「リンドウの花を君に」IF編
□幸福を招く仔猫の話2
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《もしもヒルメスが銀仮面卿にならなかったら》
・ヒルメスが捨て猫を拾ってくる話(第2弾)
・ヒルメス視点
* * *
百歩――どころか、千歩譲って仔猫を飼うことになったのは許そう。
元々、寂れた路上の隅に捨てられていた猫を拾って帰ってきたのは自分だ。相応の責任は持つ。
しかし、だ。猫を飼うことになってからというもの、アイラとの時間をことごとくこの小悪魔に遮られるのだ。
度量は狭いほうではないが、いい加減、腹に据えかねるものがある。
ただでさえ、アイラは多忙な日々を過ごしている。その中でせっかく得られた二人の時間を、どうして仔猫ごときに邪魔されねばならぬのだ?
今も湯あみを済ませて寝室に戻ると、まだ乱れ一つない寝台の上に我が物顔で鎮座する白いかたまり。
目が合うと途端ににゃあと鳴いて媚びを売ってくる。以前ならば、まだ可愛げも感じられようものだが。
――俺はもうすでにその手には乗らぬ!
「……また邪魔をするつもりか」
言葉が通じないと思っていてもつい口に出して不満を露土してしまう。
今夜だけはどうしてもこの猫に邪魔されるわけにはいかなかった。久々に都合がつく夜なのだ。
自分に続いて湯あみに行ったアイラが帰ってくる前に、この猫をどうにかせねばならない。
溜息をついたヒルメスは、寝台にまるまっている猫に近づく。
すっかり人馴れしてしまった猫は逃げようともせず、ヒルメスの行動を興味津々に観察している。
「ほら、こっちへ来い」
寝台の隅に腰かけて猫へと手を伸ばす。猫は嫌がらずに差し伸べられた腕へと飛び込んだ。
アイラの躾がうまいのか、素直に言うことを聞くあたりはいい。
ヒルメスのほうも満足げに頬を緩める。人間相手には見せない棘のない笑みだ。
猫相手に警戒するのも馬鹿な話なので、ヒルメスにしてもアイラに接するほどに緊張感を解くことができる。
ヒルメスは何もそこまでこの猫を邪見に扱っているわけではないのだ。
ただ、少し、空気を読めない猫にイラつくことがあるというだけで。
「さてお前は今夜、居間で眠るがいい」
ヒルメスの手のひらに乗るほどに小さい仔猫は、アイラに似た碧色の丸い目でこちらを見上げて、にゃ〜と気の抜けた鳴き声を上げている。
こうして素直に甘えているうちは愛らしいと思う。アイラの次くらいには。
そして同時にアイラもこのくらい素直であればいいとも思う。
未だに恥じらって積極的になり切れない初心な妻を思い出してヒルメスはひとり眦を下げた。
「まあ寒くない程度には寝床を整えてやろう」
ところが、腕に頬ずりしてくる猫を抱き上げて居間へと移動しようとすると、嫌がるように袖に爪を立てて、がりがりと甘噛みし始めた。
「……おい」
……小癪な。この俺が下手に出たと思えば、なんだ。
ぐるぅと喉を鳴らして不服そうにしている猫に、ヒルメスはもの言いたげな目を向ける。
このまま居間に連れて行っても袖を離そうにない。
かと言ってアイラが戻ってくれば居間へと追いやるのを可哀想だとか言い出して、そのまま寝台で一緒に寝かねない。
――まさかこやつ、それが狙いか。
「アイラはお前のものではないぞ。それを忘れるな」
齧られている手と逆の手で仔猫の首根っこを引っ掴んで、目線の高さまで持ち上げる。
ヒルメスはじっと猫を睨んだ。人間相手では効果適面な鋭い眼光も猫の前では形無しとみえる。
再び溜息をついたヒルメスは、猫を寝室から出すことを諦めてぽとりと寝台の上に落とした。
すると見る見る内に上機嫌に戻った仔猫は、再びヒルメスの腕にすり寄り始めた。
ヒルメスはもう何も言わず、仔猫を一睨みしてから、お手上げだと言わんばかりに背中から寝台に倒れ込んだ。
寝室の扉を開けるとそこには寝台の上に寝そべる一人と一匹がいて、湯あみから戻ったアイラは小さく目を見張った。
投げやりに仰向けに寝転んだヒルメスの腹の上に仔猫が丸くなって眠っている。
仔猫に乗られて身動きが取れないヒルメスは、眉間に皺を寄せて厳めしい顔をしていた。
「あらあら。仲がいいのね」
「……うるさい。こいつを早く退けろ」
「はいはい」
さも面白いものを見たと言わんばかりに含み笑いをするアイラに、ヒルメスはますます剣呑になる。
「でも、そのままでもいいのでは? その仔、貴方によく懐いているようだし。離したらかわいそうだわ。今日はこのまま眠ったら?」
――そらきた。お前が絶対そう言うと思ったから、居間に連れて行こうとしたのだ!
神妙な顔をして口をつぐんだヒルメスにアイラは小首を傾げる。
「……お前はそれでも良いのか?」
「うん?」
「こやつがいるとお前に触れられぬ。それでも良いのかと聞いている」
拗ねたようにそっぽを向いて何を言い出すかと思いきや。アイラは夫の横顔をまじまじと見つめて、それから小さく吹き出した。
可笑しそうにくすくす笑っている妻を見て気まずさがこみ上げるが、後の祭りだ。それにまごうことなき本音なのだから仕方ない。
「ふふ、貴方ったら」
「……」
「でも、そうね。この仔とはいつでも一緒にいられるもの。……今夜は貴方と過ごしたいわ? ね、旦那様?」
「ふん、初めからそう言えばいいのだ。こやつよりも俺がいいと」
猫を煩わしく扱ったのはヒルメスの方なのだが、それを指摘すると機嫌が悪くなるだろうことは分かっているので、アイラは何も言わない。
言わないかわりに仔猫をヒルメスの上から退かす。
そして、少しだけ申し訳なさそうにしながらも猫に向かい合って言った。
「いい仔だから、今夜は私にヒルメスを返してくれる? 明日、毛並みを整えてあげるから」
じっとアイラの目を見つめてから、にゃあと一鳴きした仔猫が、大人しくアイラの手から飛び降りる。
そしてそのまま、すたすたと床を歩き、アイラが開けたままにしていた扉の隙間をすり抜けていった。
「あやつめ……俺の言うことは聞かぬのに、なぜお前の言うことは聞くのだ?」
「さあ、なぜかしら?」
「まあよい。これでやっと二人きりだ――アイラ」
寝台の上に上体を浮かしたヒルメスが広げた腕の中に、アイラはすんなりと納まる。
忙しい日常の中で寂しい思いをしていたのは、実際アイラのほうかもしれない。
「あの仔がヒルメスに懐く理由がわかる気がする……」
この腕に抱かれているととても安心するのだ。自分を守ってくれそうな人だと、あの猫も分かっているのかもしれない。
背中越しに伝わる人肌の温かさに、アイラは心地よい眠気に誘われる。
しかしそのまま黙って寝かせるほど、ヒルメスは優しくはなかった。
久しぶりに機が巡ってきた夜なのだ。何もなしに終わらせるのは勿体ない。
「アイラ」
「ん……、」
ねむけ眼のアイラの可愛さといったら、もう。言葉では語り尽せないものがある。
ヒルメスは目を細めて、したりと笑う。
「今夜は寝かせられぬ……覚悟しろ」
仔猫よりも愛らしい妻を前にして、抑えなど効くはずもないのだから。
遠くで小さく、応じるように仔猫の鳴き声が聞こえた気がした。
幸運を招く仔猫の話2
【あとがき】
我が家のヒルメスは基本的に排他的です。でも仔猫とか動物は可愛がる。(夢主の次ぐらいに)←
……という感じで、ヒルメスと仔猫の問答をお送りしました(笑)
仔猫が絡むと普段よりも子供っぽい一面を見せるヒルメスというのを意識しながら書いてみました。
どうでしょうか? 普段より可愛いヒルメスになっているでしょうか(笑)
そしてまさかの連日更新です。思いついたネタは睡眠時間を削ってでも即日書く!がモットーです。←いつもそれで翌日死にかける。
もう駄目、ほんと最近忙しいんです。倒れそうなくらい。
でも有り余るアル戦愛で意地でも筆を執り続けます!
追伸。本日(2月22日)はにゃんにゃんにゃんで猫の日らしいです。
計ったわけではないのですが、今朝知ったときは「連日の猫ネタに丁度いい!」とテンション上がりました。