電脳少女と情報屋。
□_*似傷
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「コンピュータ、って……まさかこれのことかい?」
臨也は新品の四角い機械を撫でながら呟いた。
"えへへ。あ、でも撫でられても感覚が無いからつまんないなあ"
「……」
"でもね、でもね!
視覚と聴覚はあるんだ"
「目も耳も持たないのに?」
よくよく聞くと、その声はコンピュータに接続されたスピーカーから聞こえてくるのがわかった。
"んー、そこらへんはよくわかんないんだけど……
あ、人間って180°くらいしか見えないんだよね?
私は360°見えてるよ!聴覚は……どうなんだろうなー?"
「……」
臨也は無言でこの現象に対する様々な可能性を考えた。
・最初からウイルスに感染している。
・誰かの遠隔操作による悪戯。
・間違って何かソフトが起動している。
・自分が引き起こした幻覚もしくは夢。
エトセトラ、エトセトラ。
だが、絶えることのない少女を模した声が紡いだある言葉に臨也は反応した。
"――1。えっとまあ、姉妹も何人か……"
「今なんて言った?」
"姉妹も何人かいるんだけど"
「その前」
"製造番号はI-R01"
「……随分単純な製造番号なんだね」
"試作品ですから"
「俺はそんなものを買った覚えはないんだけど」
"……"
ため息をついて、臨也は畳んだダンボールを組み立て直した。
"え……ッ
あれ、えっと、マスター?
おーい、何して……"
「何って、間違えてきたんだから送りなおさなきゃ」
"わ、わ、わ!
だめ、だめ!ヤダヤダヤダ!"
「五月蝿いなあ……」
"せっかくここまで来たのに!
せっかく……ジャパンまで来れたのに……"
「……どういうこと?ああ、いや、どうでもいいや」
"あのね、私はある国で作られたコンピュータなの!
国家で作られた、クラッキング専用のコンピュータなの"
「……クラッキング専用?」
"国を挙げて作られた……だから私は意思があるのかもしれない。
どうやって私が作られたのかは分からない"
「今のIT技術はそこまで進歩してないはずだけど。
どこの国も、コンピュータが人格を持つようなものは作れないはずだ」
"……私が生まれたのは、半分事故だったんだよ、多分。
だって同じように作られた姉妹達には、意思も人格もなかった"
その時ふと臨也は、このコンピュータと似たような英数字の羅列を思い出す。
「……I-L02。これも、君の言う『姉妹』なのかい?」
"よく知ってるね、マスター。
でもその子は完成できなかったコンピュータだよ。
起動しても反応しなかった子"
「……そう」
臨也の脳内には、ウイルスが侵入した時の『I-L02』の文字が浮かんでいる。
――関係ない、わけなさそうだけど。
臨也にウイルスに対する復讐という感情はなかった。
加えて言うと、コンピュータの人格というものにも興味は湧かない。
彼が愛するのは、人間であり機械ではない。
それでも臨也は箱の形にしたダンボールを再び畳み直した。
「いいよ、じゃあ君にはここに居てもらおう」
何がしたいのかは臨也にしかわからない。
もしかしたら彼にも分からないのかもしれない。
それでも臨也は偶然の産物である『I-R01』を手元に置くことを決めたのだった。