…would,

□第五章
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階段をを降りていくと黒いソファの手すりに長い足が投げ出されているのが見えた。

――臨也さん。

どうやらベットを占領していた私のせいで、ソファで寝ていたらしい。
大きなブランケットを上半身から頭までかけて、かすかに胸のあたりが上下している。
……寝てるのかな。
なんだか不思議な感覚だった。
少し前まで小説の中の存在だった、『キャラクター』だった人物がこうやって私の目の前で寝息を立ているというのは。

――臨也さんの……寝顔。

どうしよう、すごく見てみたい。
興味といたずら心に動かされて、そろそろとソファに近付き、顔に掛けられた毛布をゆっくりと外してみる。
少しずつ……起こさないように。
目元が見えた辺りで思わず手を止めた。
その目がぱっちりと開いていて、私の視線を絡め取るようにしてこちらを見ていたからだった。

「……起きてたんですか」
「人の足音の中で寝れられるほど図太くできてなくてね」

決まりが悪く呟く私に、臨也さんはソファから身を起こしながら嘘くさいほどの爽やかさで笑う。

「早起きだね、よく眠れたかい?」
「おかげさまで」
「おかげさま、ね。薬を飲まされた皮肉って受け取っていいのかな」
「そうも言いますけど、ベット貸してもらえたおかげでぐっすり眠れました」
「おや、随分と寛容だねえ。意識が無くなって、知らない男が寝室に連れ込んでくれたって、なにかもっと心配するべきところがあるような気がするけど」

一瞬理解が追いつかず、ぴたりと動きを止める。
言われた言葉を噛み砕いていくにつれて、顔が段々と熱くなった。

「……えっと、あの」

しどろもどろになりながら事実について聞こうとするが、上手い言葉が見当たらない。
そんな様子の私を見てか、ソファに座ったままの臨也さんは私を見上げるようにしてくつくつと笑った。

「言って信じるのかは分かんないけど、俺にそんな趣味はないから心配する必要もないさ。ただし、無防備は自分を傷付けるから気をつけなね」
「はい……!」

よく考えるまでもなく、確かに臨也さんはそういう人ではない。
まあ私がこの人の何を知っているのかっていう話ではあるのだけれど、少なくとも私の読んだ小説の中での『キャラクター』としての臨也さんはそんなことに興味があるような人にはさらさら見えなかった。
知っていながら疑ってしまった自分を恥じながら、昨日言われた通りに朝食を作ろうとキッチンに向かった。
いたたまれなくなってその場から逃げたくなったっていうのが正しいのかもしれないけれど、とにかく朝食を作らなければ始まらないのも確かだ。
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