…would,

□第十章
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杏里side

「貴方の事を……斬らせて貰います」

毎日が同じ事の繰り返し、何の感動も無く、罪歌の呪いの声を聞き続け、同じ夢を見続ける毎日。

それを変えてくれたのが黒バイクと呼ばれるセルティさんを筆頭として、さらにその毎日を楽しく彩ってくれたのが竜ヶ峰くんであり、紀田くんであり、美琴さんだった。
それなのにそんな幸せな四人の関係を掌で弄んだ存在がここにいる。
私には、この人と美琴さんの関係は察せない。

それでもかつては『罪歌』の『子』を、そして今回はダラーズや黄巾賊を操って、自分の周囲を混乱に貶めた黒幕がここにいるのだ。
その事実は否定しようもなく、ならば美琴さんの知り合いであったとしても見逃すことは出来ない。

そこまでを一瞬で考えて、刀を構えて目の前の男と相対する。


「どうして……どうしてこんな事をしたんですか……。紀田君を……竜ヶ峰君を、美琴さんを巻き込んで」

「アハハ、その言い方、昔の誰かさんにそっくりだね。
特に意味なんて持たない……なんていうのは納得しないでしょう?
そうだねえ……敢えてその行為を説明するなら、動機と最終目的が一致したから、かな?」

折原さんは今日の昼食のメニューを尋ねられた時のように、非常に軽やかな調子で答えを返す。

「俺は、好きなだけなんだよ」
「………?」

意味が分からず、首を傾げると折原さんは続けた。

「そう、好きなだけさ。
人間が、そして――彼女が」

その言葉と共に彼は視線で美琴さんを指してみせた。
いうの間にかに美琴さんは10メートル程離れたところにいて、私達を伺っている。

「今回のことの動機は、美琴を君らと引き離して孤立させ、俺だけのものにする為だ。
まあ、そのこと自体は君らの勢力を対立させる以外にもたくさんやり方はあったわけだけど、ここで俺の最終目的の人間を観察することと上手く被さってね。
君らの友情が強いとともに非常に危ない状態だったから、つついてから美琴を切り離したんだ。
美琴は俺のものになるし、君らの行動は観察できるし、一石二鳥だろう?」
「そんな……そんなのって」

――そんなものは本当に愛情なの?
――美琴さんの為に、彼女自身も含む私達を……

強く、嫌悪した。

これが彼の愛情だというのなら、私は愛を理解したくないとさえ思った。

「まあ、結局美琴を完全に切り離すことなんて出来なかったけど……さて問題です。今の答えは、本当でしょうか嘘でしょうか……?」

本当は『罪歌』をこんなに嫌悪する対象に向けるのは気が引ける。
けれどそれ以上に、

「貴方を……支配すれば解りますから……」

この男は『支配』するべきだと感じた。
鋭い動きで折原さんに向かって飛びかかり、初歩から刃を振るうに至るまで、無駄のない動作で刃の軌道が流れていくことで相手の距離感を微妙に狂わせた筈だった。

だが、それを見越していたのか、折原さんは臆病とも受け取れるほどに早く飛び退り、六角堂の中から丘の草むらへと降り立った。


「……ある種の居合いは、速さよりも寧ろ距離感を狂わせる剣術だっていうけど……本当だね」

折原さんは素直に感嘆の声を上げながら、再び刃を構えた私に対して挑発の言葉を投げかけた。

「さて……君はどうなんだい?本当に平穏で幸せな毎日を手に入れたいなら、その刀で君の知り合いを全て斬ってしまえばいいじゃないか。
君が女王となって、それこそ平和な世界でも手に入れられるだろうに」
「そんなのは……そんなのは違います……!私は……誰かを愛する事はできないですけど……それでも、それは間違ってると……思います」
「おやおや、それなら、帝人くんと正臣くん、どちらからも好意を寄せられながら……未だ答えをハッキリさせない君の態度は、果たして正解と言えるのかい?」
「……」

黙り込むしかなかった。
答えなんて持っていなかったから。
だけどそんな私の右隣から、ずっと黙っていた美琴さんの声が聞こえてくる。

「……正解なんじゃないかな」

なんていう風に。
意外そうな折原さんの視線の中、美琴さんは淡々と言葉を繋いだ。

「誰だってなかなか、好きな人を、物を、事を、一つに絞れたりできないと思う。
だからこそ一人を想うって特別で、それが恋愛ってものだけど……杏里ちゃんは、きっと友達みんなのことが好きなんだから。ねえ、それって素敵なことじゃないの?」
「ああ……もしかして自分と重ねちゃったのかい、美琴は?
この前の、俺とその他全てどちらを選ぶかって質問についてさ」
「そういうんじゃ、ないけど……多分」

折原さんはふうん、と軽く頷いてみせて、こちらに再び視線を戻した。

「なら、美琴に免じてそこは追及しないであげよう。だけどそうだとしても、君のそれはただの愉快な自己満足だから。君は自分が人を愛せないと思い込んで、それを理由に今の立場に満足しているだけじゃないか。
罪歌が君の代わりに人間を愛してくれる?馬鹿馬鹿しい。その刀の呪いが人間の『愛』と同じだなんて、一体どうやって証明できる?
そんな君が、一体どうして俺の美琴への愛を否定できるというのかな?」
「黙って……下さい……」

考えるよりも早く、自分の身体は跳んでいた。
先刻よりも鋭い軌道でくり出した筈の一撃だったが、彼はそれを懐から出したナイフで力強く打ち払う。
と同時に、死角をつく形で移動しいつの間にかに背後に回り込まれた。
それを読んで、返す刀で背後を薙ぎ払うが――折原さんはこちらに攻撃を加えようとはしておらず、先刻以上の距離をとってこちらに話しかけてきた。


「あの、さ。あんまり軽く見てもらっちゃ困るね。俺だって、伊達にシズちゃんと喧嘩して張り合えるわけじゃないんだよ。
それと……まあ、せめて、これを俺に渡すべきじゃなかったね」

ニヤニヤと笑いながら、折原さんは先刻比賀さんが渡していた拳銃をこちらに向けてきた。
大丈夫――弾丸は抜き取った。
しかし、折原さんはそんな私の心の中の声を読みきったとばかりに笑い、銃を片手で握りながら、もう片方の手に小さな透明の袋を持って揺らしてみせた。

「……っ!」

透明な袋の中には、いくつもの銃弾らしきものが詰まっている。

「さて……今のやり取りの間に……俺は、この弾丸を銃に籠める事ができたでしょうか……?」

挑発的に尋ねる声を敢えて無視し――私は心を落ち着かせながら、相手の動きを読もうと意識を集中させる。
仮に弾丸が入っていたとしても――『罪歌』の記憶と経験に全てを委ねれば、なんとかなるかもしれない。

当然、自分自身は死の恐怖にさらされる事になるけれど――

ほら、これは額縁に嵌められた動く絵だから。
怖くなんて、ないから。
落ち着かないと……

しかしその努力は折原さんの言葉によって崩れてしまう。

「ああ、言っておくけど、君は狙わないよ」
「……?」
「比賀くんを狙うから」
「……!」
「ああ、それともその辺を歩いてるカップルがいいかな」

絵が、大きく口を開けて私を額縁の中へと引きずり込んでいく。
それが頂点に達したのは、その銃口が私の右隣に向けられた時だった。

「それとも、美琴の方がお好きかい?」
「なんで……なんですか……」

そんな掠れた声しか出なくて。
美琴さんを愛すると言ったその口で、一体何を言っているのかと思った。

「本来は関係無いはずの友達が殺されたとしても――君は人を愛せないんだから、大して心は痛まないかな……?」

心臓が凍りついた。
確かに、私は常々そう言っている。
美琴さんを伺うと、銃口については大して気にしていないのか苦々しくため息をついて、こちらに気が付くと掌を顔の前で併せて謝っているのが見えた。

折原さんもその姿を見ると、一際笑いを含んだ声をそちらに飛ばした。

「何してるの」
「別に。銃下ろしてよ、怖いなあ」
「ならやっぱり比賀くんかな」

狙いを変更しながら、折原さんは淡々とした事実を打ち明ける。

「ひとつ言っておくけど……比賀くんが斬り裂き事件の被害者だなんて事はとっくに知ってたよ。
シズちゃんに喧嘩を売って、ボロボロになって逃げてた所を斬られたってんだからさ。だけど、なんでそんな比賀君に、今回の拳銃回収を命じたと思う?」

それから呟かれた言葉は――

「君だよ。君と、こうして話して……宣戦布告したかったからさ」

私ではなく、この私の『愛』の代わりである刀に向けられていた。

「僕も、人間を凄く凄く愛してるんだ」

小さく微笑みながら、折原さんはまた、先刻の言葉を繰り返す。

「刀如きに、人間を渡してたまるか」

それは、まさに罪歌に対する、宣戦布告の言葉だった。
まるで――自分の玩具を独り占めするかのように。

「人間は――俺のものなんだから、さ」

最後にニヤリと笑いながら、折原さんは最後にひとつ付け足す。

恫喝とも取れる今までの言葉が、全て冗談かと思えるような言葉を。


「でも残念でした。君には出来ないことが俺には飛び抜けてできるんだよなあ。
美琴を愛する、これは俺の専売特許だから。

ああそうだ。君がご執心のシズちゃんだけは、俺はいらないからくれてやるよ。なるべく早くなます斬りにする事を祈ってるから、がんばってね。……それじゃ」

そう言って飛び去る彼の黒い背中を、赤い自分の瞳の光が反射した眼鏡越しに睨むことしか、私には出来なかった。
そうして背後を振り返った時には、比賀さんの姿などとっくに消えており――代わりに、公園内をうろついているカップルなどの人影がまばらに見受けられた。

仮に比賀さんがいなかったとしたら、あの人はそうした人々にも銃口をむけていたのだろうか。
本当に美琴さんに撃ってしまうようなこともあったのだろうか?

私は彼の事を今までに出会った人間とはまったく別種の存在と認識しながら、ゆっくりと『罪歌』の刃を身体の中へと戻していく。
もしかしたら、罪歌も折原さんに何か不気味なものを感じていたのかもしれない。
その証拠だと言わんばかりに――いつもなら直ぐに聞こえてくる呪いの声が、彼の背中が完全に見えなくなるまで、完全に沈黙を保ち続けていた。

まるで――罪歌が、生まれて初めて人間を嫌悪しているかのように。
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