「リンドウの花を君に」IF編

□愛と狂気の狭間で
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《if設定:もしアイラがヒルメスと一緒に行動していたら》
・無体された後もヒルメスと一緒にいる
・ヒルメスがルシタニアから隠して庇護している
・ヒルメスの自室に監禁状態(籠の鳥状態)

※本編とは別時間軸。無関係。多少の矛盾は気にしない(ここ重要)


* * *


 美しい透かし細工が施された格子窓から見える景色は灰色だ。大陸航路一美しい都市だった頃の面影は、もう見る影もないほどに廃れ荒んでいる。
 パルスの民たちはみな暗い顔をして死に怯え、女子供はルシタニア兵の慰み者に取られ、男たちは重い労働を課せられる。
 それが今の王都の現実だった。
 ここは本当に栄華の都エクバターナだろうかと、目を疑いたくなる光景が窓の向こうには広がっていた。
 格子窓の欄間に手をかけてそこから見える城下の景色を見つめながら、アイラは今こうしている間にも傷つけられていく民たちを思って心を痛める。どこまでも澄み渡るパルスの大空とは反対に、彼女の心には霞がかかり重苦しいものがこみ上げていた。
「アイラ、何をしている」
 静寂を破って低い声が空気を震わせる。
 アイラは悄然と黙したまま小さく首を振った。
 言葉にできないほどの思いが胸を詰まらせる。信じられない光景を見ているのに、それでも窓の向こうに広がる現実から目を逸らすことはしたくないと思った。
 ややあって、肩ごしに小さなため息が聞こえたと思うと、その男は足音も立てずにアイラの背後に歩み寄った。
「いつまでそうしているつもりだ」
「・・・目を反らしたくないのです」
 男の手が自分の肩にかけられると、アイラは観念したように呟くように言った。そして、肩に置かれた男の手に自分の手を重ねると、ゆっくりと男を振り返る。
「顔色が悪い。休んでいろと言ったはずだが」
アイラの目尻に浮かぶ涙を男の無骨な指の背がぬぐい去っていく。頬に触れたその手が熱いほどにあたたかくて、アイラはまた頬を濡らした。

 今自分が居るのは慣れ親しんだパルスの王宮の一室。けれどもここに、アルスラーン殿下やダリューン、兄や父のように慕った万騎長たちの姿はない。
 ルシタニア兵が王都エクバターナを占拠したとき、アイラは銀仮面卿に捕らえられその捕虜となった。否、捕虜と呼ぶには待遇が良すぎる。手錠も暴力もない。銀仮面卿の私室から出ることが叶わないこと以外は、普段と変わらない生活が許されていた。
「俺を憎んでいるか」
 もう何度目か分からないほど繰り返されたその問いかけに、アイラはいつも首を横に振る。
 けれども彼がパルスの民たちに強いた行いが、決して許されないものだと言うこともアイラには分かっていた。
「ヒルメス様」
 目の前の男が激情を殺した声を口にするとき、アイラはいつもその名を呼ぶ。
 貴方様は銀仮面卿ではないのだと。アイラは言い聞かせるようにその言霊を口にした。ヒルメス様、そう呼ぶごとに銀仮面卿の憎悪の気配は薄れていく。そんな気がしていた。
「民たちが苦しんでいるのに、私は何もしないでここにいる・・・私は人を救うために療師になったのに・・・」
「お前のせいではない。お前は俺の目の届く所にいろ。他の誰のそばでもない、ただ一人俺のもとに」
 呪いのような言葉が自分の体を縛り付ける音を、アイラは絶望の中で聞いた。
 今この状況でなければ喜んでいただろうその言葉。幼い恋心にヒルメス殿下を慕い、火の中で彼を失った後に愛を誓った。ずっと夢の中のヒルメスを想い続けていた。
 けれども現実は、無情にもアイラの身に降りかかった。
「貴方は私をずっとここに閉じ込めておくつもりですか」
「守るためだ」
「私は療師です――! 多くの命が失われていく今このときに、自分だけが何もしないなんて・・・私は自分を許すことができないのです」
 熱いものがこみ上げてくる。涙が止めどなく溢れて止まらない。それ以上口を開けばみっともない声を出してしまいそうで、アイラは唇を噛み締めた。
 顔を隠すように俯いたアイラが、嗚咽を堪えて肩を震わせる。
 銀仮面卿はしばらくその様子を見下ろしていたが、不意にアイラの髪を撫でたかと思うとそっと小さな頭を自分の方に引き寄せた。自分の胸元へと抱え込むようにして、両手の腕で抱きしめる。
「お前のせいではない」
 もう一度、ヒルメスは言い聞かせるように言った。事実、奪われた命は彼女のせいではないのだ。それは自分が背負う罪であり、負うべき罰だ。
 ヒルメスはアイラを胸に抱いたまま静かに天井を見上げた。
 自分という命をかけて、パルスという国を腐敗から蘇らせ、あるべき姿に戻すことを誓った。大願を成すためには流血は避けられない。
 ヒルメスにとってもパルスの民の血は胸を痛めるものだ。それでも逃げるという道はない。本当の心はすべて仮面の下に隠して大道を歩むのだ。
 それでも、手放せないものがある。
 一度は憎き簒奪者によって奪われたものを、もう二度と手放してなるものかと、ヒルメスは思った。
 愛しい人が笑って暮らせる国をつくってみせる。そのためならば、この手を血に染めることも厭わない。蛮族のルシタニアも、簒奪者の小倅も、利用しつくして闇に葬ってやる。
 この世にただひとり、俺が心から愛するお前さえ笑っていてくれるなら、俺は何を犠牲に強いても構わないのだから。


愛と狂気の狭間で



【あとがき】
 if編なんてものを作ってしまいました。だって本編でヒルメス様が絡んでくれないんだもの(←自分で話を作っておいてどの口が言う)。
 タイトルは「愛と狂気の狭間で」。
 隙間(すきま)じゃないよ、狭間(はざま)だよ(笑)
 ふざけてごめんなさい。真面目な話も少しします。
 ヒルメス様は口下手でしょうね。けど直球的な甘い言葉はさらりと口にする。愛を囁くけれど自分の本心はあまり口にしない。だから相手の気持ちにもうといし、嫌われやすい。
 つまり不器用な人なんです・・・。
 周囲から絶対誤解されまくってるよ、この方。
 でもだからこそ、内に秘めた信念や情の深さに触れた人はヒルメスを好きになる。
 カーラーンもザンデもサームも、みんな彼のそうした部分に惚れ込んで好きになったんだと思う。
 夢主もその一人。小さな頃の記憶があるから、ヒルメスの心を痛いほど知ってる。だから裏切れない。
 でもヒルメスが間違った道を選んでいることに気づいているから、なんとかして止めたいと思ってる。
 筆者としては、両思いなのにすれ違ってばかりの二人が愛おしいのです。
 火事なんてなければ、今頃幸せな家庭を築いていただろうにね・・・。
 今度そのIF話も書いてみたいです。
 長々と失礼しました。ここまでお読みいただきありがとうございました。


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