「リンドウの花を君に」IF編

□愛に殉じる代償(後編)
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《ヒルメスと一緒に行動していたら》
・「愛に殉じる代償(前編)」の続き。
・R-15程度。無理やり表現あり。シリアス、狂気的。閲覧注意。


* * *


 腹立たしいことだと、銀の仮面に素顔を隠した男は思った。
 初めからこうなると分かっていたなら城下になど出さなかったと、後悔が湧き上がるが全ては後の祭りだ。
 帰りが遅いことを危惧して城下へと下りた。その結果がこれだ。
 愛しい女は腕の中で肩を震わせて泣き崩れている。嗚咽に喘ぐその唇が、時折自分以外の男の名を呼ぶことを苛立たしく思いながら、乱暴に軽い体を抱き上げるとその場を部下に任せて踵を返した。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と抱き上げたアイラはしきりに呟く。
 それは誰に対する謝罪かと心の中で問いながら、奥歯を噛み締めた銀仮面卿は静まり返った王宮の廻廊を足早に歩いた。
 逸る思いを抑えて自室に辿りつくと入口に侍っていた侍女を下がらせ、扉を固く閉ざす。そうして、皺一つなく整えられた寝台の上に、抱き上げていたアイラの体を乱暴に投げおろした。
 間髪いれず震える体に覆いかぶさる。怯えたように身じろぎする体を膝で押さえつけて、背けられた顎を掴むと、血の気を無くした唇に噛み付くように食らいついた。
 吐息すらも奪い去るように狭い口腔に舌をねじ込んで貪れば、息苦しさに喘ごうとする薄い肩を両腕で押さえつける。
 アイラが抵抗する術を無くし酸欠に朦朧とし始めた頃になって、ようやく口づけを解いた。
 肩で荒く息をしながら呆然と銀の仮面を視界に写したアイラは、またひとつ涙を零す。
「それは誰のための涙だ。その謝罪は誰のためのものだ」
 感情を押し殺した低い声音が、聞く者の背筋を凍らせる。
「どう、し・・・、・・・ヒルメス、様・・・」
 今はその名で呼ぶなと銀仮面卿は喉を引きつらせた。真実を隠すための言い訳のように聞こえたからだ。
 普段は従順な振りをして、目を離すと途端にこれだ。自分以外の男のために流す涙も、必死に縋る謝罪も、必要ない。全てを俺に捧げればいい、全てを支配し尽くしたいと、狂った衝動が自身の中で暴れまわっていた。
「お前は誰のものだ。誰に従う。いい加減に聞き分けたと思っていたのだがな」
「私は、貴方様のそばに・・・」
「そうだ、お前は選んだ。俺のそばにいることを。ならば、らしくしろ。あの男共に振り回されるな」
 混乱に唖然としながらも、アイラは自分と男を隔てている銀の仮面を外そうと手を伸ばした。けれども留め金に手をかけた瞬間、はじかれるようにその手を払い落とされる。
 アイラは呆然と目を見開いて、目の前の男を見た。
「触れるな」
 初めてだった。その銀の仮面を外すことを拒絶されるのは。
 アイラの中で何かが音を立てて崩れていく。
 労わりの欠片もない乱暴な仕草で、しっかりと締めていた腰帯を抜き取られる。前みごろを左右に引かれて胸元が露わになると、銀仮面卿はそこに顔を埋めて傷ひとつないきめ細やかな肌に歯を立てた。
「い、た・・・! ・・・ぅ、っ!」
「抵抗すればもっと酷くしてやろう」
「どう、して・・・ヒルメス様・・・」
「お前が悪い。俺を選んでおきながら、今更あの男共の言葉にかどわされるからだ」
「ちが、・・・私は、・・・!!」
「従順にしていろ、痛くされたくなければな」
 顔を上げた男の仮面が、窓から射し込む月光に照らされる。
 鈍く煌き、凍てついた光を放つその仮面が男の表情をひた隠し、そばにいるのに遠くにいるかのような錯覚を起こさせる。
 想う心が届かない。その事実はアイラを混乱させ、恐怖に陥れた。
 初めて体を開かれたときの恐怖が蘇る。どんなに泣いて名を呼んでも想いは届かなかった。痛くて、辛くて、ただただ恐ろしかった。また、あの苦痛を味わうのだろうか。
 あの時でさえも、目の前の男は素顔を晒してくれたというのに、今はそれすらも許されないほど自分は遠くにいるというのだろうか。
「ヒルメス様――!!」
 名を呼ぶ声が届かない。想う心が届かない。
 それでもただ、愛する人を求め続けた。


 もう、名を呼ぶ声すらも音にならない。
 悲鳴を上げすぎた喉は焼け付くように熱く、息をすることさえ痛みを伴う。無理な体勢を続けた節々がぎしぎしと嫌な音を立てている。
 体のいたる所に噛み跡と鬱血痕が散らばり、まるで捕食される草食動物のような有様だと、朦朧とする意識の中でアイラは思った。
 けれども自分の体を獣のように貪る目の前の男は、いっこうに満たされない欲求を抱えて自分が傷ついた顔をする。
 その素顔は仮面に隠されたままで見ることはできないけれど、アイラにはその気持ちが痛いほどに伝わってきた。
 ヒルメスは飢えているのだ。他人というぬくもりに。
 その飢えを仮面の下にひた隠して、復讐と憎悪を糧に生きている。
 それはどれほど、辛く残酷なことだろう。
 体を痛めつけられるという本能的な恐怖は確かに感じる。しかし、ヒルメスの心を深く知ってしまえばどうしても憎み恨むことができない。
 ダリューンとナルサスと共に行かなかったのも、ヒルメスをひとりにしたくないという思いからだった。
「・・・アイラ、――っ!」
 体の奥で熱が弾ける。痛いほどに抱きしめられながらアイラは最奥を満たしていくものの熱さに吐息をこぼした。
 体を起こしながら力の入らない腕を叱咤して男の仮面に手をかけると、今度は抵抗されることはなく、すんなりと留め具を外させてもらえる。
 冷たい仮面を乱れ切った寝台の端に置いて、さらけ出された男を真っ直ぐに見上げると、ヒルメスはアイラの視線から逃れて傷跡を隠すように顔を背けた。
 細い指先が傷跡を労わるようにそっと撫で、ゆっくりと顔を正面に向けさせる。
 自分よりも傷ついた顔をしているヒルメスを安心させるように微笑めば、背中を抱く腕がすがり付くように強くなった。
「・・・・・・アイラ、」
 後頭部に回した両腕を自分の方へと引き寄せて抱きしめると、ヒルメスが息を飲む。慰めるように自分の肩口に触れる黒髪を優しく梳いて、アイラはいつも自分がされるようにその髪にそっと口付けた。
 ヒルメス様、と呼びかけようとして焼け付くような喉の痛みに遮られる。
 口元に手を当てたアイラが力なく咳き込むと、ヒルメスは恐る恐るといった様子でその背中をさすった。
 アイラの体に無数に残された噛み跡から滲む赤い血を見て、ヒルメスは顔を歪める。そしてゆっくりと傷ついた体を横たわらせると、自らは顔を背けて寝台を下りる。
 いかないで。そう目で訴えかけたアイラの指先が、乱れることもなかったヒルメスの服の裾を握り締めた。その力はヒルメスがその場から一歩でも下がると簡単に解けてしまいようなくらい、微弱なものだ。
 アイラの意識は今にも沈んでしまいそうなくらい朦朧としている。無理もない。散々に体を陵辱し、浅ましくも獣のように貪り尽くしたのだ。
 自分にそんな無体をした男をそれでも引き止めるのかと、ヒルメスは自嘲的に思った。
「情けをかける必要などない。俺は二度もお前にこんな仕打ちをしたのだぞ」
 緩慢に、けれどもはっきりとアイラは首を左右に振った。どんなにすれ違い、痛めつけられても、それがヒルメスに与えられるものならば拒まない。
 その気持ちを込めて、裾を掴む手に一曹力を込める。
「なぜ、お前はこんなにも俺に、」
 ダリューンとナルサス、あの二人と共に行けなどとは、それでも言ってやることはできない。他の何を失ってもアイラだけは必ず手元に置く。
 我ながら傲慢で独占欲の強いことだと思う。
 狂っている。自分から傷つけておいて何と虫の良い話だとも思う。
 だが、それでも駄目なのだ。
 アイラを手放すことだけは、考えられない。
 そばにいるとアイラは言った。その言葉が自分にとってどれほど価値のあるものか。
 アイラが思う以上に、俺はアイラに執着している。
「俺は、お前に与えられてばかりで何一つ返してやれぬかもしれぬぞ」
 また少し、裾を握る力が強まった。
 汚れることを知らない翡翠色の瞳が、意志の込もった眼差しをひたむきに向けてくる。
 そこに確かな覚悟を持って。
「―――ならばもう、迷うまい」
 呪いにも似た誓いの口づけが交わされる。
 堕天の神が、堕ちるときも共に在ろうと囁いた。


愛に殉じる代償(後編)



【あとがき】
 うーん、難しい。煮え切らない感じがします・・・。愛のあるBADENDは難しいですね・・・。
 がっつり裏表現を入れようか悩みましたが、あまりにも痛々しかったので割愛。期待された方すみません・・・。私には限界でした。
 IF編「愛」シリーズのヒルメスは恐ろしく粘着質です。独占欲も強いです(独占欲に関しては他のIF編でもかなりですが(笑))。
 きっとダリューンやナルサス相手にめっちゃくちゃ嫉妬するんだろうな・・・で、自分から夢主の愛が離れたと疑って痛めつける。
 本文中の「仮面」を外す、外さないは、ヒルメスの心に夢主の想いが届いているかを暗示・・・のつもりで書きました。
 うーん、心情描写が難しい。精進します。また気が向いたら書き直すかもしれません。


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