「リンドウの花を君に」IF編

□愛は貴方のそばにある
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《夢主がヒルメスと一緒に行動していたら》
・「愛と狂気の狭間で」と同時間軸
・無体をされた後もヒルメスのそばにいる
・ヒルメスがルシタニア兵から隠して庇護している
・サームの怪我の手当をして、ヒルメスの自室で過ごす
※本編とは別時間軸。無関係。多少の矛盾は気にしない


* * *


 煌々と燃え盛る炎に身を焼かれる夢をみる。
 そうして夜が来るたび思い出すのだ。
 あの日味わった、死を願うほどの痛苦と世界を呪うほどの憎悪を。
 闇の中でたったひとり。
 救いに差し伸べられる手もなく、助けに答える声もない。
 闇の中でたったひとり。
 毎夜、身を焼き尽くされて目を覚ます。

 ルシタニア兵に襲われたところを銀仮面卿に助けられたアイラは、それからずっと彼の人の私室に閉じ込められている。
 その私室に出入りするのは銀仮面卿を訪ねてくる一部の人に限られ、さらにその奥の寝室に出入りが許されている者はその内のごく少数だ。アイラはその貴重な一人だった。
 毎夜有無を言わさず抱き上げられて大きな寝台に並んで横になる。とはいえ、逆上したヒルメスに無体をされたあの日以来、彼はアイラを決して乱暴に扱おうとしない。ただアイラを自分の目の届く場所に置いておきたいようだった。
 並んで寝はじめてから、アイラはヒルメスが悪夢にうなされていることに気づいた。隣から聞こえるかすかな呻き声に目を覚まして様子をうかがえば、ヒルメスは眉間に皺を寄せ、何かから逃れるように身を捩らせている。それはほぼ毎日繰り返されるのである。
 この夜も同じ悪夢にうなされているようだった。
「・・・ヒルメス様、」
 寝台の上に上体を起こしたアイラは、隣で眠るヒルメスの余りに苦しげな声に眉をひそめて、小さな声で名を呼ぶ。よほど深い眠りに落ちているのか、普段は人の気配に鋭いにも関わらずヒルメスは目を覚まさない。
 アイラがどうすればいいかと悩んでいる間も、ヒルメスは無意識の内に顔の傷跡を手で覆う。
 顔の右半分を覆う火傷の跡は寝ている間は無防備に晒されている。その傷跡に爪を立てかけるのを見て、アイラは咄嗟にその手を自身の両手で掴んだ。そっと顔から外させて優しく包み込む。そこまでしてようやくヒルメスは重い目蓋を持ち上げた。
「何を、している・・・?」
 焦燥を含んだ弱々しいその声に、アイラは手を握ったまま唇をきゅっと結ぶ。
「うなされていたようでしたので・・・」
 目覚めたのだからもうヒルメスの手を握り続ける必要はないのに、どうしてかアイラはその手を離したくないと思った。今のヒルメスはとても頼りなく見える。引き止めておかないとどこかに行ってしまいそうで怖かった。
「ヒルメス様・・・」
 思わず両手に握るヒルメスの手を頬に寄せる。血の気を失って冷たいその手に、早くぬくもりを取り戻してあげたかった。
「・・・・・・どうしてお前が泣く?」
 そう言われてアイラは初めて自分が涙を流していることに気づく。どんなに恐ろしい悪夢に苛まれても泣かないヒルメスの姿を見ていると、涙が溢れて止まらなかった。
「ヒルメス様、そばにいます・・・私が貴方様のそばに・・・だから、」
 だからもう、一人で苦しまないで。炎に怯えないで。
 十六年という途方もなく長い間、ずっとこの方はたったひとりで孤独に耐えてきたのだ。そう思うと切なくて辛くて胸が張り裂けそうだった。
 たまらなくなったアイラがヒルメスの体を抱きしめる。驚いたように息を呑んで体を身じろがせるヒルメスを、ぎゅっと腕に力を込めて閉じ込めれば、やがて諦めたように動かなくなる。
「・・・お前はなんでも自分の痛みに感じてしまうんだな」
 どこか呆れたような自嘲が滲むその声にアイラは首を振る。
 人にすがるということを知らないこの人を、見捨てておけるはずがない。
 大切な人がひとりで苦しんでいるのを、知らないふりなんてできるはずがない。
「ヒルメス様・・・貴方様の苦しみを、私にも分けてください。一緒に背負わせてほしいです」
 背中に回されたヒルメスの手が衝動を堪えるように震える。
「また、壊されたいのか」
 激情を押し殺したようなヒルメスの声音に一瞬息を呑んだアイラは、それでも逃げようとはしなかった。
 顔を上げてしっかりと視線を交わらせ、ヒルメスを苦しめる傷跡を指先でそっとなぞる。アイラにはこの傷跡が醜いものだとは思えなかった。
「貴方様になら、壊されてもかまいません」
「! ・・・馬鹿な女だ、」
 ヒルメスの手がアイラの細い首に添えられる。明らかな情欲を孕んだ眼光を隠そうともせず、ヒルメスは目の前に差し出された獲物に貪りついた。
 息もできないほど激しい口づけにもアイラは従順に応える。腔内を犯す熱いものに無意識に身を震わせる。
 恐ろしいとは思わなかった。なぜなら、切羽詰った口づけとは裏腹に自分を抱きしめる腕はひどく優しい手つきだからだ。
 慎重すぎるほど丁寧に寝台の上に押し倒されて、アイラは泣きそうになった。
 口づけが刹那途切れる。乱れた互いの吐息が静寂に余韻を残した。
「本当に、馬鹿な女だ・・・今度こそ逃げられなくなるぞ」
「逃げません・・・私は貴方様のそばにいます」
「・・・逃げたくなっても、もう手放せないな」
 アイラの両手がヒルメスの頬をそっと包み込む。
「離さないで。ヒルメス様のそばにいさせてください」
 泣きながらも美しく微笑むアイラから、ヒルメスは目が離せなくなった。乱れた艶やかな亜麻色の髪が、涙に揺れる翡翠色の瞳が、赤く染まった唇が、彼女の何もかもが愛おしい。
「後悔してももう遅い。俺はお前を一生離さない・・・」

 ずっと長い間、闇に囚われていた。
 今ようやく、そこにひとすじの光が差し込む。
 その光をもう二度と手放したくないと思った。


愛は貴方のそばにある



【あとがき】
 またシリアスな話を書いてしまった・・・。
 脳内では幸せ100%な甘甘話を考えているのに、いざ筆を走らせると切ない話になってしまいます。なんでかしら・・・。
 今回のお話は完全に思いつきの一発書きです。
 ヒルメスって傷跡を人に見られることを極端に嫌ってるから、やっぱり傷跡に劣等感を抱いているのでしょう。
 そこまで気にしてるなら悪夢にうなされてるだろうなって。ずっと一人で耐えていたのかなって。
 そう思うと筆が勝手に動いてました。
 いやー夢主ってこんな大胆な性格をしていましたっけ?(お前が聞くな(笑))
 でも夢主は傷ついている人を見ると放っておけない性格なので、ましてヒルメスのためなら一肌脱ぎそうです(笑)。
 R-18小説についてはどこまで晒していいのかよく分かりません。一応自粛してます。と言いつつ本編でさらっと公開してますが・・・(どうしても必要な部分だったので。斡旋してるわけではありません)。
 未成年の方も読みに来られているのでしょうか。鍵を付けるべきか悩み所ですが、今後もし弊害がありそうなら簡単なpass制を検討しつつ、対策を練りたいと思います。
 まあできればこのままがいいですけどね。
 さて、毎度のことですが突発文なのでお見苦しい点もあると思います。気づいた所からちょくちょく直していますが、お気づきの点があれば是非教えてください。


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