「リンドウの花を君に」IF編
□人はそれを幸せと呼ぶ
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《if設定:もしもヒルメスが銀仮面卿にならなかったら》
・マルヤムで傷の療養していたヒルメスと、療師として彼の国に来た夢主が再会
・無事に再会した二人はやがて恋人同士に
・現在は港町ギランで平和に暮らしている
・原作開始時点で二人はすでに結婚している
※本編とは無関係。多少の矛盾は気にしない(ここ重要)
* * *
ギランの朝焼けはとても美しい。
水平線から顔を出した太陽が海を照らし出し、海鳥が群れになって舞い上がる。空気は瑞々しく、心地良い風が頬を撫でていく。
それを一人占めできる時間がアイラにとっての幸福だった。
今、アイラは海と町が見渡せる静かな高台に家を立てて住んでいる。
自分は日々療師として忙しく働いているし、ヒルメスも剣客としての仕事を引き受けているから、週に一度の休日はとても貴重な時間だった。
本当に何もかもが幸せだと思う。痛みも悲しみもたくさんあったけど、一人ではなかったから乗り越えられた。まだまだしがらみは多いけど二人だから乗り越えられる。
そう思いながらバルコニーから薄布に遮られた室内を振り返ってアイラは頬をゆるませる。
そこには薄布を片手でかきあげるようにして、寝起きの格好のままの愛しい人が立っていた。
「アイラ」
自分の名前を呼ぶ何気ないその声にすら幸せを感じる。我ながら重傷だなと思うが事実だから仕方ない。
胸元が露わになった無防備な格好に照れながらも、ぎゅっと逞しい体に抱きつけば優しい仕草で抱き込まれた。
「おはよう、ヒルメス」
「ああ」
「今日はゆっくり過ごせるわ」
「そうだな」
この生活を始めてから、かなりの時間が経った。初めは敬語で話していたアイラにヒルメス自身が訂正を求めた。王子としてではなく普通の伴侶として接してほしいと。アイラは戸惑いつつもその変化を受け入れた。火事によってヒルメスは変わったけれど、今それはとても良い方向に向いているのだと思う。
外に出るとき以外ヒルメスは眼帯を外している。火傷の痕を晒せるようになったことも、この数年の変化のひとつだった。
甘えるように肩口に顔をうずめれば、ヒルメスの指先がアイラの亜麻色の髪をゆっくりと梳き撫でる。その優しい手つきが何よりも愛おしい。
「まず朝食にしましょう。それから何をしようかしら・・・」
「アイラ」
「なあに?」
「今日はずっと俺のそばにいろ」
珍しい言葉に思わず足を止めたアイラはヒルメスを見上げる。ヒルメスが自分の思いを素直に口に出すことは稀だった。
アイラの驚いた様子を見て意地悪そうに口角を上げて笑ったヒルメスが、おもむろにその唇を自身のそれで塞ぐ。首筋と細腰に手を添えて逃がさないようにしながら、噛み付くように啄んでは、からめ取るような濃厚な口づけをほどこす。
アイラの口からとろけきった吐息が溢れ落ちて、その体から力が抜けるまで激しく貪って、ヒルメスはようやく体を離した。鼻先が触れ合うほどの距離で見つめあえば、頬を上気させて息を荒げるアイラが若干恨めしそうにヒルメスをにらんだ。
「いきなり、ひどい」
「そうか? 俺はずっとこうしたいと思っていた」
「だって昨日も散々・・・」
直接的な言葉を言いづらくて顔を赤らめたアイラがふいと顔をそらす。ヒルメスは意地が悪い。普段はアイラの好きにさせてくれるのに、肝心なところではちゃっかりしている。捕まえた小鳥を自由に羽ばたかせているようにみえて、実は籠の中に大事に囲っているのだ。
「なんだ?」
「なんでもない!」
「そうか」
くつくつと喉を鳴らして笑いを堪えるヒルメスの胸を押し返すように、アイラは手を突っぱねて体を離す。いつまでも初心なアイラが恥ずかしがるのを楽しむことはヒルメスの特権だった。
満足気なヒルメスが、対して今にも機嫌をそこねそうなアイラの頬を指の腹で撫でる。
「少しからかいすぎたか」
「少しじゃないわ」
軽口を言い合っていても二人の雰囲気はどこまでも甘い。互いに互いを想い合い、愛する気持ちに一点の曇りもない。
それを幸福と呼ばずに何と呼ぶのか。
もう一度、どちらともなく触れるだけの口付けを交わして、二人は寄り添って歩き出す。
長く続く未来へと。
人はそれを幸せと呼ぶ
【あとがき】
あまーい。書いていて砂糖吐きそうでした(笑)
もうちょっと過激なことを書いていましたが、流石に自粛。と言いつついつかこっそりupします。
シリアスな本編が続いているので息抜きに甘い話を書きました。
ヒルメスは意地悪そうですよねー(勝手な妄想)
けど散々からかって楽しんだ後はとことん甘やかす。アメとムチを上手に使う人だろうな・・・。
原作でもザンデとかそれにやられてますしね(笑)
さて、if設定的には前作とは違う設定です。
銀仮面卿?誰それ?の設定です。ヒルメスは復讐よりも夢主を選ぶというもの。
実は一番最初に考えた話でもあります。結婚して子供が生まれて幸せな家族として暮らす。
本編の二人も行き着く先は同じです。かなり寄り道をしていますけどね。優しい目で見守ってあげてくださいな。