来神学園の平和。

□一つ目の非日常
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たけやんがしどろもどろに進行する始業式が終わると今日はそれで解散になった。


なんだか疲れて重い身体を引きずりながら帰路を辿っていると後ろから私を呼ぶ声がした。

「美琴ちーんっ」

「あ、すみれ?」

聞き慣れた声に振り返る。
北野すみれは去年から同じクラスだった友達で、今年も同じクラスになることができた。

「一緒に帰ろう?」

「もちろん」

私達は揃って歩き出した。

「美琴ちんはどう思う?
うちらのクラスさあ」

「んー……どうもなにも始まったばっかしだしねえ。
すみれとは同じになれて安心してるよ、席も隣だしね」

「だよねだよね、うちも一緒になれてほんとよかったーっ!
しかも隣とかもう運命?これは運命なの!?
たけやんが担任だったってことの次くらいに嬉しかったわあ」

「え……ごめん喜ぶべきか迷う」

「いやあ、だってたけやん格好いいよ?可愛いよ?
あれで数学教師やってんだからギャップだよね、ギャップ萌!」

「あれ……すみれってたけやん、」
「大好き!」

間一髪で入れられた言葉に苦笑する。
すみれが延々とたけやんの話をするのを聞き流しながらふと思う。


――私は誰かを『愛』することができるんだろうか。




♀♂


それから二日三日経った。
私は自分の教室に向かう途中激しい騒音を聞く。
騒音、というよりも地響きが内蔵を震わせるような音だ。

――ああ。

高校一年の後期あたりから聞こえるようになったこの音には聞き覚えがある。

教室に入ると掃除用ロッカーの上に乗った折原君が目に写った。
……だけならまあただの変人で済ませるのだが、問題はその掃除用ロッカーがひんまがりながら、壁にのめり込んで斜めにたてかかっているという状態だった。

呆然とそれを見つめる私の隣で肩を叩く気配がある。

「おーい、大丈夫かい美琴さん」

「あ、岸谷くん。
これ……また?」

「うん、毎度恒例臨也と静雄の喧嘩」

「……静雄、くん」

この時私はまだ平和島静雄くんについてはよく知らなかった。
折原くんとの腐れ縁のせいで何度か見かけたことがあったけれど。

「あれだよね、不良って有名な子」

校内では平和島静雄くんはそう噂されていたのだ。

「ああ、そうだね。
そう噂されてるのは俺も聞いたことがあるよ」

そう言う風に言うってことは噂を否定してるのと同じだ。

「……違うってことだ?」

「まあ、これの犯人には違いないけどね」

岸谷君がびしりと指差したのはさっきまで折原君が座っていた掃除ロッカー。
ちなみにいつの間にかに折原くんはいなくなっていた。

「力持ちっていうのも聞いたことはあるんだけど……これ、どうしたの?」

「掃除ロッカーを片手で持ち上げてそこに思いっきり投げたんだよ。
まああそこを狙ったっていうか、臨也を狙ったっていうか……」

「片手で、投げた……?」

「まあ、こればっかりは百聞は一見に如かずだね。
っていうかクラスの奴も結構見てたんだし」

その言葉に後ろを振り返ると誰もいない。

「……あれ?」

「みーんな、逃げちゃったよ」

その声の主は折原君だった。
教室の入り口にもたれかかって笑っている。

「だめだよねえ、そろそろチャイム鳴っちゃうのに」

「折原君、大丈夫だった?」

聞いてから馬鹿なことを言ったなあと思った。
そして予想通り馬鹿にされた。

「そりゃ、あれが当たらなかったんだから大丈夫なんじゃないの?
あれが当たって平気な顔してるのは化け物だよ。
俺は人間だから避けたんだけど、なに当たってるように見えた?
だったらこんなちゃんと立ててないと思うけど。我ながら、ね」

「いや……ごめん」


そこでチャイムが鳴る。
それと同時にたけやんが入ってきて、私達三人はとりあえず自分の席についた。
たけやんは教室に三人しかいないという風景に呆然として、次に頭を勢いよく抱え始める。

「……えっと、なにこれボイコット?
ボイコットなの俺悪いことした!?
答えて一橋!」

「はあ?」

「はあって何!?ひどい、流石jkだ残酷だ!
じゃあ岸谷この問いを解き明かせ」

「例えボイコットだとしても心配いりませんよ!
人と人とは一期一会かつ合縁奇縁ですから」

「俺には意味がわからないから却下!
じゃあ折原答えてお願い!」

「そろそろ帰ってきますから静かにしてくれません?」

「そうかそれなら安心だな!
うん俺は生徒の言うことは基本信じるんだ」

「自分に言い聞かせてるようにしか聞こえませんよ」

「うるさい一橋、……あ、本当に帰ってきた!
え、折原すげえ」

たけやんの言葉通り、このさわぎから避難していたらしい生徒が次々に入ってきたのだった。










ちなみに壁に刺さったロッカーは、『事故のようななにか』という位置付けで片付いたらしい。



これが、高校二年で一つ目の非日常。
 
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