「リンドウの花を君に」IF編

□愛を信じられたなら(番外)
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《夢主がヒルメスと一緒に行動していたら》
・「愛」シリーズver.夢主の懐妊話。
・夢主とヒルメスが普通に恋人(狂愛的ではないです)
・前後編の後日談。軽い小話。


* * *


 アイラの懐妊が分かってから数日が経った。
 周囲に気丈に振舞うアイラの、心の奥にひた隠した不安に気づいていたヒルメスは、多忙の合間を縫って惜しげもなく自室へと戻る。
 そうしてヒルメスが顔を出すたび、アイラは申し訳なさそうにしながらもほっとした安堵の表情を浮かべて自分を出迎えた。
 相変わらず体調は優れないものの、気は晴れている様子のアイラは何を話すでもなく長椅子に座って貴重な休息の時間を過ごすヒルメスに寄り添った。

 その日、昼下がりにできたわずかな暇にヒルメスが自室へと戻ると、いつも出迎える健気な姿はなかった。扉の前に侍らせた侍女によるとアイラは奥の寝室で眠っているという。
 寝室につながる扉をそっと押し開いて、空いた隙間から体を滑り込ませたヒルメスは、広い寝台の端に体を丸めるようにして眠る愛しい姿を見つけてほっと息をつく。
 姿が見えないと不安になるのは、我ながら子供のようだと苦笑をするしかないが。
 侍女の話では今朝から少し体調を崩していたらしいが、薬湯を飲んだ今は落ち着いているようだ。
 自分が来たら起こしてほしいと伝言を頼んでいたようだが、体調が悪くて眠っているのなら無理に起こす必要はないと侍女を下がらせ、アイラが眠る寝台へと腰かける。
 わずかな振動が寝台を揺らすが深く眠っているのか、目覚める様子はなかった。
 安心した様子で眠るアイラの寝顔は起きている時よりも幼く見えて、ヒルメスは普段引き結んでいる口元を無意識に緩ませた。
 幼い頃のアイラは、それはもう万騎長たちが手を焼くほどのお転婆で、とかくヒルメスを巻き込んで外で遊ぶのが大好きだった。
 ようやく再会してからは、そのお転婆さこそ見受けられなかったが、相変わらず誰に対しても臆することなく意見するし、間違ったことは許せない質らしい。
 療院の前で武器を持つルシタニア兵に向かって啖呵を切るその姿を見つけたときは、さしものヒルメスも肝を冷やしたものだ。
 その時のことを思い出して、いささか苦い顔をしたヒルメスは、そっと腕を伸ばして手の甲で薄く色付いた頬を優しくなぞった。
 眠るアイラが無意識のうちにその手に擦り寄る素振りを見せる。まるで猫のようだとヒルメスは仮面の下で目を細めた。
 しばらく戯れを繰り返していると、扉の向こうから入室の許可を求める声が控え目にかけられる。
 途端に表情を改めたヒルメスは、打って変わって鋭い視線を扉へと向けた。
「サームか、入れ」
 了承を得て粛々と入室してきたサームは、寝台に眠るアイラとそのそばに腰を下ろしたヒルメスとをみて一瞬瞠目して立ち止まる。
すぐにはっとして、絨毯が敷かれたその場に跪いて頭を垂れた。
「休息の所、申し訳ありません」
「よい、火急の用なのだろう」
「は、……ギスカールらにアイラのことを感づかれた由にございます。アイラの素性と銀仮面卿との関係について探っているようで」
「他人の女をこそこそ嗅ぎまわるとは無粋にも程があるな、“王弟殿下殿”はさぞやお暇なのであろう」
 癇に障ると言わんばかりに険を帯びた声音で言うと、サームは深く平服する。
 ヒルメスがことアイラに関しては別段感情の起伏を露わにする様子を、彼はよく見知っていた。
「我らが王都を留守にしている間のアイラの警備を強化させる必要がございましょう」
「果たしてそれだけで足りるものかな……丁度良い機会かも知れん。そろそろ“ルシタニアの軍師”であることに飽いてきたところだ」
 ルシタニアを利用したのはあくまでアンドラゴラスを排除するためだった。その目的が果たされた今、利害が一致しない目下の相手に媚びへつらう理由はない。
 ヒルメスの視線が再びアイラに向けられる。アトロパテネの戦いと王都陥落よりこちらアイラの行動を制限してきたが、アイラが自分の元に留まる決意をした今、いつまでもこの狭い空間に拘束し続ける必要はない。
「さすればいかがいたしましょう」
「ザーブル城の攻略にはアイラも連れていく。戦が終われば、多少の暇も生まれようからな」
 ザーブル城にはヒルメスだけではなくサームやザンデも出陣する。そうなれば王都にひとり残されるアイラは心細い思いをすることになるだろう。
 そうなるよりも、手元に置き、目に見えるところに居させたほうがいい。
 眠るアイラの横顔を眺めるヒルメスの目はどこまでも優しい。
 そのことにご自身は気付いておられないだろうが、とサームは平服したまま目元を緩める。
「では、そのように取り計らせて頂きます」
「ああ」
 深々と一礼したサームがいざ退出しようと立ち上がりかけたその時、寝台の上がもぞもぞと動き、気の抜けた声が上がったので、サームは思わず足を止めて寝台を見た。
「ん―…、ぅ? ヒルメス、さま…?」
 寝返りを打った拍子に目覚めたアイラが眠たげな目元をこすりながら、ぼんやりとヒルメスの顔を見上げる。
 幼い子どものようにあどけないその仕草に男二人は無言で笑い声を耐えしのんだ。
 サームの脳裏に在りし日、中庭の隅でよく昼寝をしていた少女の面影が写る。
 そして、そう言えばあの時もこの子はヒルメスの姿を探していたのだと思い出し、今も昔も変わらないものがあることに気付かされるのだ。
「目覚めたか、アイラ」
 ヒルメスの落ち着いた問いかけに、夢見心地のアイラはこくりと頷き、それからややあって、目を見開いたかと思うと勢い良く上体を起こす。その顔は状況を理解しようと百面相を繰り返している。
「体調が優れなかったのだろう、急に動くな」
「ああ、いえ、はい。えっと、ヒルメス様、いつからそこにいたのですか…。起こして下さいと申し上げていたはずなのに……それにサーム殿まで。気付かずに寝ていて申し訳ありません……」
「構わん」
「いや、気にするな――では、ヒルメス殿下、失礼いたします」
 サームが出ていったのを見送ってから、アイラは改めてヒルメスに向かい合う。
「ヒルメス様、サーム殿と何の会話をされていたのです?」
「大したことではないが……アイラよ、俺は近々ルシタニアの城を攻める。お前も共に来い」
「ルシタニアの? 私も、ですか?」
「無論、危ない目には合わせぬ。お前はただ本陣にいればいい。あとふた月後のことだがやはり体調が気がかりだな……まだ無理はできんか」
 細い腰を抱き寄せて亜麻色の髪に顔を埋めると、白い手が腰に回した腕に触れて応じる。
「ふた月後でしたら、今よりも良くなっていますよ」
「そういうものか」
「はい。悪阻は落ち着いていくものですから」
 それに、とアイラは目先で揺れる耳飾りの石を指先で弄びながら、伸びをしてこめかみに口づけを落とした。
「貴方と一緒なら、どこへでもお供します。怖いものなどありません」
 そう言い切れるだけの愛とぬくもりを与えてくれた貴方のために。そしてこの身に宿る命を守るために。
 怖いものなどない。ただ唯一の、貴方がそばにいてくれるのなら。
「ヒルメス様、わがままを言ってもいいですか」
「なんだ」
「もっともっと抱きしめてほしいです。ヒルメス様の腕の中にいると安心できるので」
 図々しく、はしたない願いだっただろうかと、言ってからアイラは少し後悔して俯きかける。普段なら口にしないようなことや行動をしてしまう。なんだか情緒不安定だなと療師みたいなことを思った。
 言われた本人はもちろんそう思わなかったようで、それでも滅多とないアイラの本音にわずかに目を見開く。
 俯いた顔を手で包み込んで上を向かせると、切なげに潤む翡翠色の瞳にはっとする。
 いつも凛とした瞳が頼りなげに揺れているのを見過ごせるはずもなく、邪魔な仮面を外してから、ヒルメスは今にも涙がこぼれそうな眦に口づけた。
「お前がそう望むのなら、何度でも――……」
 顔中に柔く触れていく唇にくすぐったそうにしながら、アイラはとろけるような笑みを浮かべて微笑んだ。


愛を信じられたなら



【あとがき】
「幸福な未来を…」が途中なのですが、ちょっと息抜きに「愛を信じられたなら」の後日談を書きました。
 前の更新からだいぶあいてしまいましたが…。
 私生活が多忙すぎて、笑えます。ほんとにもうくたくたのよれよれでした(笑)
 さてさて、「愛を信じられたなら」前後編ではサームが活躍してくれたので、彼も出して、尚且つヒルメスが夢主を甘やかして、夢主がヒルメスに甘えて、といろんな話を入れてみました。
 久々に筆を執ったので、多少読みにくい部分もあるかと思いますが、許してくださいm(_ _)m
 この「愛」シリーズも、ぼちぼち王宮の軟禁生活からおさらばできそうですね(笑)
 ルシタニアのみなさん(主にギスカール)との絡みも書きたいなとか思っていますが…。それはまたおいおい…。
 「狂気的に行ってみよう!」なIF編のはずが、いつの間にかやっぱり仲がいい夢主とヒルメスになっていました。
 うちのヒルメス殿下は性格ねじ曲がって(?)おりますが、夢主のことはとことん甘やかしたい気質のようです。
 狂気的・BAD話は気が向いたら完全、独立の短編として書きますね。と言いつつ、筆者はそれらはあまり得意ではありませんが…。
 書きたいものはいっぱいです。まとまった執筆時間がほしいです。切実に。
 次回もお楽しみに。


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