【Ib】夢小説(長編)

□私と絵画と人間性U
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「え…?」

意味を理解するのに時間を要する。
いや、二人にとっては時間などいくらあっても足りなかった。

「私、赤も好きだけど青も好きなの。ね、交換して?」

イヴは幼い頭で必死に考える。

(それって、それって、それって…)

しかしいくら考えても良い結論に達するはずなどなかった。

「ギャリー…」

上目遣いでギャリーを見つめるイヴ。

「イヴ…」

ギャリーもイヴを見つめた。二人の視線が悲しげに絡み合う。
黄色い髪の少女は、その光景を狂気じみた表情で傍観していた。

少しして、先に視線を逸らしたのはギャリーだった。

「わかったわ、メアリー。アタシのバラと交換してちょうだい」
「あはっ」

メアリーは依然として狂気じみた笑顔を浮かべている。
しかしイヴだけは二人がバラを交換している様子を、まるで大事に育てたペットを野生へ返すような目で見ていた。

ギャリーはバラを失くさないように、それから人に渡さないようにとあれだけ口酸っぱく言っていたからだ。

(私はおもちゃ箱に入ってすぐバラを失くしちゃうし、そんな私のためにギャリーはメアリーにバラを渡しているし…)

イヴは絵に描いたような世界に変わってしまったこの美術館も、途中から性格が変わってしまったゲルテナの作品であるメアリーも、ギャリーの言いつけも、すべてめちゃくちゃになってしまった気がした。
そして唐突に、ウサギの人形がたくさんあった部屋で読んだ『心壊』という本を思い出した。
あの時はまったく意味がわからなかったが、きっと今のような状態を言うのではないかとイヴは勝手に想像した。

(心が壊れる、心壊。今みたいに、気持ちがいっぱいいっぱいになっちゃうことかな…)

考え事をしていたイヴは、メアリーのけたたましい笑い声で我に返った。
この世界でできた唯一の友達は、どこかへ走り去ってしまったようだ。
代わりにギャリーがイヴの前へ歩いてきて、赤いバラを差し出してきた。

「ギャリー、怒ってる?」

イヴはすべて自分のせいだと思っていた。
ここにもしお母さんが居たら、言いつけを守らないことを厳しく叱っているはずだ。
しかし、両親が居ない今、自分を責めるのは自分かギャリーしかいない。

イヴは縋るようにギャリーを見上げた。
しかし、ギャリーはイヴが思っている事とまるで反対のことを言った。

「怒るわけないじゃない。イヴは悪くないでしょう?」

その言葉を聞いて、笑顔を見て、イヴは涙が出そうになった。

「ギャリー」
「なーに、イヴ」
「ありがとう」

涙目で微笑んだイヴを見てギャリーはキョトンとしたが、すぐにまた温かい笑顔になった。

「そう言ってもらえて嬉しいわ。イヴったら我慢強いし、でも不安そうにアタシの手を握ってたから、元気付けてあげたかったのよ。イヴの笑顔はやっぱり可愛いわぁ」

ギャリーはハートを振り撒きながら手を頬に当ててくねくねしていた。

(この女の人っぽい口調も仕草も、堅苦しくないようにしているんだなぁ…)

それは別にイヴのためにやっていることではないかもしれないが、結果的にはイヴにとって都合がよく、安心という言葉が生まれた。

「さぁ、そろそろ行きましょう! メアリーからバラを取り返さなくちゃね!」

ギャリーがそう張り切った瞬間、辺りは背筋が凍るような冷たい雰囲気に包まれ、ギャリーの嫌な予感が的中した。
そこら中にあったゲルテナの作品たちが一斉に動き出したのだ。
ギャリーのけたたましい悲鳴が響くので、イヴは耳を塞いで「これならメアリーの笑い声の方が良かったかも」とこっそり呟くのだった。
 

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