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□第十章
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深夜 新宿中央公園 富士見台六角堂
正臣くんを病室に運び、命に関わる怪我では無いからと帰された私達三人はそれぞれの帰路に立った。
しばらく歩いているとどこからともなく臨也が合流し、今に至る。
既に丑三つ時を越えようかという時刻だった。
いい加減に見慣れた高層ビルの明かりは、夜景と呼べば聞こえはいいがこの深夜ともなるとただ時間の感覚を狂わせる。
私の感覚ではこんな深夜に煌々とした明かりはどうしても似合わず、同時にこの状況に浮き上がっているであろう自分の姿を思った。
「うん、間違いない。確かに受け取ったよ。や、これでやっと粟楠会から報酬が貰える」
私の傍に立つ黒い影が笑えば、その正面にいる不良青年は精一杯恭しく頭を下げてみせる。
「うす……弾丸までは……回収できませんでしたけど……」
「ああ、いいのいいの。銃身の施条だけ回収できりゃ、弾丸は別に警察に回収されても問題ないから。しかしご苦労さんだねえ、比賀君。手早い仕事、感謝するよ」
「うす……」
「本当は直ぐに法螺田のこと教えて、粟楠会の人達に任せちゃっても良かったんだけど……どうせなら、銃でシズちゃんが殺せればラッキーかなと思ってさ」
「ああ、それで俺ぇ通じて、法螺田に静雄の情報教えたんですね」
「まあね。せめて頭か心臓を撃ってくれば死んだかもしれないのに、本当に残念だよ」
やれやれといった風に軽く肩を竦めると、臨也はこちらを向いて「ねえ?」と同意を求めてきた。
べ、と舌を出すことでそれを否定すると「釣れないねえ」なんて声が聞こえてくる。
そんな中比賀と呼ばれた青年はクルリと踵を返すと、臨也とは反対側の空間に声をかけた。
「はい、そういう事らしいです……『母さん』……」
柱の陰に向かってそう告げると、比賀さんは更に別種の敬意が籠った態度で一礼した。
同時に、私達の鼓膜を震わせたのは、オドオドとしている聞馴染みのある少女の声で。
「あの、ありがとうございます……。じゃあ、後は家に帰って、普通に暮らして下さい……」
それは、ビルの明かりと同じくらい深夜の公園には似合わない声だった。
比賀さんがそそくさと立ち去った後に、入れ替わって現れたのは、その姿も、声と同じくこの場所に似合わない学級委員の女の子。
「あの、貴方が……折原……臨也さんですね」
遠慮がちに喋る少女――杏里ちゃんに対し、臨也は少し嬉しそうに笑いながら語りかけた。
「ああ、園原杏里ちゃん……『罪歌』って呼んだ方がいいのかな?
いや、乗っ取られていないからやっぱり杏里ちゃんでいいか。ところで、前に君と会った事があるって覚えてる?」
私が始めて杏里ちゃんと会った日でもあった。
虐められている杏里ちゃんを見つけた帝人くんが止めようとして、結局臨也によってなし崩し的に乱入したのだ。
――そういえば静雄と始めて会ったのもあの日だ。
「あなたが……臨也さんだったんですね。あの……あの時は、ありがとうございました」
杏里ちゃんは律儀にお辞儀をすると、始めて私を見た。
少し困惑しているようでもあったけれど、それでも当初の意思を変える気は無いようだった。
「美琴さんも……、ありがとうございます。
美琴さんはもちろん、あの時ばかりじゃないんですけど……。
――お二人は知り合いだったんですね、気がついても良かったのに……すみません」
何故かそこで私に頭を下げると、杏里ちゃんは表情を引き締めて臨也に向き直る。
「あの……だから、美琴さんも見てる中で……本当はこんな事したくないんですけど……」
居合いを思わせる滑らかな勢いで、一振りの刀が臨也の眼前に現れる。
「貴方の事を……斬らせて貰います」