「リンドウの花を君に」短編

□はじまりの日
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《ヒルメスと夢主の出会い話》


* * *


 これはまだ二人が幼く、幸せだった頃の話である。
 祖父に連れられ王宮に上がることが、その頃の私の日課だった。両親を早くに失い父方の祖父に引き取られた私は、万旗長を勤める祖父に付いて王宮へと上がることが楽しみで仕方なかった。
 王宮では様々なひとに会った。無骨な手で頭を撫で、抱っこをしたり肩車をしてくれるサームやカーラーン。歌や書を教えてくれたマヌーチュルフ。中でも見習い武官だったシャプールやキシュワードのことは兄のように慕っていた。
 けれどもその日、珍しくも一人で王宮の中庭を散歩していた私は、その少年と初めて出会ったのだ。
 今にして思えば、あの日の出会いこそが、初恋のはじまりだったのかもしれない。
「あなたはだあれ?」
 中庭の隅にあるお気に入りの大きな木の木陰にその日は先客がいた。
 あどけなさが残る中にも聡明さを秘めた整った顔立ちのその少年は、無言で自分より幾ばくか年下の少女を見返した。
 少女は柔らかそうな亜麻色の髪をふわりと風に揺らして、幼子特有のほってりと色づいた頬をしている。幼いながらも目鼻立ちの整った愛らしい子どもだ。どこかの貴族の娘だろうか。
 少年は無言で少女を見つめた。
 待っても返事をしない自分に少女は少しだけむすっとしたように見えたが、すぐに翡翠色の瞳をきらきらさせて近づいてくる。
「それ、とってもきれいね」
 少女は少年の手の中にある青い色の宝石を食い入るように見ながら言った。
 少年が手にしていたのは、今朝母から譲られたばかりの菫青石のペンダントだった。しずく型に加工され、細い鎖につながれたそれは、太陽の光を浴びて美しく輝いている。
 だが、ペンダントより何よりも、少年は、ほとんど間近に迫った少女の顔に釘付けになっていた。なんて飾り気のない無垢な笑顔をするのだろうと少年は思った。
 少年の周りには貼り付けたような愛想笑いをする大人たちばかりだった。だから、少年の目には少女の笑顔がひどく眩しかった。
「これ、君にあげるよ」
 咄嗟にそう口にしていた。なぜだか、このペンダントを少女が持っていれば、また会えるかもしれないと思った。
「いいの? でも、それはあなたのたいせつなものでしょう?」
「いいんだ。君にあげる」
 少年はもう一度そう言って、少女の手にペンダントを握らせた。
「ありがとう!」
 ペンダントを両手で大事そうに包み込んで、顔を花のようにほころばせた。
 その満面の笑顔に少年の心は大きく跳ね上がった。赤くなる頬を隠すように早足でその場をあとにした。名前を聞きそびれたと気づいたのは、それから自室に戻ってからのことだった。
 
 ――今にして思えば、この日の出会いこそが、初恋のはじまりだったのかもしれない。


はじまりの日



【あとがき】
 ヒルメス王子はきっと夢主に一目惚れだったと思います。
 夢主の方はまだ幼いからその自覚はないけれど、やっぱりきっかけとなったのは菫青石のペンダント。もらったその日からずっと大切に持ち歩いています。
 余談ですが菫青石とはアイオライトのことで、石言葉は「初めての愛」と「誠実」です。 ヒルメスがそのことを知っていたかは定かではありませんが、運命の出会いだったかもしれません。
 原作でもアニメでも、ヒルメスという人物は本当に辛い運命を背負った人だと思います。アルスラーンが表舞台の主人公なら、彼は裏舞台の主人公。人一倍悲しみと孤独の中で生きてきたのでしょう。
 そんなヒルメスを夢主はずっと一途に愛しています。彼と一緒にその苦しみを分け合い、彼を守りたいと思っています。

 連載中の本編でも二人が早く幸せになれるといいですね。
 長々と失礼しました。今後とも本編のお二人を見守っていただけますように願って。


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