「リンドウの花を君に」IF編

□幸福の中の独占欲
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《もしもヒルメスが銀仮面卿にならなかったら》
・ヒルメスに(半ば無理やり)抱きかかえられて一緒に乗馬する話
・いつも以上に中身のない雑文(笑) 


* * *


「あの、ヒルメス?」
「なんだ」
「この状況はいったい・・・」
「気にするな」
「・・・・・・いや、気になります。切実に。」

 いつものように颯爽と愛馬にまたがるヒルメスはそれだけで様になる。
 貴族らしく色白で、繊細にかつ男らしく精悍に整った面立ちと、鍛え上げられた長身の体躯。派手ではないものの、品の良い濃色の外套を着こなし、すれ違う女性たちは黄色い声と甘い視線を一心に注いでいる。
 その居たたまれなくなる視線と、好いた男性の腕の中にいるという今の状況に、アイラは羞恥に赤くなる頬を抑えつつも胸を高鳴らせている。
 馬にまたがるヒルメスの腕に囲われるようにして、ちょこんと横向き座らされた状態のアイラは、穏やかではない状況にそっとため息をついた。
 きっかけは数刻前に遡る。
 先日まで足を痛めていたアイラがようやく一人で歩けるようになった頃、街へ下りる急用が出来たために留守にすることをヒルメスに告げに言った。
 するとヒルメスはみるからに難色を示して眉間に深く皺を寄せ、「共に行く」と言って立ち上がった。
 まあ、そこまでは何の疑問も持たなかったのだ。
 二人で馬を駆って港町に下りることは稀ではない。が、問題はアイラの予想を超えていた。
「私、ひとりでも馬に乗れるのに」
 得心を得ないヒルメスの素っ気ない解答に、口の中でぼそぼそと苦情を申し立てていたアイラは諦めて肩を竦ませる。
 パルスの民は十に満たない歳の頃から馬を与えられて乗馬に励む。パルスでは一通り馬を扱えなければ一人前とは呼べないのだ。
 王族であったヒルメスの技量は人並み以上、おそらくパルス国内で片手に数えられるほどの騎手だろうと思う。
 そのヒルメスの技量には及ばないとはいえ、アイラ自身も万騎長仕込みの自負はある。それこそ百騎長程度であれば勝てる自身もある。
 だからヒルメスがわざわざアイラを抱えて馬に跨っているという、現状ははっきり言って謎なのだ。
 仔馬の頃から手塩にかけて育てた立派な栗毛馬は、二人を乗せていてもまったく疲れた様子はない。
 だからといって、まるで王子様のような貴公子に抱えられて、人通りの多い街中を悠々と闊歩する勇気もアイラにはなかった。
「ような、ではないわね・・・正真正銘、王子様なのだし・・・」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も・・・あの、ヒルメス。視線がとても恥ずかしいのだけれど」
「だから気にするなと言っている」
「そうは言っても・・・」
 こんなところを師や同僚に見られたらどうしようと思い、アイラはキョロキョロと視線をさまよわせて挙動不審になる。
 そんなアイラの考えていることなど微塵も理解していないヒルメスは、頬を赤らめているアイラを斜に見て、無表情を装いつつも小首を傾ける。
 今更だが、ヒルメスはまったく人目というものをはばからない。王族だから見られることに対しては別段気にもならないらしい。
 一緒に暮らし始めてその事実を知ったアイラは、まさか自分までがそう豪胆になれるはずもなく、事あるごとにこうして羞恥にさらされるのだ。
「俺に乗せられるのは嫌か?」
 そう言う聞き方は狡いと思う。
 けれどヒルメスは普段は冷静で聡明なのに、ふとしたところで鈍い。端的に言えば凡人とずれている。
 そうして認識の違いを確認するたびに、折れるか負けるかするのはアイラの方だった。
「嫌、ではないけれど・・・」
「なら構わないだろう」
「それとこれとは違う問題なのに」
 知り合いに見られると恥ずかしいと口ごもりながら言うアイラに、再び小首を傾けたヒルメスは、ならばと、裾の長い自身の外套にアイラの体をすっぽりと抱き込んでしまう。
「ヒルメス?」
「見られるのが嫌なら、こうしていればいい」
 いや、確かにこうしていれば見られることはないかもしれないが、それ以前に心臓が持ちそうにないとアイラは口の中で反論する。
 腰を抱き寄せられたためにヒルメスの胸板に頬が触れるくらいに密着している。街の雑踏を見ていた視界はすっかり黒い布地に覆われてしまっている。
 鼻腔をくすぐるヒルメスの匂いに激しく動揺したアイラは、無意識に自分の心臓を抑えた。
「・・・・・・もう、何も言わないわ」
「それでいい。お前は俺だけを見ていればいい」
 今のは完全に確信犯だ。鈍くて分かっていないのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。
 してやられた感を持て余したまま、アイラは負け惜しみだと分かりつつもぎゅっとヒルメスの腰に腕を回して抱きついた。
 恥ずかしくて堪らないけれど堪らなく幸せで、この複雑な想いがヒルメスにも分かればいいと思った。


幸福の中の独占欲



【あとがき】
 一発書きの思いつきネタです。お目汚しをしました・・・。
 ヒルメスってきっと人目をはばからないタイプだよねー。だって王族だし。という安易な思いつきから生まれました。
 それに振り回されて羞恥でいっぱいの夢主と、どうして恥ずかしがるのか分からないながらも、天然に(時に確信犯)たらしこむヒルメスが見たいです。(笑)
 お粗末さまでした。


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