…would,
□第二章
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―out said―
駅の周辺の騒々しさから少し離れた病院の中、少年は病室の窓から静かに空を仰ぎ見ていた。
――そういや美琴はなんでまだ病院に来てたんだ?
上野水希の存在を知らない正臣は、病院の廊下ですれ違った友達に今更ながら疑問を感じた。
自分はといえば、リッパーナイトや乱闘騒ぎで入院していた数人の知り合いの見舞いに毎日のように来ていたのが、皆次々に退院していってついさっき最後の一人の退院の手伝いをしたところだ。
正臣はもう病院にいる必要など無かったかのように思えたが、正臣は今もなお病院の中にいた。
個室と思しき病室の中で、学校の鞄を抱えたまま、窓を開けて外からの風を浴び続けている。
「寒いよ、正臣」
背後からの声に、正臣は振り返らぬまま扉を閉めた。
「ああ、ごめん」
窓に映る自分の表情を確認しながら、彼は苦笑を浮かべてみせる。
「こっち……見てくれないんだ」
「……」
「友達が、入院したんだって?」
「……誰に聞いた?」
杏里やその他知り合いのことは、声の主には一切話していない。
正臣が複雑な感情を込めた瞳で振り返ると、ベッドの上で上半身だけ起こしている少女は、問いかけを無視して自分の言葉を吐き出した。
「窓から見えたよ。毎日来てたもんねえ。
やっぱり女の子?」
「まあな。ナイスバディで眼鏡……アンバランスさが魅力的なまっとうすぎる程の女子高生さ」
「好きなの?」
「ああ……同じ学校の子でさ。
親友と……そうだな、四角関係の真っ最中ってとこだよ」
「四角?あと一人は誰?」
「マジで可愛い子……クラスメイトのね。
美琴だってまっとうな女の子だし」
自分から情報を紡ぐ正臣に、少女――三ヶ島沙樹は嬉しそうな声を張り上げた。
「へぇ、自分から四角関係の道を選ぶなんて、結構どっちにも本気なんだ。
正臣がナンパ以外で女の子を引っ掛けるなんて珍しいよね」
クスクスと笑う沙樹に、正臣は無言で窓の外に視線を落とした。
何事か考え込む正臣に、沙樹は変わらぬ笑顔で言葉をかける。
「でも、ひとつ訂正していいかな?」
沙樹はショートカットを揺らして、小首を傾げた。
「私も入れば、五角関係だよ?えっと、五角関係なんて言うのかな……」
「はいストップ。沙樹、とりあえずストップ。
口を閉じて鼻で息してよく聞いてくれ」
冗談とも本気ともつかない言葉い、正臣は斬り捨てるように呟いた。
少女の方を振り向かず、窓に映る自分自身と目を合わせながら。
「俺たちは、もう、終わった。フィニッシュ、打ち切り、店じまい。そうだろ?」
「終わったなら、どうしてこうして時々来てくれるのかな?」
「……」
正臣ら何か答えを紡ごうとするが、それを止めるように沙樹の口から声が漏れる。
「最近……急にまた来てくれるようになったよね。
何かあったの?」
「……」
沈黙を続けるまさに、沙樹は淡々と唇を動かし続けた。
窓硝子に映る少女の顔は本当に柔らかな笑顔をしていたが、唇以外は完全に動きを止めている。
その笑顔を作ることに慣れすぎてしまったとでもいうように。
「また……昔に戻りたくなったとか?」
「……悪ぃ。今日はもう帰るわ」
誤魔化すよくに別れの言葉を呟いくと、正臣は沙樹に軽く手を挙げて病院の外へと足を向ける。
その背中にかけられる、少しだけ感情の色が強くなった沙樹の声。
「正臣は、戻ってくるよ」
少女の声を打ち消すように、正臣は迷わず扉に手を掛ける。
「だって、それは決まってることだもん。だから、正臣がいくら他の女の子を好きになっても平気だよ?
最後の最後に、正臣はその女の子達よりも、私の方を強く愛してくれるんだから」
言葉の中身を確認せず、外に向かうことだけに集中する正臣に、それを承知だとばかりに沙樹は言葉の続きを紡ぎ続ける。
「だから、その時が来るまで、正臣はたくさんたくさん女の人を愛さないとだめなの」
後ろ手で閉められたドア。
誰もいなくなった病院の中で、ベッドの傍の車椅子に向けてたくさんの言葉を。
「でも、最後に正臣は私の所に戻ってくるんだよ?
そしたら……その、今まで積み重ねた他の人との愛の山よりも、もっともっと高く高く高く愛してくれるもん。
絶対に、絶対にそうなるんだよ、だって――」
彼女の矛盾した言葉は、微笑みは、病室の虚空に投げかけられる。
「臨也さんがそう言ってたもん」
微笑み続ける。微笑み続ける。
いつまでも、いつまでも――軽やかなドアのノックが聞こえた時も。