…would,

□第二章
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来良総合医科大学病院


「今日で退院なんだよね、おめでとう」

「ありがとう。美琴さん」

この頃水希ちゃんは変に笑顔を顔に貼り付けなくなった。
変わりに少しだけ上がる頬は、自然な微笑みなのかもしれない。

そんな少女の表情を見ながら、私は何気無しに呟いた。

「……臨也、あれきり来てない?」

「見てない。
でももう、いいから。気にしなくて、大丈夫だから」

「うん……」

斬り裂き魔の事件をきっかけに、水希ちゃんが臨也の呪縛から解かれたことを感じていた。
どんな心境の変化があったのかは知らない。
本当にそれで良かったのかも分からない。

「臨也さんは、僕を助けてくれた初めての人だった」

「……」

「臨也さんの言うことはなんでもあってるんだ。本当に。
全部全部臨也さんの言うとおりにしてたの。それで、幸せだったの」

水希ちゃんは自分の手元を見つめながら続ける。

「幸せだったの、幸せだったの。
でも幸せだったのに、幸せだって感じたのに、幸せが何かを知らなかった。
臨也さんにもらったものは、幸せだったの。綿菓子みたいな、幸せだったの――」

幸せ、幸せと繰り返す水希ちゃんのその顔は、幸福を語っているようには見えなくて。
辛くて、悲しいような顔が黒い髪に縁取られて浮かび上がる。

「美琴さんが友達になってくれた時、自分から幸せだって思えたの。
これが幸せってことなんだって、思えたの」

「美琴さんみたいになりたい」

「臨也さんの操り人形が幸せだって思えなくなった」

「自分の足で、地面をちゃんと踏みつけたい」

たんたんと感情を吐露する水希ちゃんに安心する。

「水希ちゃんは立ってるよ。
一人で生活できてるんだもん、今まで生きてきたんだもん。
ちゃんと一人で立ててるんだよ」

今度こそ、水希ちゃんは笑って見せた。



♂♀




水希ちゃんの退院を手伝ったあと、見送りをして私も帰ろうとロビーに戻った。

「……お、美琴じゃんか!」

「正臣くん!……友達のお見舞い?」

「おー。聞いたか?
リッパーナイトの日に公園で乱闘騒ぎがあったって。
そっちの件でも知り合いが何人か入院しちまってな」

「……本当、顔広いんだね。
もう帰るところ?一緒に帰らない?」

「まー、そんなかでも美琴はダントツで美人!
あ、あー……。
エスコートしたいのは山々谷々なんだけどー、西の病室で俺を呼ぶ声がする!っちゅーことでごめん、一緒は厳しいわ。俺って罪な男ッ」

「うん理解した、取り敢えず帰れないんだね。
じゃ、あしたー」

「おう、またなー」

「はーい」

パーカーの前ポケットに両手を突っ込んで私に背を向ける彼の顔が厳しくなるのが、一瞬見えた気がした。
その表情で私は一つ、自分の知ってる限りで彼の行き先を思案してみる。

友達のお見舞いに行くにしては覚悟を決めたような顔。

「三ヶ島沙樹ちゃん、だったりするのかな」

果たして私の予想は当たっていたのだった。
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