「リンドウの花を君に」短編

□ああ、愛しの王子様!
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《酔った夢主が幼馴染二人に有り余るヒルメス愛を暴露する話》
・ヒルメスは最後だけ登場。ナルサスがメインでしゃべってます
・注意:最初から最後までネタです。夢主が壊れてます。何でも来い!という方だけお読み下さい
・時代背景や詳細設定など難しいことはなしで、軽い気持ちで読んでください


* * *


 膝の上に置いた書物をめくる繊細な指先。
 一心に文字を追う伏せがちな瞳。
 女性よりも艶やかで色気がある精緻な美貌。
 わずかに乱された衣の合わせから垣間見える白い首筋と胸元。
 長椅子の背にもたれて深く座り、長い足を持て余して組むその姿。
 それらすべてが完璧で、時を忘れて見惚れてしまう。
 この世で一番、愛しい人。片時も忘れられない唯一の人。
 ああ、ヒルメス。私には貴方だけ。貴方だけが全てなの。
 私が貴方を想うように、貴方の心にもずっといられたら、どんなに満ち足りたことかしら……!


「……アイラよ、惚け話なら他所でやってはくれぬか? 先ほどからダリューンの居た堪れなさ加減が、見るに耐えかねん」
 最愛の夫のことを饒舌に語る年下の幼馴染の豹変した様子に、いささかたじろいだナルサスが苦笑交じりに口を挟む。
 彼の隣では顔面から床に突っ伏した状態で身じろぎ一つしないダリューンが、酒のせいでなく顔を赤面させて鼻血を堪えている。
 久々に王都に里帰りしてきたアイラのために、幼馴染三人で飲もうと、自宅に酒の席を用意したのはいい。
 アイラが持参したギランの酒と肴も格別だった。
 ところが加減を忘れて酒に酔ったアイラが、理性と恥じらいを吹き飛ばして文字通り覚醒してしまったのだ。
 そこからはもうずっと、この場にいない彼女の夫の話を永遠聞かされている。
 ――主に、自分がどれほど深く夫のことを想っているかについて。
「どうしてナルサスには分からないの!?」
 頬を高揚させてアイラが仰々しくのたまう。
 夢見心地の彼女は、自分がどれほど恥ずかしい台詞を口走っているのか理解していないことだろう。
 もしここに紙とペンがあるなら、今の彼女の告白を一言漏らさず書きとめ、素面に戻った彼女に見せつけるものを。
 ……否、止めておこう。
 先ほどの台詞など思い出したくもない。色恋の伝道師ギーヴでも赤面するだろう。
 それほどまでに甘く熱い愛の言葉だ。
 しかもそれを、小さい頃から親しい付き合いで妹のように可愛がってきたアイラの口から聞くことになろうとは。
 ……悪夢だ。
「どうしてヒルメスの溢れる魅力を分かってくれないの!?」
「……お前な、俺やダリューンがお前の旦那の魅力を知ってしまったら気持ち悪くてかなわんだろう」
 正直分かりたくもない。
 客観的に見れば、確かに整った顔をしていかにも女にもてそうだとは思うが、ただそれだけだ。
 断じて気色の悪い気持ちを抱いたりはしない。
「いいえ! ヒルメスの魅力は万民受けするものなのよ! 誰が見ても問答無用で見惚れてしまうわ!」
「……ほう」
「普段は自分に厳しく禁欲的なのに、たまに見せてくれる甘い笑顔が堪らないの! それにいつも私を労わってくれて、ほんとに優しくて!!」
「……そうか」
 アイラは両手を胸の前で組み合わせて、乙女のように花のかんばせをほころばせる。
 酒の幻覚でなければ彼女の周りに花畑が見える。
 最早彼女の前にいるのは、俺でもダリューンでもない。愛しの王子様だけだ。
 適当に相づちを打つだけで精一杯なナルサスは、いよいよ耐えられなくなってきた頭痛に盛大に顔をひきつらせた。
「ああ! なんて麗しい王子様なのかしら、私のヒルメスは!!」
「お前、酔うとキャラが変わって面倒なタイプになるのだな。いつものお淑やかさとほのぼのさをどこへやった……」
 今やダリューンはこの寸劇に耐えかねて気絶する道を選んだらしい。
 できることなら自分も意識を飛ばしてしまいたいと、ナルサスは切に願った。
 それか今すぐアイラの夫が現れて彼女を連れて暇乞いしてくれないものか。
 そんなナルサスの切実な願いが神に届いたのか、屋敷の下男が眼帯の陰気な男(どう頑張ってもナルサスの目にはそう見える)の来訪を告げた。
 助かった!っとナルサスは胸を撫で下ろす。
 下男の案内で部屋に通されてきたヒルメスを真っ先に見とめたアイラが、華が開いたような笑顔で迎える。
「ヒルメス!」
 珍しく人目も憚らず抱き付く妻にさしものヒルメスもわずかに目を見張ったが、周囲を見渡して――特に床に突っ伏して息絶えているダリューンと、青ざめた表情で自暴自棄になっているナルサスを――大よその状況を悟ったらしい。
「……帰るぞ、アイラ」
 自分にも経験があったことなのか、その声には男たちへのいささかの同情が含まれていた。
 放っておくと転びそうなくらいおぼつかない足取りの妻をひょいと抱き上げたヒルメスは、そのままそそくさと去っていく。
 やっと解放された、とナルサスが盛大な溜息をついた。
「何の話をしていた」
「もちろんヒルメスの話よ! 貴方がどれだけ魅力的で素敵な旦那様かって言うことを話していたの」
 それを聞いて満更でもない様子のヒルメスの横顔と、そして他人の屋敷で堂々となされた二人の口づけに、ナルサスは見て見ぬふりを決め込んだ。
 それからひとり残されて困ったように苦笑する。
 どうやら夫婦仲は不安事など一つもなく安泰らしい。
 アイラに浅からぬ気持ちを抱いていたダリューンには悪いが、ナルサスにとっては実の妹のように思ってきたアイラの幸せな様子に憂うことはない。
 あの男にとっても、アイラと添い遂げられることは最も幸福な道だろう。
 もし彼の人がパルス王国と若きアルスラーン国王にとって弊害になっていたなら、ナルサスはその知略を持って排除しなければならなかったのだから。
 たとえその結果アイラが悲しむことになったとしても。そうならなかったのだから、めでたし、めでたしで大団円だ。
 実際は、めでたしで終わらない男がナルサスの隣に一人いるのだが。
「起きろダリューン! 今夜はヤケ酒に付き合ってやる。と言うかこのむかつきを発散させろ。今日は朝まで飲み明かすぞ!」
 ナルサスは残された幼馴染の頭を乱暴に叩きながら、雑多に宣言した。


ああ、愛しの王子様!



【あとがき】
 筆者がお酒を飲んでいて思いついたネタです(笑)
 夢主はお酒に弱い自覚がないタイプの人です。自分は飲める!と思って飲んで、気付いたらいろいろやらかしてるタイプ(笑)
 たぶん翌日起きたときには全部すっかり忘れてます。台風一過みたいな(笑)
 ヒルメスは上戸なのでたまにわざと夢主を酔わせては、あれやこれやと暴露させて、あわよくばいい思いを味わってるんでしょうね。
 そう言えば、肝心のヒルメスの前で夢主が酔った話を書いていなかった気が。
 今度書いてみようかな(笑)
 こんなふざけたお話ですが、楽しんで頂ければ嬉しいです。ではまた、次作で。


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