「リンドウの花を君に」IF編

□幸福の夜に蜜の味
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《もしもヒルメスが銀仮面卿にならなかったら》
・夢主がアレな薬を手に入れる話
・性描写まで書く余力がなかったので、とりあえず書いたところまでUPします
・要望と気力があれば、そのうち続きを書くかもしれません……
・時間軸は曖昧ですが、ギランでの生活が慣れてきた頃くらいです


* * *



「……これってほんとに効果あるのかしら?」
 親指と人差し指でつまんだ玻璃の小瓶を光に透かして睨みつけたアイラが、むぅ、と唇を尖らせてひとり呟く。
 薄紅色の玻璃を通して透ける中身は少しとろりとしていて、栓を開けて匂いを嗅ぐと何とも甘ったるい香りが鼻についた。
 そういう薬にありがちな特徴に思え、いかにもあからさますぎて逆に胡散臭い。
「興味本位に買ったはいいけれど、保管場所に困るわね……おいそれと試すわけにもいかないし……」
 つい先ほど薬草の買い付けをした商人から、この玻璃瓶の薬を買わないかと持ちかけられた。
 曰く、娼館で高く取引される愛の妙薬だとか、云々。
 遠く絹の国の仙境にのみ咲く花から抽出した蜜が原料だと聞くが、それ以上は商人も知らないらしい。
 それを聞いたアイラは、怪しい薬に手を出すことにわずかに躊躇したものの、結局は療師としての興味と好奇心が勝り、購入することにした。
 ともあれ、突発的に購入したはいいが、療師団の薬庫へ無造作に保管しておくわけにもいかない。増して得体の知れない薬を誰彼構わず試すわけにもいかない。
 そうして困り果てたアイラは、とりあえず玻璃の小瓶を上着の胸元に忍ばせて自宅に持って帰ることにしたのだった。


 日暮れ前に帰宅したアイラは、所用で港に出向いていたヒルメスと玄関先で鉢合わせた。
 玄関の扉を開こうとしたアイラが馬の蹄の音を聞きつけて振り返ると、ちょうどヒルメスが帰ってきた、という流れである。
「お帰りなさい、ヒルメス。グラーゼ殿との商談はうまく運んだ?」
 馬を降りたヒルメスから外套を受け取りながら、アイラは尋ねた。
 上着の留め具を外して首元をくつろげたヒルメスが、ああ、と投げやりにも聞こえる返事をして妻の頬に口づける。
 くすぐったそうにはにかむアイラに気を良くしたヒルメスは、その細腰をさらって歩き始めた。
「……しかし、あの男とは性が合わん」
 言葉端に疲れた様子を聞き取り、瞼を瞬かせたアイラが首を傾ける。
「グラーゼ殿のこと? 剛毅な方だけれど、気は良い人よ? 師とも仲がいいの」
「……」
「いかにも海の漢という感じよね。それにギランの情報なら全部お分かりになられているわ」
「………」
 ヒルメスの顔に剣呑さが滲む。それをみて、アイラは苦笑した。
「まあ、貴方とは真逆の気質の方かも知れないけれど……ああ、ダリューンとは気が合いそうな人よね」
 遠い王都で暮らす友を思い出して遠い目をしていると、それに気付いたヒルメスの眉間に深々と皺が刻まれる。
 色を濃くした目に睨まれたアイラは苦笑して、夫の胸に頬をすり寄せる。
「そう厳めしい顔をしないで? ダリューンは幼馴染なのよ」
「厳めしい顔などしておらぬ。……この俺がヴァフリーズの甥ごときを歯牙にかけるはずなかろう」
 本当はダリューンのダの字を妻の口から聞くだけで、腸が煮えくり返る思いがすることなど、絶対に誰にも知られたくはない。
 自分が知らないアイラのことを、ダリューンやナルサス共が知っていると思うと、嫉妬で気が狂いそうになる。
 だが今は、自分だけがアイラを独占できる。そう思うことでどうにか荒ぶる感情を抑え込んだ。
「そう? とても怖い顔をしていたけれど」
「しておらぬと言っておる――」
 からかう口調に対して、半ば自棄になったヒルメスは、おもむろに、減らず口を叩く可愛くない唇を些か強引に奪い取った。
 性急に口腔の深くまで舌を差し込み、奥で縮こまる薄い舌を絡め取って吸い上げる。
 驚いたアイラが身じろぎして体を引こうとするのを許さず、華奢な体を抱え上げて玄関をくぐると、そのすぐ脇に置かれた長椅子へと引き倒した。
「――きゃ、っ」
 短い悲鳴が上がる。
 背中から倒れた拍子に裾が肌蹴てむき出しになった細い足の間に、膝をついて動きを封じるたヒルメスは、扇情的な肢体の上に覆いかぶさった状態になってから、ずっと塞いでいた唇をようやく解放した。
 真下から聞こえる荒い息使いがヒルメスを高ぶらせた。
「どうした? 随分大人しいが、もう根を上げておるのか?」
 後頭部で結ばれた革紐をするりと引いて眼帯を解くと、飢えた両目で獲物を見下ろす。
 射竦められて、ぴくり、と細い眉目を引き攣らせたアイラは、頬を染めてヒルメスを睨みつけた。
「いきなりなんてことするの! しかもこんな所で! もし誰かに見られたら――」
 玄関脇に置かれた長椅子の上。そこは、もし万が一誰かが訪ねてきたら、このあられもない姿を見られかねない場所である。
「こんな所でなければよいのか?」
 対するヒルメスは微塵も悪びれる様子がない。
「そう言う問題じゃないわ!」
「ほう、我が妻はこういう趣向はお気に召さぬのか」
 勿体ぶった言いようで漸うとのたまうヒルメスに、アイラはそれ以上の口での反抗は諦めて、ともかくこの現状から脱出しようと試みた。
 とはいえ、衣の裾を膝に敷かれているために足は動かせない。
 かくなる上はと、肘を立てて上体を起こそうとすると、計らずも夫の胸に自らのそれを押し付ける形になった。
「そう言うわりに積極的なことだ」
「ちが、っ、これは、――んっ!」
 悪戯な手がつととアイラの胸元を弄る。
 ヒルメスのもう片方の手は貞操難くきちんと締められた腰帯を事もなげに解いて、あっと言う間に衣を左右に開かせた。
 そこに手慣れている様子を見出して、アイラはぴくりと眉を跳ね上げる。
 その時、ことん、と硬いものが床に落下する音が響いた。
 しまった、と思った時にはもう遅い。物音を聞き止めたヒルメスの目は、床に転がった玻璃の小瓶に注がれてしまっている。
 そこで化粧水だの香油だの、何ということのないただの薬瓶だと取り繕えばよかったのだ。
 結果的に言えば、妙な薬を買い付けたという後ろめたさが勝って、ごくりと生唾を呑んだのがいけなかった。
 アイラの顔色が変わったのを目ざとく見止めたヒルメスは小瓶に興味を示して、それを拾い上げた。
「――アイラ?」
「……はい」
 目の前に翳された小瓶から、アイラが目を背ける。
 あからさまに不自然な態度だと自覚しているが、気恥ずかしさが勝って小瓶を直視できない。
 興味と研究意欲に負けて、それを購入してしまった数刻前の自分を激しく恨んだ。
「これは何だ」
「………」
 窮地と呼ぶべき崖っぷちに立っている。今さら言い訳は思い浮かばない。
「――答えられぬものなのか、アイラ?」
 口をつぐんで冷や汗を流すアイラに、ヒルメスは益々訝しむ。
 何と切り出すべきか悩んでいる様子の横顔を見下ろしながら、実のところ、ヒルメスには小瓶の中身について思い当たる節があった。
 今でこそ妻だけに愛情を注ぐヒルメスとて、マルヤムで彼女と再会するまではそれなりに――実を言えばかなり――荒れていた時期もあった。事実、娼館通いもしていた。
 高級娼館などで一部の客たちが好んで使う媚薬が、確かこのように洒落た小瓶に入れられていたことを、ヒルメスの脳は正しく記憶していた。
 瓶を傾けると、とろりと粘度の高い中身が容器の中をゆっくりと伝い落ちる。
 試しに栓を抜いて匂いを嗅いでみれば、言わずもがな、確信を得られた。
「こんなものをどこで手に入れた?」
 瓶の中身が何か、すでに分かっている様子のヒルメスに、アイラはごまかし切れないことを早々に悟る。
「……今日、療師団へ買い付けに来た商人から買ったの。好奇心に負けてしまって……」
 視線を外したまま、おずおずと答える。
「ほう、好奇心で買ったと。お前は薬と聞けばこんなものにまで興味が湧くのか」
「……ごめんなさい」
「別に怒ってはおらぬ。お前の勤勉さはむしろ好ましい。しかしせっかく買ったのならば――」
 ヒルメスの口角が蠱惑的に持ち上がる。
 ゆっくりと近づいてくる端整な顔にぎゅっと目を閉じれば、耳朶にそっと息を吹き込まれた。
「――研究熱心なお前なら、試してみたいのではないのか?」


幸福の夜は蜜の味



【あとがき】
 久々に「幸」シリーズの更新です。
 Rまで書こうとして途中で挫折しました……。
 期待外れだった方、申し訳ありません……。 
 余談。
 アニメアル戦第2期、来週(第3話)はイリーナが登場しそうでテンションが上がっている管理人です(笑)
 イリーナ大好きです。ほんとに健気で可愛くて、いい子ですよね。
 原作を読み返すたびに泣きますが。
 来週も楽しみに観ます。



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