「リンドウの花を君に」IF編

□幸福に満たされる夜
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《もしもヒルメスが銀仮面卿にならなかったら》
・「しばらく家を留守にしていたヒルメスが帰ってきて、夢主が寂しさで甘えまくるとかいかがでしょうか…?」(question「キュンと甘い話」コメントより)→そのネタ、頂きます!
 ――というわけで、ひたすら甘々の裏話(R-18注意)です 


* * *


「ヒルメス――…」
 こぼれ落ちる吐息とともに愛する人の名を呟けば、切なさがこみ上げてくる。もう何度、その名を口にしたことだろう。
 灯りを落とした寝室は薄暗く、静寂に包まれている。
 いつもなら名を呼べばすぐに応じてくれるその人は、引き受けた仕事の都合でここ二週間ほど屋敷を留守にしていた。
 結婚する前は何とも思わなかったのに、今はひとりでいることがこんなにも苦しく、心細く感じられる。我ながら重症だと、寝台の上で寝返りを打ったアイラは小さな溜息をついた。
 いつもぬくもりに包まれて眠る寝台は一人寝をするにはただただ広い。
 それでも最初の一週間は忙しさに任せて乗り越えられたのだ。しかしついに我慢していた気持ちが堰を切ったようだった。
 ちょうど二週間目となる今日は、朝から散々だった。今まで一度も間違えたことのない薬草の調合をしくじって、師には呆れられ、エルアザールの同僚たちには心配されつつ冷やかされた。
 しまいには何も手につかなくなって早めに仕事を切り上げて屋敷に戻ってきたのだが、屋敷にひとり残されるというのも、今のアイラにはまた堪えた。
「早く、戻ってきて……」
 貴方がそばにいないと、さみしくてたまらない。
 ぬくもりを求めて敷布をたどる手は実に心もとない。面影を思い出そうと閉じた瞼の裏で微笑むその姿には声が届かない。
 アイラは自分の体をかき抱くように抱きしめて肩を震わせた。
 月明りに照らされてきらめく雫が一筋、白い頬を流れ落ちていく。
『お前は泣いてばかりだな』
 そう言って呆れつつも、優しい手つきで涙をぬぐう指先の温かさがひどく恋しかった。


 長期に及んだ商隊の護衛の仕事が終わり、帰路を急ぐヒルメスが高台に立つ屋敷にたどり着いたのは夜半を過ぎてからのことだった。
 月はすでに天高く上がり、人々が寝静まるギランの港町に淡い光を降り注いでいる。
 夜が明けるまで商館で休んでいけばいいという商人の好意を断って、夜道を馬で駆けてきたのは他でもない、屋敷でひとり待つ最愛の妻のためだ。
 逸る思いを引き締めた面持ちの下に隠したヒルメスは、強行軍で無理を強いた愛馬を労わりながら厩につないだ後、足早に玄関をくぐり、真っ先に寝室へと足を進める。
 腰には剣を帯び、外套も羽織ったままの旅装だが、妻の顔を一目見るだけならと足音を消して寝台へと近づく。
 そうして、月明りをまとうように眠る妻を視界に入れて、ヒルメスは人知れず安堵の息をついた。
 万に一つ何かがあるわけでもないが、結婚してからこんなにも長く離れていたのは初めてのことだったから、無事をその目で確かめるまでは安心できなかったのも事実だった。
「アイラ…」
 寝台の端に片膝をついて寝顔を見つめながら最愛の人の名を囁けば、丸くなるように眠るやわい体が小さく身じろぐ。
 はっとしたヒルメスが身を引くより早く、夜闇の中でも映える翡翠色の美しい瞳が、ヒルメスの姿を写した。
「ヒル、メス……?」
「ああ、今帰った」
 起こしてしまったことを悔いつつ観念したヒルメスがそう答えるのと、寝台から身を起こしたアイラがその腕に飛び込むのとは、同時だった。
「ヒルメス――っ」
 耳飾りの赤い石が揺れる首筋に鼻先をつけて頬をすり寄せながら、アイラは外套の端をきゅっと握りしめる。勢い良く起き上がった拍子に夜着の裾が乱れたことにも気付かない。
 ヒルメスが驚いた様子でわずかに身を固くする合間も、アイラはこぼれそうになる嗚咽を堪えることに必死になっていた。
「どうした、」
「ううん、なんでもないの……なんでも、なくて…」
「――アイラ」
 ぬくもりを近くに感じて、耳朶を痺れさせる低い声で名を呼ばれることが、こんなにも愛しくて、胸が熱くなる。
 次第にじわりと視界がぬれていく。
「お帰りなさい――ヒルメス」
 首に回した手に力を込めてアイラが言った。
 ヒルメスは妻の細い体を両腕でしっかりと支えて抱きしめると、亜麻色の髪にゆっくりと顔を埋める。アイラが好んでつけるジャスミンの香油の香りが心地よく鼻腔をくすぐった。
「ああ、ただいま……」
 どちらともなく重なり合う唇は互いの熱を伝え合う。何度も何度もついばむように交わっては、それはやがて深いものになっていく。
 息継ぎの合間を縫って、アイラの肩を軽く押して敷布に押し倒すと、ヒルメスもまた寝台へと乗り上げる。
 覆いかぶさった体勢のまま、貪るような口づけを続けながら自身の外套に手をかけると金具を外して脱ぎ、寝台の下へと落とす。
 手探りで外した腰の剣を寝台のそばの机に立てかけると、ヒルメスを見上げるアイラは続きを乞うように熱に浮かされた瞳を切なげに細めた。
「いいか」
 わずかに焦燥を孕んだヒルメスの短い問いかけに、アイラは頬を赤めながらもこくりと頷く。
「手荒になったら、許せ」
「いいの、強く、抱きしめてほしい……」
「煽るな」
 半ば唸るように言い返し、ヒルメスはアイラの夜着の腰帯に手をかける。軽く結わえただけの心もとない帯をするりと解けば、前合わせの薄い夜着はあっけなく開けて、瞬く間にまろやかな肢体を露わにする。
 ためらうことなく、さらけ出させた肌に顔を埋めて吸い付くと、頭上から甘やかな吐息が零れ落ちた。
「ぁ……っ、ぁ」
 一人寝で冷え切ってしまっていた体に熱が灯っていくのがわかる。
 久々の高揚感に待ちきれないアイラは、はしたないと分かっていても目の前にある黒髪に指を絡めて続きを促した。
「っ、ぁ、…あぁ、ヒル、メス……ッ」
「煽るなと、言っていように。…後で文句は言わせんぞ。覚悟しろ」
「だって、ぁ、あっ…、ずっと、まって、」
「淫らなことを考えながら、か?」
 ヒルメスが喉の奥で笑う。まろやかな胸の頂きを弄ぶように指でいじりながら、片方を口に含むとびくりとアイラの体が震える。
「いじわる、いやぁ、――ぁあ、っ」
「意地悪? 意地悪ではなく、事実を述べたまでだ。アイラよ、今日はいつになく素直だな」
「――っ、ふ…ぁ、あ!」
 焦らすつもりのないヒルメスは性急に愛撫を進めていく。快感を与えられる一方のアイラはついていくのに必死でまともな返事ができない。
 ヒルメスが吸い付くような肌を下へとたどって、そこへたどり着くと、アイラはさっと顔を赤らめて両足をすり合わせた。
 触れられてもいないのにしどしどと濡れそぼっているそこを知られることに羞恥を感じたからだ。
 アイラのそんな心情を全て見通していても一切容赦などしないヒルメスは、事もなげに両足を開かせると、蜜を滲ませる下着を取り払ってそこに頭を寄せる。
 言質はすでに取っているだ。躊躇する理由はヒルメスにはなかった。
「ひぃ、あぁ―…、や、ぁあ…あっ」
 途端に高い嬌声が上がり、過度な快感にアイラが嫌がるそぶりを見せる。それを簡単に抑え込み、敏感なそこを舌で愛撫しながら、ヒルメスは身の最奥から沸き起こる熱に吐息を漏らした。
 二週間という長さは、思いのほかヒルメスにも堪えていたらしい。本人の気付かないうちに溜まっていた熱が愛しい女を前にして溢れようとしていた。
 早急な愛撫でもすぐにとろけ出す、ヒルメスの指をくわえ込んだそこは、きゅうと心地よく締め付けては収縮を繰り返す。その言い得ぬ感触にごくりと唾を飲み込むと、指先の動きを速めさせた。
「あ、あぁ、……ふ、ぃ、――も、ぅ、ぃあっ!」
 今にも達そうとするそこから指を勢いよく引き抜く。跳ね上がる体を抑え込んで両足をすくい上げると、一呼吸を置いて自身を突き入れる。
 一息に入れ切ってから内の熱さに息をつめたヒルメスは、強い快楽を感じて奥歯を噛み締めた。
 息をつくヒルメスの下ではアイラが荒い息を吐き出している。挿入の衝撃で気をやったばかりの若い体は余韻を引きずって小刻みに震える。快感からあふれた涙が、幾筋も頬を零れ落ちていった。
 ふいに、柔らかなぬくもりが頬に触れる。指で涙をぬぐうその仕草は、アイラが待ち焦がれていたものだった。
 優しくて、あたたかい。愛しい人の手だと、アイラは熱い吐息をこぼす。
 それも束の間、内をいっぱいに満たした熱が動き始めると、もう何も考えることができなくなった。
「ふ、あぁ、っ、ぁああ!――ヒル、メス……ぁ、ぁあ!」
「もっと俺を感じろ。寂しさなど、忘れるほどに」
 他人からしっかり者に思われがちなアイラがその実、ひどく寂しがり屋で涙もろいことをヒルメスだけが知っている。そのことに言い知れない愉悦を感じる。
 寝台に縫いとめた体を深く犯し尽しながら、絶えず煽ぐ唇を塞いで舌を絡めとる。
 涙を湛えてきらきらと光る翡翠の瞳と、白い敷布にたおやかに流れる艶やかな亜麻色の髪。ヒルメス自身に開かれて、快楽に溺れるその肢体。何度求めても飽きることはない。
 矜持高いヒルメスが唯一、心から愛し、求める最愛の伴侶。そのすべてを曝け出させて、奪い尽くしたいと願うのは男の性か。
 半ば暴力的であり、情熱的なその想いは、ヒルメスを心底陶酔させた。
 だが、アイラ以外にこんなにも身を焦がすことはない。だからこそ、お前にだけこの身を与えよう、とヒルメスは強く思う。
 再び絶頂を迎えようとする内壁が自身を締め付けて離さない。言葉よりも雄弁にアイラの気持ちを語るそこに、ヒルメスは満足げな笑みを浮かべた。
 それはアイラが思わずぞくりと身を震わせるような、怜悧で甘美な笑みだ。
 熱を孕んだ互いの視線が交わったその瞬間、アイラの内壁がぎゅうと狭まる。それに抗うことなくヒルメスは欲に身をゆだねた。
「――アイラ、っ、ぅ――!」
「ぁ、っ、――ぁ、ぁああ!!」
 先に達したのはどちらか。底知れない深い絶頂感が二人を襲う。身を沈めたままヒルメスは、強すぎる快感におびえるアイラの体を労わるように抱きしめる。
 自身も余韻に浸りつつも、汗で額に張り付いた髪を梳き上げてやりながら、なかなか整わない息の中で頬を上気させた妻を改めて組み敷くと、アイラはわずかに目を見張っておずおずと頭を持ち上げた。
「あの、ヒルメス、もう……」
「もう? これで終わりだとは言わさんぞ」
 女なら誰もが即座に虜にされそうな凄絶な美貌で、ヒルメスは貴公子然と笑う。
 アイラも例外なく目を奪われて、心をとらわれる。
「煽ったのはお前だ。責任はとれ」
 拒否権は許さない。離れている間、妻を不安にさせた分、今夜はじっくり愛でてやろうとヒルメスは心に誓った。


幸福に満たされる夜



【あとがき】
 きゃー!恥ずかしい/// 書いている本人までヒルメスの色気にやられそうです…。
 最近は甘酸っぱい青春なお二人を書いていたので、ふとした衝動からR-18なお話を書きたくなりました。
 筆のおもむくままに書いていたらなんだか長文になりました。
 説明は…特にないです。ただいちゃいちゃしてる二人が書きたかっただけの安易な発端です。
 questionに届いていたコメントは「キュンと甘い話」だったはずなのに、書き終わってみたらほぼ裏でした(笑)
 コメントを下さった方、期待外れでしたらすみませんm(_ _)m
 皆様からのコメントはお話作りのいいアイディアになります!むしろ、もっとネタを下さい。 
 ご期待に沿えるかはわかりませんが(筆者の力量の問題で)、参考にさせて頂きたいと思います。
 ではまた、お粗末様でした。


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