ…」と返してくれたのが印象的だった。

週明けになった。
実は、小さな事件が一つ起きた。
氷室さんがお風呂場から上がったときのことだった。

「ごめん、ドライヤーってどこにある?」
「あ、すみません!わたしがリビングで使ってて…」

慌ててドライヤーを持っていこうとしたところ、氷室さんの方が先にドアを開けて出てきた。
わたしがその開いたドアをよけようとして半歩下がったところで、その下げた足がソファの角につまづいた。

「あれっ…」

そんな間抜けな声を出しながら後ろへ転倒しそうになったとき。
氷室さんの手が伸びてくれた。優しい彼のことだ。とっさに私を支えようとしてくれたんだろう。
でもダメだった。今回ばかりはそれは逆効果だった。

「わ……」

ドサッ。

この音をリビングの床で聞くことになるとは思わなかった。
しかも覆いかぶさっているのは氷室さんだ。
彼の手が、わたしの顔の横にある。

「………」
「………」

至近距離で、お互いしばらく見つめ合った。
氷室さんの、無表情だけど薄く開いた唇。首から下がっているリング。
授業中となりに座っているときでさえ、こんなに間近で観察はしなかったな、と思った。

すると、氷室さんの髪から一滴の水が目元に滴り落ちてきて、わたしは我に返った。

「つめたっ……」
「あ、ごめん…!」

氷室さんは慌てて私の上からどけた。
わたしは大丈夫だった。動揺を隠しきれたはずだった。

実をいうと、氷室さんがこの家に来た最初の日、わたしが一晩寝ずに考えて出した結論は「無心でいる」ということだった。
目的は氷室さんを家に連れてきたことについて変に言い訳せず、常に冷静に必要なことだけを述べ、下心がないことをわかってもらうことだった。
だから、いつでも無心になれるスイッチを頭の片隅においておいた。
それが今回、役に立ったというわけだ。

その後わたしは普通に生活を送ったが、氷室さんの方には明らかな動揺が見えた。
夕食の席で「わたし、気にしてませんからね?」と念を押しても、彼は余計に気まずそうな顔をするだけだった。
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