「リンドウの花を君に」IF編

□愛に殉じる代償(前編)
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《ヒルメスと一緒に行動していたら》
・夢主が王都を偵察に来ていたダリューンとナルサスに出くわす話。シリアス注意
・多少の矛盾には目を瞑る。本編とは無関係
・長くなったので前後編に分割します


* * *


「貴方たちと一緒には行けないわ・・・私はアルスラーン殿下に忠誠を誓えない・・・」
 体と声がみっともないくらいに震えている。
 それでもアイラは緊張のあまり乾いた喉をぎこちなく動かし、絞り出すようにその言葉を口にした。

 日が沈んだパルス王国の王都エクバターナは宵闇と冷気に包まれ、底冷えする風が足を竦ませる。
 ルシタニアの侵略によって王都が陥落し、銀仮面卿の捕虜となってから、アイラはずっと彼の人の自室に閉じ込められていた。
 格子を隔てた王宮の窓から眼下に見える城下は日に日に廃れていく。パルスの民たち、最後まで前線で戦っていた兵たち、何より怪我や病気の人たちの安否が気がかりだったが、焦る思いとは裏腹に自分の身は自由にはならない。
 否、自由を得ようともせずに、望んであの方のそばに留まっているのは自分だと、言い訳したくなる気持ちを押し殺してアイラは思った。
 結局は自分も侵略者たちと同じなのだと、そう悟ってしまえば、空虚な絶望だけが心を支配する。
 それでも、謂れ無き罪に問われ不当な扱いを受け虐げられるパルスの民を見て見ぬふりはできないと、アイラは侍女たちの助けを借りて薬草を調達し、わずかでも民の助けになろうと奮闘していた。
 アイラが日没を待ち、人目を盗んで王宮を抜け出して民衆に薬を届けていることを、銀仮面卿は黙認している。
 アイラが城を抜け出すのはわずか半刻ほど。その後は必ず、自分の元へ戻ってくると分かっているからかもしれない。
 その日も、日没を待ったアイラはルシタニア兵に見つからないよう抜け道を使って城下へと下りていった。
 以前から度々診療を行っていた老夫婦に調合した薬を届けた所までは順調だった。
 しかし、王宮に戻ろうとした矢先、出くわしてしまったのだ。
 ずっと安否を案じていた、友人たちに。

「貴方たちと一緒には行けないわ・・・私はアルスラーン殿下に忠誠を誓えない・・・」
 素直に自分の無事を喜び、共に王都を脱出しようと言葉を重ねるダリューンとナルサスに、気づけばアイラは拒絶の言葉を返していた。
「何を言うのだ、アイラ。ここにいればいずれルシタニア兵どもに見つかってしまうのだぞ」
 闇夜にも強い光を放つ金眼を凄めて言い募るダリューンから、一歩、また一歩と後ずさりながら、アイラはなおも首を降る。
「わたし、私は・・・」
 理知に富み、常に冷静沈着に物事を見通すナルサスの視線が突き刺さる。困惑した風のダリューンがナルサスと顔を見合わせる様子を、アイラはどこか他人事のように見ていた。
 二人が行動を共にしているということは、アルスラーン殿下は無事なのだろう。
 アトロパテネの戦場から殿下を無事に連れ出せたからこそ、ダリューンはナルサスを頼った。行動でそれが理解できるくらいにはアイラと二人の仲は深い。
「殿下は、アルスラーン殿下は無事なのね」
 その事実には素直に安堵の息が溢れる。
 実の弟のように親しく、また王国の後継者として敬意を持って間近でその成長を見守ってきた。
 アルスラーンの命が無事であることはパルスにとってまだ希望が残されているという意味だ。増して、頼もしい二人の友人が殿下に従っているとすれば心強い。
「アイラよ、お前は今、誰とともにいる」
 見知ったナルサスの静かな声音が耳朶を打つ。確信を突いたその言葉にアイラは悄然と口をつぐんだ。
 二人の視線が突き刺さるように痛い。胸が詰まったように苦しくて息ができない。
 アイラは顔を蒼白にして、血の気を無くした唇を噛み締めた。
「行けないの、行かないわ・・・だって、私は・・・」
 選んだのだ。あの方と共にいる道を。罪を背負って生きる道を。
 だから、ダリューンやナルサス、アルスラーン殿下の元には行けない。
「ダリューン、ナルサス・・・早く、早く王都を出て」
「何?」
「あの方に見つかってしまう前に、早く・・・」
 思えばダリューンとナルサスとは、ヒルメス以上の時間を共にしてきた。
 二人はいつだって自分の夢を応援し、自分がどれだけ療師という職に誇りを理解してくれている。
 その信頼と友情を、たった今裏切ったのだ。
 二度と許されない罪を犯したと思った。足元が崩れていく錯覚に襲われる。
 ダリューンとナルサスの目を見るのが怖くて顔を背ける。その微動すらも、とてつもない罪悪感をもたらした。
「アイラ」
 聞き慣れたその声にはっとして背後を振り返れば、銀の仮面を付けた長身の男が月を背にして佇んでいる。
 影のせいで顔が見えなくても、アイラは自分に注がれる鋭い視線を肌に感じて肩を震わせた。
「そこを動くな」
 その言葉はまるで目に見えない呪縛のように、無意識に後退ろうとしたアイラの足をその場に留めた。
 目を見開いて硬直しているアイラの脇を疾風のように駆け抜けた銀仮面卿は、研ぎ澄まされた剣を抜き放ち、一閃させる。その白刃が届くのを待たず、ダリューンとナルサスは背後に跳躍して双方の得物を構えた。
 殺気立つダリューンが剣呑に目をすがめる。その双眸は隠しきれない怒りに凄めいていた。
「どういうことだ・・・! お前がアイラを!」
「人聞きの悪い。アイラは元々俺のものだ」
「何だと!?」
「アイラは俺を裏切れない。貴様らの立ち入る隙などありはしないのだ」
 鋭利な剣筋が闇夜を切り裂く。
 銀仮面卿はダリューンとナルサスの両名を相手取って、劣ることなく渡り合った。
 金属同士が交わる烈音が耳を劈き、アイラは力なくその場に崩れ落ちた。
 近しい者を失うかもしれないという恐怖に襲われる。
 アイラにとってヒルメスは裏切れない存在だ。彼女の心はヒルメスを深く愛しすぎている。
 けれども、ダリューンやナルサスもアイラにとっては大切な友人なのだ。けっして見殺しにできる存在ではない。
 どうすればよかったのか。自分は取るべき道を間違ったのか。
 力いっぱい握り締めた拳から伝い落ちる、錆びた匂いが鼻を刺激する。目の前が真っ暗になる感覚に襲われて、震える手で肩を抱きしめる。
「やめて・・・!」
 恐ろしくてたまらなかった。
 その悲痛な叫びが届いたのか、銀仮面卿はダリューンの放った剣をいなして後方へと下がる。
 銀仮面卿は、うつむいてぎゅっと目を閉じたまま体を震わせるアイラを片手ですくい上げると、抱えたまま跳躍して敵から距離を取った。
 銀仮面卿の腕の中でアイラは力なく頭を振る。その青白い頬を幾筋もの涙が伝い落ちる様子を苛立たしげに見つめた銀仮面卿は、細腰に回した腕に力を込めると、アイラの頭を自身の肩口に押し付けるように抱き直した。
 一方のダリューンとナルサスはアイラを盾に取られた形となり、身動きが取れない。そうする間にも騒ぎを聞きつけたルシタニアの兵が集まろうとしている。
 ダリューンとナルサスは一瞬互いの視線を交わらせると、重ねて合った木箱を崩して追尾の兵を退けると馬を繋いだ場所へと走り始めた。
 後ろ髪を引かれる思いで背後を振り仰いだダリューンは、銀仮面の男の胸にすがり付いて泣き崩れる幼馴染の姿を見た。


愛に殉じる代償(前編)



【あとがき】
 一先ず前編を更新しました。まだ続きます。後編はヒルメス相手に超シリアスになる予定。
 まあ前編の初っ端から、夢主がかわいそうなくらい打ちのめされてますけどね・・・。
 ヒルメスのそばにいることを選んだとしたら、ダリューンやナルサスとは違う道を歩むことになるだろうなと思います。
 夢主はヒルメスを選んだことには後悔しないだろうけど、親友たちやアルスラーン殿下を裏切ることには心を痛めそう。
 このIF設定のヒルメスはそんな夢主の心中を慮る余裕はなくて、ダリューンやナルサスに夢主の心が惑わされたように感じてしまい、怒り狂って乱暴に・・・っと、ここからは後編に続きます。
 後編は無理やり表現が入って、けど最後には心広い夢主に慰められて無事収まる、っていう形になる予定です。あくまでも予定。
 最近のヒルメスは暴走しがちですからね。何をやらかすか分かりません(笑)
 ヒルメスの話を書く上ではシリアスでBAD的なお話は避けられないですが、どのお話も二人の気持ちに偽りはありません。だから最終的にはハッピーエンドになるはずです。
 どうか最後まで見守って頂ければ幸いです。


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