「リンドウの花を君に」IF編

□純愛と狂愛の境界
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《ヒルメスと一緒に行動していたら》
・二番煎じな気もしますが半端になっていた文章を再利用しました
・シリアス注意。暗いです。気持ちがすれ違っていた頃の話。ヒルメス視点
・ほんのりR注意!
・何でも平気!という方のみどうぞ


* * *


 翡翠色の瞳に銀の仮面の男が写る。
 瞳の中の男は、狂気と欲望を秘めた眼光で獲物を見下ろしている。
 張り詰めた空間を震わせる憐れな喘鳴と、恐怖に引き攣った顔に浮かぶ絶望の色を、男はただ微動だにせず見下ろしていた。




 今の今まで加減せず貪るように抱き潰した柔くもろい身体は、ヒルメスの腕の中で四肢を投げ出してぐったりとしている。
 もはや抵抗する気力も体力も残っていないらしい。
 頼りなく細い身体のなかを荒らして幾度も吐き出した熱に代わって、手放していた理性が戻ってくると、ヒルメスの胸中に湧き起こるのは、いつも決まって罪悪感だ。
 アイラを手酷く抱いた後はいつも、この言い表せない罪の意識に苛まれた。

 いつの間にか気を失うように眠りについたアイラをそっと寝台に寝かせ、抱き込むようにしてヒルメスもその隣に横になる。
 寝苦しそうにみえる青白い頬を指先でそっとなぞると、そこには濡れた感触が確かに残っていてヒルメスは眉を顰めた。
 触れた頬は冷たく、やつれ切っている。元々細身の体もさらに痩せたように見える。
 身じろぎすら億劫そうな体から小さな震えをかすかに感じて、ヒルメスは手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。


 ルシタニアの捕虜になったアイラを戦利品として王宮の自室に閉じ込めたのは、一週間ほど前のことだ。
 それ以来、あまり眠らず食事も喉を通らないようだと、女官から伝え聞いたヒルメスは、舌打ちしたくなる苛立ちを仮面の下に隠してアイラのもとを訪れた。
「――なぜ食事を取らない? 死に急ぐつもりか、お前の体に無体を働いた俺への当てつけなのか」
 怒りを押し殺してかすれた低い声音が、ぴんと張り詰めた空気を裂くと、やつれた様子のアイラが目を伏せる。
「目をそらすな」
 ヒルメスは顔を背けられたことに腹立ちを感じて、折れそうなほど貧弱な首をつかんだ。
 指先にぐっと力を込めると、アイラは薄く唇を開いて呻ぐように息をする。
 苦しそうにゆがめられた眉をみて、ヒルメスは得も言わぬ愉悦を覚えた。
「……ぁ……う、ぐっ――」
 手の甲に爪を立てられても、か弱い女の力程度ではヒルメスには痛くもかゆくもない。
 痛みなど気にならないほどに、複雑に混ざり合った感情が胸の奥にわだかまっている。
「許さぬ…! 俺を拒絶することなど断じて許してなるものか……」
 ずるりと、抵抗していた細い腕が落ちる。アイラの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 色を失った唇から音のない声がもれ聞こえると、怒りに駆られていたヒルメスの心が初めて揺らいだ。


 ヒルメスの目には震える唇が確かに音を紡いだように見えた。
 その瞬間、首にかけた指先から途端に力が抜けていくのを、ヒルメスは自覚した。
 言い知れない焦燥を感じて唇を引き結ぶ。
 崩れ落ちかけた細腰を抱き寄せ、くっきりと指先の痕がついた首筋をぎこちなく撫でて、自身は深く息をつく。
 長い亜麻色の髪に指を差し込んでゆっくりと頭を引き寄せると、自分の肩口に頭をもたせ掛けさせた。
「……お前を失うことなどできぬ――アイラよ、どうすればお前は俺を受け入れる?」
 様々な感情を押し殺して出した声音は無意識のうちに震えている。
 意識が朦朧としているのか、アイラはその言葉の意味が分からないようだった。
 度重なる精神的な苦痛にすっかりと覇気を無くした瞳に見入られると、胸をえぐられるような言葉にならない苦しみがヒルメスを襲った。
「――俺が憎いか?」
 ヒルメスは腕に抱いていたアイラの体を寝台へと寝かせると、その上にゆっくりと覆いかぶさる。
 するとそれまでぼんやりしていたアイラが、初めて抵抗らしい抵抗を見せる。
 いやいやをするように必死に身を捩っている。
 本人にしてみれば精一杯の抵抗なのだろうが、弱り切った体力はすぐに力尽き、少し待てばもう息を切らしている。
 抵抗をもろともせず大きく上下している胸の上に右手を滑らせながら、ヒルメスは先ほど痛めつけた首筋に顔をうずめると、アイラはびくりと体を跳ねさせて小さく悲鳴を上げた。

 男に体を許すという行為に、とかくアイラは怯えを見せた。
 ついこの間まで性的なことなどとは無縁の生娘で、なんの心構えも出来ぬままに男を受け入れさせられたのだから無理もない。
 初夜に乱暴にした自覚はあるし、その後一日と開けずに貪り続けていれば、行為に怯えはすれ、喜ぶはずもなかった。
 他の女なら深い絶頂を幾度も味合わせてやるだけでよかった。そうすれば大抵の女はヒルメスに屈して自ら腰を振る。
 しかしアイラは絶頂感自体を恐れているのか、ヒルメスが快楽を覚えさせようとすればするほど怖がって泣いて、しまいには心を閉ざしてしまうのだ。
 自分を拒絶するばかりで一向に心を開こうとしないアイラに、最初は優しく接してやりたいと思っていたヒルメスも、苛立ちを覚えて結局好き勝手に抱き潰してしまう。……そういう夜がもう幾日も続いていた。




 ぎりぎりまで体力を削り取られたアイラは懇々と眠っている。
 罪の意識に加えて、ヒルメスを襲うのは一向に満たされない心の虚しさだった。
 何度抱いても、抱きしめても、愛のない行為はただむなしいだけだった。
 愛しい女の体は魅惑的で、芳しく、とろけるような胎内に包まれていると我を失い、何度でもいつまででも抱いていたくなる。
 しかし熱が冷めると一気に現実の厳しさの中に落とされるのだ。
 そしてこのまま、心を通わせられぬまま、アイラが壊れてしまうのではないかと思うと、呼吸すら危うくなるほどの苦しさを覚えた。
「……っ、」
 胸のむかつきと吐き気を覚えて頭を振る。
 しばらく目を閉じてじっとしていると、不意にか細い悲鳴を聞いた気がして、ハッとアイラの顔を覗き込んだ。
 額に薄く汗をにじませたアイラは悪夢でも見ているのか、体を強張らせて小さく縮こまっている。
 まるで体を守るようにしている様子が哀れで痛々しいと思うのに、元凶のヒルメスには慰めてやることもできない。
 引き攣った呼吸が少しでも楽になるよう、そっと背中をさすってやりながら、ただじっと見守り続けた。


 夜のとばりが深くなって、仄かに照っていた月明かりも厚い雲の下に隠れた頃、アイラはようやくひとときの安らぎを得たようだった。
 それを見届けてから、ヒルメスは音を立てずに寝台を降りる。
 規則正しい呼吸で眠るアイラに人知れず安堵の息をつく。
 掛布を肩まで引き上げてやり、一度だけ軽く髪を撫でてから、ヒルメスは静かに寝室を後にした。


純愛と狂愛の境界



【あとがき】
 お久しぶりです。「愛」シリーズを書くのもとっても久しぶりです。
 不定期すぎる当サイトの更新を忍耐強く待ってくださっている心の広すぎる読者様は果たしているのでしょうか…不安です、、

 甘いお話を書きなぐってると唐突に暗いお話が書きたくなる管理人です。
 次作は甘いお話を書きますね。

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