「リンドウの花を君に」短編

□ぬくもりをくれた人
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《王宮で暮らし始めたばかりのアルスラーンが夢主と初めて出会う話》
・アルスラーン視点


* * *


「外に、出たい・・・」
 ようやく十に届いたばかりの歳のアルスラーンは、誰もいない廻廊から空を仰いで呟いた。
 王宮の中の生活は退屈だ。毎日が決められた通りに進んでいく。
 市井で暮らしていた頃は世の中のことなど何も知らず自由だったのに。
 何も分からないまま、突然この王宮に呼び戻された。
 それならまた、突然外に放り出されるのではないだろうか。
 もしまた、外に出られたら――
 ずるり。
 空に手を伸ばした状態でぼうっと一歩前に足を差し出したアルスラーンは、そこに段差があることに気づかないまま、思いっきり躓いて床に転がった。
 膝をぶつけた痛みにきゅっと目を瞑ると涙を浮かんでくる。恐る恐る痛む足を見ると、赤いものがじわじわと流れ出していて、ぐっと息を飲む。
「やってしまった・・・」
 また、怒られてしまう。ここでは行儀よくしていないと侍女たちが慌て出すのだ。そしてしまいには、あの冷たい目に睨まれて――
「大丈夫ですか」
 突然、自分以外誰もいないと思っていた廻廊に知らない女の声が響いて、アルスラーンはびくっと肩を震わせた。驚きすぎて、咄嗟に言葉が出てこない。
「ああ、血が出てしまっていますね。そのまま、動かないでください」
 侍女とは違う動きやすそうな服を着た女性がひとり、アルスラーンの前に腰を下ろす。
 ふわりと柔らかそうな亜麻色の髪が風に揺れている。
 宝石みたいに輝く碧色の瞳が心配そうに自分を見ている。
 とってもきれいな人だとアルスラーンはぼんやりと思った。自分の母親だというあの人もきれいだったけれど、あの人の目はいつも冷たい。
 けれど目の前の人は、まるで春のひだまりのようにあたたかい。
「手当をしてしまいますから、少しじっとしていて下さいますか」
 そう言って慣れた手つきで傷口を拭き、小さな瓶に入れられた傷薬を取り出しはじめる。
 アルスラーンは、目をぱちぱちさせながら恐る恐る口を開いた。
「おぬしは、誰だ・・・?」
「ああ、申し遅れました。私はアイラと申します。ダリューンの友人です」
「ダリューンの友人・・・? ひょっとしてダリューンが言っていた、数年前に王都に戻ってきたという療師か?」
「はい。今日から殿下の教育係のひとりに任命され、殿下をお探ししていたのです」
 なぜだろう。優しい笑顔を見ていると肩の力が抜けていく。
 大人はダリューンやバフリーズ以外みんな恐いと思っていたのに、アイラは大丈夫だ。なぜだか、はっきりとそう思えた。
「さあ、これでもう大丈夫です」
「・・・手馴れているな」
 真っ白い布がきっちりと巻かれた自分の足を見ながら、アルスラーンが言う。
「本職ですので。それに、ダリューンから殿下は少し危なっかしい所があると伺っていましたので、傷薬を持ってきていて正解でした」
「む、ダリューンがそんなことを・・・」
「ダリューンは心配しているのです。もちろん、私も」
「けれど私は・・・」
 ―――王宮にいてもいいのだろうか。王子と呼ばれてもいいのだろうか。
 アルスラーンは心の中で自分自身に問いかけた。
 ダリューンのように話し相手になってくれる者はすごく少ない。
 疎外感が抜けない王宮の中で、ただひとり心細さに怯えながら暮らしている。
「アルスラーン殿下」
 あたたかい声が自分の名前を呼ぶ。
 よく知っているダリューンの手よりもずっと小さくて細い手が、あまり好きではない剣術の稽古で荒れた自分の手を優しく取って、労わるようにそっと握られると、なぜか目の奥が熱くなった。
「殿下はこのパルスにとって大切な人です。それに殿下が怪我をしたと知れば、ダリューンが大慌てで駆けつけて来ますよ。“殿下、ご無事ですか!? 殿下の敵はこのダリューンが倒してみせます!”と」
 ダリューンなら言いかねない。というか絶対にそうなる予感がする。
 実際に想像してみたアルスラーンは、その面白さに思わず笑ってしまう。
「たしかに。ダリューンならすぐに飛んできそうだ」
「そうでございましょう? ですから、殿下はお怪我をなさいませんよう。もし怪我をしてしまいましたら、ダリューンに見つかってしまう前に私をお呼び下さいね」
「ああ。そうしよう」
 なんだか心が軽くなった気がする。アイラの雰囲気と言葉が、氷を溶かすように心に染み込んできた。
「アイラ」
「はい」
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
 今はまだ、自分がこの王宮にいる意味を見つけられないけれど、独りではないなら、きっと大丈夫だとアルスラーンは思った。


ぬくもりをくれた人



【あとがき】
 ちょっと息抜きにヒルメス以外のお話を書いてみました。
 アルスラーンと夢主が初めて会ったときの話。
 拍手小話にしようと思いましたが、少し長くなったので短編に更新します。
 拍手小話はまた別に考えたいと思います。更新しましたらまたお知らせしますね。
 アニメ1話のアルスラーンの可愛さに悶えました(笑)
 あ、もちろんヒルメスの小さい頃も可愛いですけどね!
 ヒルメス夢を期待された方、肩透かしですみません。でも筆者は殿下も可愛くて好きです。(母性をくすぐられるんです。自分の歳を感じてしまう・・・)


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