…would,

□番外
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番外


「……臭ぇ、な」





♂♀


街は今日も変わらず動いていた。
各学校は新学期を迎え、桜も吹雪となって世界を薄いピンクに染め上げる。

「……えっと、あの」

そんななか、黒髪の真面目そうな少年はどこか素っ頓狂な声をあげる。
恐らくは隣の同じく真面目そうな少女に話しかけようとしてのことだが、何を話せばいいのかがわからない。そんな雰囲気に包まれて微笑ましい。

「その……また同じクラスになれて、良かったね。園原さん」
「そうですね……安心しました」

――安心ってどういうことだろう。

しかしそれに触れる勇気も出ずに、うろうろと視線を泳がせる。

「でも、あれだね。やっぱり正臣がいないと静かっていうか……」
「……そう、ですね」
「で、でも!きっとすぐ戻って来るよね、また何処かでナンパでもしてるんだよ、うん!
……あれ?そのクマのキーホルダー」

帝人は慌てたようにから元気を出したと同時に、杏里の鞄に着いている赤いクマのキーホルダーに目が行ったようで不思議な顔をする。

「これですか?ああ、なんかいつの間にかに持ってて。
なんだか……大切な物な気がして、持ち歩いてるんです」
「それ……僕も持ってるんだ。しかも知らない間に。ほら」

そう言って示すように家の鍵を出して見せた。
そこには青い、杏里と同じデザインのキーホルダーが着いている。

「……なんでしょう、これ?」
「なんだろうね……」

――うーん、それにしても二人は緊張するなあ。
――少し前まで、もっとわいわいしてたのに。
――正臣がいたから……。
――……正臣だけだったかな?

「なんか……寂しいですね」
「やっぱり正臣の存在は絶大だよね」
「そうですね……男の子とこんなに仲良くなったのって二人が初めてですし、女の子だって美香さん……い、らい……あれ?」
「……え?」



「女の子って、誰?」
「……すみません、居ませんよね」



♂♀



「まったく、意味が分からないわ」

矢霧波江は上司へ伝えられた最後の言葉をまっとうすべく、今日も一人で働く。
何日か前に来た高校生の二人組にも言われた通りの対応をしたいた。

「全て終わったら死んだことにしろですって、本当にどこかにのたれ死んでいればいいのよ。
また硝子かなんかを投げられてでもね。今も昔も悲しむ人なんかいないんだから……そうよね」

自分の言葉に少し引っかかり一瞬手を止めるが、また忙しなく動きはじめた。

「……それにしても、私いつこんなのつけたのかしら」

赤いケータイについた深緑のクマのキーホルダーを怪訝そうに撫でて、なお書類まとめを続ける。
それらの仕事が大体片付くと、台所で自分の食事を繕い始めた。

「……ネギ、なんでこんなに余ってるのよ」

波江は上司の野菜嫌いを思い出しながらも、理不尽に残ったネギを刻む。
食器棚を開け適当な皿を取り出すと、ふと思い出すように独り言を呟いた。

「そういえば私が来た時からあったけど……この茶碗と箸、誰のなのかしら。こんな可愛らしいもの、アイツじゃないし」

――ここには、臨也しかいなかったはず……よね?

自分の中に欠落した記憶があるような気がして、波江は少しこめかみを抑えながら顔を顰める。
だが、ついにそれを思い出すことはなかった。


♂♀


池袋の一角で、今日も仕事に勤しむ二つの影が三人の若者と話をしていた。
とは言っても、はたから見れば喧嘩のような雰囲気を存分に路地裏に撒き散らしていたのだが。

「だからよぉ、俺たちもこれが仕事な訳。
な、借りたもんを返すってのは人としてモラルっつうかよ、社会の決まりなんだわ」
「知らねえっつーの!つかつかぁ、俺ら返さないとは言ってないじゃあん。
んでも今金ねえからあ、無い物ねだりされても困りますぅ」
「じゃあほら、銀行でも母ちゃんとこでも取り行けって、なあ?
ここで弁護士とか来ても困んのお互いじゃねえか」
「はあ?意味わかんねえ、死ね!」

そこまで言ったところで、若者達のすぐ後ろのビルの壁が唐突に揺れ動いた。
恐る恐るそちらを見ると、バーテン服を着た男が片足でその壁を蹴って大きくひび割れさせているのが目に映った。

「てめぇら……なあ」

ずっと静かだった男が低い声でそう呟くのを聞き、三人は思わず唾を飲み込む。

「ごちゃごちゃ御託ばっかり並べやがって……そんなによぉ、そんなに返せねえって喚くならよ。こりゃもうあれだよなあ……死んで返すしかねえよなあ!」

こうして若者達はなす術もなく叩きのめされ、避難していたトムは少しため息をついた。

「こりゃ、また派手にやったな……」
「……すみません」
「いや、これで少しは懲りて死ぬ気で金集めんだろ。それにしても静雄、今日なんか苛ついてるべ?そこで牛乳と菓子でも買ってやるから直せよ、な」
「いや、大丈夫っすよ。ただちょっと……」

どこか遠くを鋭く睨みながら続ける。

「どっかあのノミ蟲野郎に乗せられてる気がしてならねえだけです」

そんな様子の静雄を見て、トムは首筋をポリポリとかくと、ふと道路に落ちていた縫いぐるみを見つけて手に取った。

「あれ?これってよ……」
「ああ、トムさん。それ俺のです」
「ん?お前も持ってんのか。俺もほら、なんか知んねえけど持っててよ」

示すようにボールチェーンのついた縫いぐるみを取り出して見せると、首を傾げてみせた。

「なんなんだろうなあ、これ」
「……これ、俺誰かから貰った気がするんですよ」
「そうなのか?誰かから……ねえ」
「すげえ大切なやつだったはずなんですけど……なんでか思い出せなくて。ずっと考えてるとどうしても最後……」

憎らしげに、憎らしげに拳を握り締めながら、

「最後、臨也の奴にいくんですよね」



♂♀


東北に向かう新幹線の中で、良く似た男女の影が寄り添っている。
女の子の方が、何を思ったか小さく笑ってみせた。

「結局使い走り?」
「いいじゃねえかよ、……どのみちあっちにはもう居られねえ」

男――正臣がそう言うと女、沙樹は「んー」と首を傾げる。

「臨也さんには会えなかったけど、あれで臨也さんの下で働くってことになるのかな?」
「秘書っぽい人がいたからいいんじゃねえの?もし違っても――それならそれだ」
「それもそうだね。
……ねえ、正臣。このクマ、私達いつから持ってたっけ?」
「……いつだったかな。わかんねえけど、これ持ってると落ち着くんだよな」
「変なの。私もそうだから一緒だね」

電車の窓に、寄り添う二人を見つめているような水色と黄色のクマが仲良く置かれていた。


♂♀

カジュアルファッションに身を包んだ、格好はどこかの雑誌モデルのような男女二人がそれぞれ大量の本を持ち、女の方が叫んだ。

「どーたーちんっ!どいてどいて!」
「どうした……ってなんだ、その本の量は」
「嫌だなあ、門田さん。今日は1日で月曜日なんすよ?」
「四冊ずつはさすが重かったねー、ゆまっち」
「おい、それ本当に全部四冊ずつ買う必要あるのか……?」
「ええっ、ドタチンったら。当たり前じゃないの」
「いやいや、今更っすよ」

がやがやと談話しながらいつものようにワゴン車に乗り込むと、中で待機していた渡草と合流する。
車のフロントガラスの脇には、四つのカラフルな小さいクマの縫いぐるみが置かれていた。

「さっきの話だけどさ、ほら、私用、ゆまっち用、色々オシゴト用に……あれ?」
「三冊じゃねえか」
「違うっすよ狩沢さん!
俺と狩沢さん用に二冊はいいとして、色々お楽しみ用に一冊、あとは、ほら……えっと」

だんだんと声が小さくなる遊馬崎に渡草がエンジンをかけながら声をあげた。

「……何の話だ?」
「私達が本を四冊ずつ買う理由よ!ドタチンが突っ込んでくるから。
ほら、えっと……確か誰かにあげてたのよ……」
「誰にだよ。……ああ、今日は一日だから新宿に行くんだっけか」

新宿方面にハンドルを切る渡草に、門田は首を傾げる。

「……新宿?」
「ああ、毎月一日に新宿の子と待ち合わせして本持ってってたよな、お前達」
「……なに言ってるの、とぐっち」
「俺は新宿に知り合いなんて臨也さん位しかいないっすよ」
「私はレイヤーの子が数人いるけど」
「俺もそんな月イチで会うような仲の奴はいねえな」
「あれ?……そうか、なんか勘違いだな」
「やだあ、とぐっち歳?そんな早くボケるなんて、もしかしたらなんか人間じゃない血でも引いてるんじゃないの⁉︎」
「ああ、いきなり覚醒したりとかするんすかね⁉︎いやあ、それなら自動車を使いこなして闘う美少女でお願いするっす!」
「や、やめろ!俺が美少女になるってなんだよ、誰が喜ぶんだよ」
「世界は広いんだよー、とぐっち」

クマのぬいぐるみに視線を当てて、狩沢はつまらなそうに続けた。

「たくさんの物語があり過ぎて、少しだけ出てきた一人のキャラクターの存在を忘れてしまえるほどにね」


♂♀


さんさんとマンションのベランダに降り注ぐ太陽の光を全く反射させない、『影』としか言いようがない後ろ姿に白衣の男が声を掛けた。

「セルティ、そんなところで何をしているんだい?風邪をひくよ」
『大丈夫だよ。少なくとも私の記憶の中に風邪をひいた記憶はないから』
「確かにウイルスの入りようが無いからねえ。
……よし、分かった!君と僕とは一蓮托生だからね。俺もベランダに出よう。何を見てるのさ?」
『いや……何をというわけじゃ無いけど。街を、かな』
「街、ねえ。そういえば最近臨也から仕事の連絡が無いけど、喧嘩でもしたかい?」
『いや、してない。というかあいつにはとっくに愛想を尽かしてるから今更だな。
私も新羅なら何か知ってると思ってたんだけど』
「いや、別に知らないね。この位の音信不通、気にしたら付き合ってらんないっていうのもある。
まあどこかでのたれて死んでても驚きはしないけどね。自業自得ってやつだ」
『薄情な奴だな』
「……嘘!そりゃ涙一つぐらいは流すさ!セルティの為に!」
『嘘だよ。私も自業自得だと思ってる。……っていうか私の為にってなんだ』
「セルティに嫌われるくらいなら空涙だってなんだってやってのけるさ」
『そうか……ありがとう、いや違うか。
まあでも、臨也だって死んだら悲しんでくれる人くらいいるだろう』
「……そう願うよ、一応友達としてね」
『というか、居たよな?』
「へえ、私は知らないな」
『え?』
「え?」

一瞬の沈黙の後、セルティは震える指で新羅のポケットを指さした。

『お前、ならそれはどうしたんだ……?』
「え……?ああ、この白いクマさんのことかい?実はよく分かってなくて。君のだったの?」
『いや!お前がもらったんじゃないか!私も黒いのをもらった!手作りだって……』
「……そうだっけ?誰の?」
『……えっと』

見えない頭を抱えるような動作をして、しばらく苦しんでいたセルティだったが、やがて諦めたように脱力した。

『だめだ、思い出せない。……なんでだ?』
「まあ、いいさ。
その子が、僕とセルティのお揃いなんて物を作ってくれるような間柄なら、きっとまた遊びに来るだろう?」
『ああ、そうだよな!なんでそんな稀有な子を忘れてるんだ、私は……!』
「……セルティにそんな子、いたかなあ」





♂♀


観葉植物の沢山置かれた綺麗な部屋で、小さな縫いぐるみに向かって顔の白い女の子が延々と語りかけていた。


「ひとり、なんです」
「だから良かったの」
「人間って怖いから」
「人間って怖いから」
「怖いのが人間だから」
「ひとりが良かったの」
「怖いのは嫌いなの」
「嫌いなんだね」
「皆は僕のこと」
「嫌いなんだね」
「丁度いいね」
「怖い人間は僕も嫌い」
「クマさん、クマさん」
「クマさん、クマさん」
「クマさん……」
「なんで僕を置いて行ったの?」
「人間だから?」
「人間だからなの?」
「怖いのが人間だから?」
「だから僕を置いて行ったの?」
「すごいね」
「とっても怖いよ」
「でもね、でもね」
「僕の方がきっともっと怖いよ」
「だって命の恩人を怖がってる」
「怖いね、怖いね」
「それでもね、クマさん」
「いつかの幸せより全然怖くない」
「臨也さんがくれた幸せより」
「クマさんがくれた怖さの方が」
「暖かいよ、変だね」
「幸せって痛いね」
「痛いと怖いね」
「怖いと暖かいね」
「だから幸せだね」
「痛さは素敵だね」
「幸せも素敵だね」
「なら人間って素敵だね」
「いいよ、愛するの」
「僕は人間を愛するの」
「クマさんの恋人の代わりに」
「クマさん……美琴さん」
「……美琴さん」
「僕は元気だからね」


少女にしか意味を持たない言葉を。
少女にしか記憶にない名前を。

柔らかなシフォンワンピースと同色のクマの縫いぐるみに、語りかけていた。

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