【黒子のバスケ】夢小説(中編)

□王子様は居候中4 氷室SIDE
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彼女との日々は楽しく、何不自由ないものだった。
バスケで朝練も夜練もこなすオレが、朝は起きる前に、夜は帰ってきたときに必ず食事が用意されている。
掃除も洗い物も、洗濯…はちょっと遠慮したけど、たまにオレも手伝うことがあるにせよ、ほとんど彼女がやっている。まるで下宿か寮だ。
オレが忙しいせいで彼女と会話をする機会は多くはないが、その分ドイツ語の授業は楽しかったし、部活がない日は一緒に出かけたりしていた。
それがまた良い気分転換になったのも確かだった。
彼女といるときは、アツシとのことも遠くへ追いやれるような気がしていた。


そんなときだからこそ、些細な事件が平和な日々を狂わせた。
彼女を押し倒したような状況になったとき、「頭はクールに心はホット」の信条が逆転した。
オレは思考がまるで追いつかず、しばらく動けなかった。
そのとき、彼女の目元に落ちた水滴が、まるで涙のように流れた。
そこでオレもようやく我に返った。これはまずい、と。

彼女はいつも自然な笑みをたたえてオレの生活をサポートしてくれていた。しかし逆に言えばその存在感自体が自然だった。
最低限のことや差しさわりのないことしか聞いてこないし、深くは踏み込んでこなかった。
だから気まずくなることもなかったし、オレも気軽に接することができていた。

しかし、いま、事情が変わった。
自然にそばにいたはずの彼女を、意識するようになってしまった。
一緒に洗い物をしているときも、どことなく距離をとってしまうようになり、そのくせ彼女の挙動はいちいち目で追うようになった。
我ながら情けないし、自分らしくないとも思う。
とりあえず「わたし、気にしてませんからね?」と言われたときのショックは忘れない。
そして、そんなショックを受けたということ自体が、俺の気持ちが彼女に向いている証拠なんだろう。

けれど、もっと大きな事件が起きた。
一度、郵便物を取りにアツシと住んでいた家へ戻ったことがあった。もちろん、アツシのいないときを狙って。
そこには予想通りオレ宛の小包や大学からの封筒が溜まっていて、とりあえずごっそり持って帰った。
アツシにはバレるだろうが、大学に通っている時点でこの近くのどこかに潜伏していることはまるわかりだろう。
まさか彼女の家だとあたりをつけられることはないと思うが。

……思う、が。

「これって……」

彼女の家のゴミ箱に捨ててあった紙の破片をパズルのように組み合わせてみた。
完成したメモに書かれていたのは…

「アツシの連絡先じゃないか……」

今日は部活が中止になって、早く帰ってきた。
彼女はまだいない。

外の雨の音が、ざぁざぁと室内を支配した。
 

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