「リンドウの花を君に」IF編
□純愛と贖罪の輪舞
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《夢主がヒルメスと一緒に行動していたら》
・最初シリアス、最後甘め。ほんのりRっぽいシーンもあるので閲覧注意
* * *
熱に犯された長い夜が過ぎ去ると、途端に現実に引き戻される。
現実を見る恐ろしさに苦悶しながら、夜の間じゅう締め切られていた薄暗い寝室の窓を開くと、そこにあるのはルシタニアの暴虐によって無残に破壊された王都だ。
眼下に見下ろすこのエクバターナでは、今もパルスの民衆が虐げられながら暮らし、王の帰還のときを待ち望んでいる。
今日か、明日か、明後日か。栄華の都に平和が戻るのはいつなのか。
民衆の声無き叫びが手に取るように伝わってくる。その悲しみと苦しみが手に取るように分かる。
それを分かっていながら……愛する人と救うべき人たちを天秤にかけて、彼を選んでしまった自分に、どんな未来が待っていることだろう。
弱い自分は彼に抱かれることを甘んじて受け入れ、その庇護を与えられることに慣れてしまった。
体を開かれるたびに自身の理性も共に解かれていくのを感じる。
手を差し伸べるべき弱者を知りながら、切り捨てたも同然に見過ごすことはエルアザールの理念に反する。
―――そうと知っていても私はヒルメス様を選び、そして彼に愛されることに喜びを覚えている。
昨夜の名残を残した寝台の隅に忘れられたように置かれた護身用の短剣が、ふいにアイラの目に入る。
―――これですべてを“終わらせる”ことができるかもしれないのに。
だが、今のアイラにはその刃を誰に向けるべきかすら分からない。
どこかぼんやりとした気持ちのまま、短剣を手に取って持ち上げる。
鞘を左手に持ち、柄を握り閉めて刃を晒すと、窓から差し込む朝日を浴びて怪しくきらめく刀身が感情の抜け落ちた顔を写し出した。
「――何をしている」
怒りを含んだ低い声音が落雷のようにアイラを打ち、はっとして正気に戻ると、すぐそばに闇より深い色の外套をまとった男が佇んでいる。
驚いて言葉に詰まると、銀の仮面の下の目が鋭い眼光を放った。
ごくりと息を飲んだアイラの怯えた表情を読み取ったのだろう、ヒルメスがわずかに身を引く。その一方で視線は鋭くアイラを射抜いたままだ。
アイラの中に忘れていた恐怖がよみがえる。再会したあの日の記憶を体は鮮明に覚えていた。
色を無くして無意識に後ずさり、足をもつれさせてよろめいた細い体をヒルメスの肩腕が軽々と抱きとめる。
「ヒルメス、さま……」
逞しい腕に引き寄せられるがまま体をぎこちなく預けると、強張った両手から短剣が抜き取られる。
それを目で追うこともせず、アイラは脳裏に焼き付いた記憶を消そうと頭を振った。
何も言わないヒルメスに不信を覚えながらも、上がり切った呼吸を整えることに集中した。
ヒルメスは取り上げた短剣を険しい面持ちで一瞥すると静かに懐に収める。
自分が少しばかり出ていた間に、目覚めたらしいアイラが抜き身の刃を手にしていたことはヒルメスを大いに動揺させた。
何より刃を見つめるアイラの目が本人も気付かない危うさを孕んでいたことに、言い知れぬ危機感を抱いだ。
最悪を想像したが、アイラの表情からはそんな様子は見られない。おおよそ無意識の行動だろうが、自覚がない分恐ろしさも感じた。
そしてそれと同じくらいに、自身を見て怯えたアイラの様子に腹立たしさと小さな胸の痛みを覚える。
「来い」
短く命じると腕の中のアイラは不安げに瞳を揺らす。
すぐに従わないことに内心いらつきを覚えたが、これ以上の無体は理性に反すると思い留まり、そっと軽い体を抱き上げた。
まだ整えてもいなかった寝台に戻されてアイラは動揺する。
あの日のようなことを繰り返すつもりがないのがヒルメスの様子から分かっていても一度植え付けられた恐怖はすぐにはなくならない。
触れる手が優しいのと引きかえに、ヒルメスの目が激昂を孕んでいることもそれを思わせる。
自分は何か、彼の癇に障ることをしてしまったのだろうか。
促されるままに背中を乱れたシーツの上につける。
仰向けになった体に覆いかぶさるようにしながら、ヒルメスは重い口を開いた。
「何をするつもりだったかは知らぬが、これはお前が持つべきものではない」
これ、と先ほど自身の懐に収めた短剣を指して言う。
護身用のために持っていると思っていたから気にも止めなかったが、先ほどのような危うい意図を持って扱うのなら話は別だ。
「刃は簡単に人を殺められる。憎き敵もあだなす奴らも、そして己自身すらも」
アイラが息を飲む。見開かれた翡翠色の瞳にじわりと涙が浮かんだ。
先ほどまでの激昂を鎮めたヒルメスは諭すように続けた。
「お前の手は何のためにある。刃を持って人を殺めるためか。そうではないだろう」
ひとつ、ふたつと涙が頬を伝い落ちていく。その瞳に先ほどまでの虚無と恐慌が消えて冴え冴えとした理性が戻るのを、ヒルメスは安堵と思慕の想いで見つめる。
愛しい人が見せる不屈の誇りと英知を湛えたこの瞳を、ヒルメスは深く愛おしんでいた。
「アイラ、お前に刃は似合わぬ。お前の手が穢れることなど断じて許さぬ……妙な気を起こすこともだ」
隻眼が一瞬鋭さを取り戻したかに見えたが、それはすぐに普段の無表情に戻る。
ひとつ息をついて仮面を外したヒルメスは、嗚咽する白い首筋にそっと顔を埋めた。
昨夜も散々貪ったそこに音を立てて吸い付くと、熱を思い出したらしい体がびくりと震えた。
首筋から耳朶へ、そして頬へと順にたどって最後に唇を塞ぐと甘やかすような浅い口づけから徐々に深いところまで犯していく。
ん、と鼻に抜けた吐息に煽られて、手のひらで薄い夜着の上から肢体をなぞる。際どい所をなぞられると敏感に感じるらしい。
「ヒルメス様、離してください……ぁ、だめ、です」
理性を取り戻したばかりのアイラは、明るい場所で体を開かれようとしていることに羞恥を覚えて顔を赤らめた。
ヒルメスは目を細めて愛しい人を見下ろす。
清廉潔白な本来のアイラの様子に満足すると同時に、さてどうして崩してやろうかと愉しい気持ちにもなる。
「お前には罰を与えねばな」
「なっ、」
呆気にとられたアイラが一拍置いて絶句する。
「もう二度と変な気を起こさせぬためにだ」
「変な気なんて起こしていません!!」
「聞こえぬ。どんな罰がいい?――もう嫌だと泣いて乞うまで責め続けられるのがいいか。あるいは自分ですべてしてみるか」
悪戯な手が隠された性感を高ぶらせようと暗躍する。
「やぁ、……ぁ、やだ、ヒルメス、様っ」
耳朶のすぐそばであれやこれやと囁かれて泣きそうになりながら震えているアイラを見下ろして、ヒルメスはさも満足げに口端を持ち上げた。
「明日は寝台から起き上がれぬかもしれんな」
「――っ、」
ならば早々に逃げ出そうとヒルメスの下から這い出たアイラは、しかしすぐに腰を掴まれて有無を言わさず寝台に引き戻される。
うつ伏せに押さえつけられて、体重をかけないまでものし掛かられると今度こそ逃げ場を無くした。
「自業自得だと思え、アイラ」
肉食獣が獲物を仕留めるときのように首に歯を立てられると、アイラはピタリと動きを止める。
このまま一気に喰われてしまうのかと固唾を呑んでぎゅっと目を閉じると、ヒルメスはゆっくりと亜麻色の髪を撫で梳かした。
「急くのも勿体ない。じっくり味わってやるから安心しろ」
どうやっても彼から逃げられないことを悟ると、顔の横に置かれた大きな手に自分のそれを重ねて小さく口を開く。
「や、優しくして、ほし……」
舌足らずな口調と切なげな瞳が媚びるような婀娜っぽさを孕んでいることにアイラは気付いていない。
例の如く無自覚という名の凶器の前に自身の欲を刺激されたヒルメスは、目の前の獲物をさも愛しげに見つめた。
「お前が言う通り優しくしてやろう。……恐れなど感じられぬほど蕩けさせ、俺なしではいられぬように……」
―――俺だけを求めるように。他のものを全て手放してもよいと思えるまで、じっくりと。
純愛と贖罪の輪舞
【あとがき】
最近は「幸」シリーズばかり書いていたので、久しぶりに「愛」シリーズの二人を書いてみました。
「あれ、こんな関係と雰囲気であってたっけ?」と思いながら書いたのでニセモノだったらすみません(笑)
「愛」シリーズは微妙に矛盾を抱えている二人が見どころで、互いに両想いなのに、それぞれにいろんな複雑な思いを抱いています。
そこを書くのがほんとに難しい!
「幸」より俺様で強引で非道(?)なヒルメス様を目指して頑張りましたが……不完全燃焼な気が(笑)
今回は夢主の心の中の葛藤も考えながら書いてみました。
でも結局はヒルメス様に流されている気が……。
毎度、皆様の反応はどうかと恐る恐るUPさせて頂いてます。
楽しんでお読み頂ければ嬉しいです。
あ、もう一つ書き忘れていました。
ヒルメスの台詞ですが、「罰」と「仕置き」とどちらの表記にするか悩みました。丸一日くらい無駄に(笑)
「仕置き」だと露骨すぎるかな〜と思って止めたのですが、皆様はどちら派ですか?(笑)