「リンドウの花を君に」
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(ヒルメスside)
愛しい体を貪るだけ貪り尽くし、吐精して体の熱が冷めていくにつれて、ヒルメスは正気を取り戻し始めた。
腕の中の愛しい人は、ぐったりと意識を失い身じろぎひとつしない。体のいたるところに情痕が残り、首筋や唇には血が滲んでいる。
狭い体内を犯していた自身を引き抜けば、どろりとした白濁に混ざって赤い血が流れ出す。
それらをひとつひとつ目で追ったヒルメスは蒼白の唇を戦慄かせた。
「アイラ、俺は――っ!」
決して許されない、取り返しのつかない、ひどいことをした。
彼女が必死に止めてと叫ぶのを、何度も聞いた。
怖い。止めて。痛い。そうして怯えながらも彼女は自分にすがり付いて助けを求めていたのに。一時の激昂に任せて、無理やり抱くなど有ってはならなかったのに。
「っ、――すまない、俺は……」
扉をこじ開けようとする鈍い物音がしたのはその時だった。
ヒルメスははっとしたように顔を上げて扉を凝視すると、自身の服を正し、横たわるアイラの無防備な裸体を毛布でくるんだ。 退いて剣に手をかけると同時に、扉が鈍く軋んで破壊される。
扉から現れた人影と目が合った瞬間、双方は向かい合って対峙した。
「また会ったな、城壁以来だ。ヴァフリーズの甥と、ヘボ画家だったか」
「どうしてお前がここにいる!!」
肩を怒らせて剣を突きつける黒衣の騎士が怒鳴るのを、ヒルメスは仮面の下で鋭く睨んだ。 黒衣の騎士の後ろには隙なく構えた軍師の姿も見える。
「ここは、」
アイラの家だ、と続けかけたダリューンは、銀仮面卿の足元に目を向けて驚愕に目を見開いた。ほぼ同時にナルサスも床に倒れているアイラに気づいて息を飲む。
安否を案じ続けて今やっと見つけたその姿は、毛布に包まれていても分かるほどに痛々しい姿だった。
血の気を失った青白い頬はまるで死人のようで、むき出しの足首や手には明らかに情事を思わせる痕が残っている。
扉を壊す音や自分の大声にも、気がつくことなく昏昏と眠り続けるその姿は、ほんのわずかにでも毛布が上下していなければ、生きていることすら信じられないほどだった。
「貴様!!! アイラに何を――っ!!!」
激怒したダリューンの重い剣戟を、受け止めた銀仮面卿は、すぐさま、その場から飛んで後方に退く。
たった今まで銀仮面卿の心臓があった場所にナルサスの素早い切っ先が向けられていた。
アイラから引き離されたヒルメスは舌打ちして奥歯を噛み締める。
対峙する二人は常ならまだしも、本気となった今は二人同時に相手取って容易に勝てる相手ではない。
ヒルメスは横目で窓の位置を確認すると、相手を挑発するようにニヒルな笑みを浮かべた。
「その女は俺のものだ。いずれ取り返しに行く」
ヒルメスは傍にあった薬の壷を二人に投げつけるとその隙に窓を割って外へと飛び出した。背後で、陶器が割れる音と怒号が聞こえるが、追ってはこない。
ダリューンとナルサスがアイラを置いて追尾しては来られないというその事実すら、今のヒルメスにはひどく不快に感じられた。
「――お前を俺から奪う者は皆殺しにしてやる。阻む者は許さない」
銀仮面卿の鋭い瞳に狂気の色が浮かんだ。