「リンドウの花を君に」短編

□自覚のない恋心
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《十年ぶりに王都に戻ってくる幼馴染を迎えに来たダリューンとナルサスの話》


* * *


「ダリューン、少し落ち着いたらどうだ」
「俺は落ち着いている」
 城門の前をまだかまだかと忙しなく行ったり来たりする友に、城壁に背中を預けて腕を組んだナルサスが呆れたようにため息を付く。
「そう急かなくともアイラはもうすぐ戻ってくるさ」
「分かっている」
 口ではそう返すがダリューンは早る気持ちを抑えるのに随分必死そうである。
「・・・・・・自覚のないまま初恋の相手を十年も恋煩っているのか、この馬鹿は」
「? 何か言ったか、ナルサス」
「いや何も」
 さていつになったら自覚するのか。それとも恋に満たない淡い想いだから、他に好きな女が現れたら忘れ去るものなのか。
 いずれにしても傍で見せられているナルサスとしては、もだもだと煩わしいことこの上ないのである。

「ダリューン! ナルサス! 久しぶりね、二人とも元気にしていた?」
 知らせを受けて城門の前に迎えに出たダリューンとナルサスの前に、今し方到着したばかりの同行の商隊から抜けてきたアイラが駆け寄ってくる。
 二人とも背伸びたねなどと暢気に微笑むアイラの顔を凝視したまま、ダリューンはその場に縫い止められたように動かない。
 馬鹿みたいに口をあんぐり開ける友の脇を肘で小突きながらも、ナルサス自身も内心戸惑いを隠せなかった。
 ―――綺麗になった。とても。
 ナルサスは素直にそう思った。
 ―――いや元々愛らしい顔立ちをした少女ではあったのだが。そうではなく、もっと内面的な部分のことだ。
 友を嗜める傍らで、ナルサスは不躾だと思いながらも幼馴染をじっくりと観察してしまう。
 腰まで伸ばした亜麻色の髪を首元で一つに束ね、翡翠の瞳は英知を宿し、思慮深く優しい色をしている。身内から離れたギランでの暮らしによって、甘さはすっかり抜け、少女の面影を残しながらもすらりとした立ち姿は凛とした大人の女性そのものである。
 その癖、昔と同じようにやわらかく微笑むのだ。実にあざといではないか。
 “その気”がないナルサスでも思わず見惚れてしまいそうになるのだ。まして“その気”が多少なりともある友にとっては。
「・・・まあ、こうも変われば無理もないか」
 いっこうに立ち直らない友に苦笑したナルサスは代わりとばかりに口を開く。
「久しいな、アイラ。お前こそ息災だったか?」
「ええ、元気よ。明日から王宮の療院で働き始めるつもりなの」
「そうか。修行中は各地を巡っていたのだろう? 珍しい書物や旅先の話を聞きたい」
「もちろんよ。二人とも今日の夜は予定ある? なければうちで夕食でも一緒にどうかしら。お土産に絹の国の美味しいお酒を買ってきたの」
「それは興味深い。是非いただこう。ダリューン、お前も行くだろう?」
「あ?」
「あ、ってダリューン。私の話を聞いていた?」
 ―――ああほら、そうして小首を傾げる仕草も男を殺すぞ。
 すべて無意識なのだからアイラは強い。
 友の心中を慮って、ナルサスは獲物を見つけた鷹のように目を細めた。
「き、聞いていたぞ。酒だろう? 馳走になる」
 落ち着けとダリューンは自分に言い聞かせた。女を知らない歳でもあるまいし。何を意識しているのだ。立派な騎士が女一人にたじろいでいてどうする。
「うん。じゃあ二人とも今晩ね」
 アイラが微笑むたびに胸が高鳴って仕方ないと、手を振りながら去って行く背中を見送りながらダリューンは思った。
 食い入るようにまじまじとアイラの後ろ姿を追っていたダリューンの視界を遮るように、憎い笑みを浮かべたナルサスが回り込む。
「ダリューン」
「な、何だ」
「いや別に」
「何もないならいきなり名を呼ぶな! 視界に現れるな!」
「ひどいなダリューン。それが友に対して言う言葉か」
「知らん! 俺は鍛錬に行ってくる!」
 これ以上この場にいては墓穴を掘りそうだ。ナルサス相手に口で勝負しようとは思わない。
 ダリューンは言うや否や、アイラが去って行った方向と逆の方向に歩き出す。今日ばかりは伯父の厳しい剣稽古を受けても悪くないと思った。
「・・・・・・あれで本当に自覚がないんだから重傷だな」
 足早に去って行く黒い背中にぽつりと呟いたナルサスは、鈍い友を心底同情するように深くため息をついた。


自覚のない恋心



【あとがき】
 前略。ダリューンが可愛い今日この頃・・・。
 ヒルメスonlyのサイトのはずなのにダリューンとナルサスがでしゃばってすみません。本編でもこの二人の出番が多いです。
 このコンビ大好きです。
 でもごめんなさい。ダリューンに初恋成就の見込みはないです。ほんとにごめんなさい。
 因みに田中氏の原作だけ読んでた時はナルサスが一番好きでした。銀仮面卿は実はあんまり・・・のはずだったのに、漫画とアニメ版のいじらしさに瞬殺されました。火を怖がるシーンとか、鏡を殴り割るシーンとか、母性をくすぐられる人ですよねー。
 私は基本軍師系のキャラが好きなはずなのにーと思いながらもう一度原作を読み直して、今度こそヒルメス殿下に全てをかっさられてしまいました。イリーナとのシーンは毎回泣きます。
 ダリューンも好きだけど彼は殿下第一の忠犬ですし、ナルサスもナルサスで国を興すことに一筋ですからね。
 三人とも結婚には程遠い人たちですね。
 まあ何かにひたむきな男性って憧れますけどね。


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