「リンドウの花を君に」短編
□その想いが愛に変わる日を
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《“もしもヒルメス(大人)の前に夢主(幼少)が現れたら”な小話》
・完璧ネタです。キャラ崩壊注意
・ヒルメスは決して変質者ではありません
・大丈夫な方だけお読みください
* * *
いかにも好奇心いっぱいです、と言った様子の幼子がきょろきょろと首を振るたびに、亜麻色の柔らかそうな髪がその背中でふわりと揺れる。
くりくりした大きな翡翠色の瞳はしばらくして、自分の前に背の高い男が立っていることに気付くと、目をまんまるにして首をこてんと傾けた。
「だあれ?」
間延びした呂律のあやしい幼子の声に、背の高い男――ヒルメスは自らの思考を停止させた。
目の前にいる幼子は、自分を凝視したまま微動だにしないその男を別段気にした様子もなく口を開く。
「ここ、どこ? わたし、おうきゅーのおにわで、ひとをまっていたはずなのに」
“おうきゅー”とは王宮のことかと、ヒルメスは無表情の下で(内心は目下混乱中)考える。
となれば、幼子の待ち人は――
「ヒルメス、どこ……?」
――やはり。幼子が探しているのは自分か。
否、自分というには語弊がある。正確には二十年ほど前の自分、ということになるはずだ。
目を細めたヒルメスは改めて幼子を見下ろした。
手触りが良さそうな亜麻色の髪は“今”よりも短く、肩を少し超えたほどしかない。
翡翠色の瞳は感情の起伏をよく写し、薄っすらと染まる頬と色付いた唇は“今”とそう変わらない……ごほん。
自分は何を呑気に観察しているのか。
ヒルメスはこのあり得ない現象を夢であると半ば無理やり結論付けながら、何となしに居心地悪さを感じて咳払いする。
自分よりかなり大きい身長の男がひとり動揺している様子を、幼子はきょとんしながら見ていた。
「あー、なんだ。お前は……」
……何と言ったものか。
幼子が誰であるか自分は知っているし、幼子が探している人が“ヒルメス”である以上、今の自分が名乗り出るわけにもいかない。
そんなことをすれば、間違いなく幼子を混乱させてしまうだろう。
「わたしは…? あ、わたしのなまえ、アイラっていうの!」
知っている!と心の中で言い返しながら、ヒルメスは曖昧に頷く。次に続く言葉に嫌な予感しかしない。
「おにいちゃんは?」
ほらきた。さてどう答えたものかとヒルメスは口ごもる。
しかし、それよりも幼子が自分を見て“おじさん”ではなく“おにいちゃん”と言ったことに幾ばくか安堵する。
もしここでおじさん呼ばわりされたら、きっと立ち直れない。
「いや、俺のことはいい。それよりもお前は――」
「おまえ、じゃないわ。アイラよ!」
相変わらず名前にこだわるらしい。そう言えば自分も王宮の中庭で散々、名前を教えてほしい、もしくは呼んでほしいとぐずられていた。
懐かしい思い出に自然と頬が緩む。今のアイラが聞けば十中八九赤面して、昔のことだから忘れてほしいと訴えることだろう。
「アイラ」
目の前にいる幼子に対してか、瞼の裏に浮かべた最愛の人に対してか、ヒルメスはその名を呼ぶ。
目の前の幼子は、もちろん自分のことだと認識して、むっとしていた表情を途端に引っ込めて、春の日のひだまりのような笑みを浮かべた。
その笑顔に、不覚にも心臓を躍らせたことは一生誰にも知られまい。
「なあに?」
「待っている人というのは、どんなやつだ」
何となしに(幼子相手に妙な下心はないと信じたい)問いかけると、幼子は少しばかり考え込むようにしてから勢いよく顔を上げる。
「ともだち!」
無意識に固唾を呑んで見守っていたヒルメスは一気に脱力する。
……本当に立ち直れないかもしれない。
まあ、やっと自我が芽生え始めた頃だろう幼子にそれ以上の解答を期待した自分も愚かだが。面と向かって言われるとさすがに堪える。
「……そうか」
かろうじて返したヒルメスに、無邪気な幼子は続ける。
「あ、でも」
「なんだ」
今度は何を言われるのかと身構えながら、幼子を見下ろす。身長差がかなりあるため、幼子はほとんど上を向いている。
首を痛めそうな体勢だと思い、溜息とともにその場に膝を折ると、幾分か縮まった距離の中、幼子の翡翠色の瞳を覗き込んだ。
「いちばんだいすきなともだちなの!」
ヒルメスはその言葉を三拍ほどかけてゆっくり脳内でかみ砕くと、否応なしに赤面する。
とんだ不意打ちだ。“ともだち”以上の破壊力に、ヒルメスは上気する頬を隠そうと幼子の目を片手で塞ぎ、深呼吸を繰り返した。
「う?」
“う?”ってなんだ! もう黙っていろ。その口は兇器だ。俺は断じて変質者ではない!
三十路手前の大の男が幼子の目と口を塞いでいる光景が、傍からみればそれこそ変質者に見えていることなど、自分を落ち着かせることに必死なヒルメスは気付かない。
そうしているうちに目を塞がれていたためか、眠たそうに目元をこすり、あくびをし始めた幼子の体がふらりふらりと危なっかしく揺れ始める。
再び溜息をついたヒルメスは、手を下ろしてから今度は両手で幼子を抱き上げた。
自分の肩口に頭を乗せるようにいい、小さな背中を数回軽く叩く。それだけで、幼子は本格的に夢の世界へと入り込んでいく。
我ながら手慣れたものだと思いながら、ヒルメスはほとんど重さの感じない幼子の体をやんわりと愛しげに抱きしめた。
「――今はまだ、“いちばんだいすきなともだち”であろうとも、その気持ちがいつか、“最愛の人”に変わる日を待っている」
その想いが愛に変わる日を
【あとがき】
執筆中、途中からヒルメスがアブナイ道に走らないか心配でした(笑)
このヒルメスはたぶん夢主と結婚してしばらく経って、子供も生まれた後のヒルメスでしょうか。小さい子をあやすのにも慣れているっぽいので。
もしヒルメス(大人)の前に夢主(幼少)が現れたとすると、ヒルメスはめっちゃくちゃ甘やかしてデレデレしてくれたら、もう最高です!なネタ話でした。
逆パターンも書きたいです(笑)