「リンドウの花を君に」短編
□面倒すらも愛おしい
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《甘え下手な夢主をもっと甘やかしたいヒルメスの話》
・夢主がちょっと面倒くさくてネガティブ。
・前にも書いたネタのような気もしますが、また唐突に書きたくなりました
・IF編設定でも読めますが、なんとなく短編に収納(共通ネタとして読めそうです)
* * *
「ね、ヒルメス」
「どうした?」
「んー、ううん……やっぱりなんでもない」
この会話はもうすでに幾度か続いている。
アイラの声にいつものような元気がない。何かを言いかけては口ごもり、どこか困ったように口をつぐむ。
その様子にヒルメスも心配し、「何でもない」のその先の言葉が気になり出す。
表情が見たいと思っても、アイラはヒルメスの背中側から両腕で抱き付いてきている体勢のため、それもできない。
それが余計に不安を募らせる。
仕事関係か、それとも体調が悪いのか。何か悩み事があるのだろうか。
「……ヒルメス、」
もう何度目かの、縋るような、あふれる間際の感情を抑えているような声音で名を呼ばれた。
ぴたりと、首筋にアイラが額を押し付ける。続いて小さく鼻をすする音に、ヒルメスは今度こそ、はっきりと苦渋を顔に滲ませた。
仕事を終えて帰宅してからずっとこの調子だ。落ち込むその理由を聞いても彼女は答えない。
けれど、泣きそうな顔で縋り付いてくるアイラを放っておくこともできなかった。
「アイラよ、お前が何も言いたくなければ、無理に言う必要はない。だが、顔を見せろ。何もかもを一人で抱え込もうとするのはお前の悪い癖だ」
「……ヒルメスに、言われたくない」
「……」
――そう来るか。まあ差異はないが。結局似た者同士であることは否定できない。
だからこそ、分かり合える部分も多いのだが。
「ごめんなさい、意地の悪いことを言ってしまって……ごめんなさい」
自分で言っておきながら、そうして自己嫌悪に陥ってしまっては負の連鎖で、もう自身で感情を浮上させることもできないのだろう。
アイラはますます背中にぴったりと張り付いて、涙をこぼさないようにするためか、ぎゅっと唇を噛み締めたようだった。
「お前は、まったく……アイラ、」
ヒルメスは一つ溜息をついて、それまで身動きせずにいた体をずらす。
もたれ掛かっていたアイラが体勢を崩すのを見計らって、浮いた細い腕を引っ張れば、有無を言わさず今度は向かい合うようにして膝の上に抱え上げる。
気まずさから目線を合わそうとしないアイラの濡れた目元をそっと拭ってやりながら、ヒルメスは困った奴だと言わんばかりに目元を細めた。
それでも慈愛に満ちたその眼差しからは、アイラの心底愛おしんでいる様子がありありと窺える。
「めんどうな女でごめんなさい、へこんでばかりで、貴方まで嫌な気分にさせてしまうでしょう?」
「……今更だな」
ぎくり、とアイラの肩が強張り、俯いたままの頬を見る見る内に涙が伝い落ちていく。
場違いにもヒルメスは愛らしさを感じた。意地の悪い答えだとは分かっている。そうしてそれによって彼女の中で堪えていた堰が切られるだろうことも想定済みだ。
いっそ泣けばいいと思った。自分の前で見得を張る必要もない。強勢も建前も必要ない。
アイラが傷ついて、悲しくて、辛いときに寄り沿いたい。逃げる場所であり、帰る場所であり、泣きたいときに存分に泣ける場所でありたい。ヒルメスはそう思う。
もちろん、そんな面倒を見るのはアイラだけなのだが。
「面倒な女でも俺は別に構わぬ。お前がもっと強情で、わがままで、欲張りな女でも俺は愛せるだろう」
以外なことを聞いたとアイラは唖然とヒルメスを見た。驚きすぎていつの間にか涙も止まっている。
そうして唐突に気付いた。ヒルメスは自分を泣かせるのも上手いが、泣き止ませるのはもっと上手い。
それを何ともないことのように自然とするから、今まで気付かなかったのだ。
「むしろお前になら、もっと振り回されても一向に構わぬ。煩わしくさせられるくらいが丁度いいのかも知れぬ」
「……それ、ほんとうに? 男の人ってそういう女の人を毛嫌いすると思っていたけど」
「人に因る。言っただろう、お前になら、と」
「私、だけ? だけど、でも、」
戸惑うアイラを静かに胸元に引き寄せる。背中越しに触れ合うよりももっと心地いい。濡れた頬に唇を滑らせると、擽ったそうにアイラが身をよじる。
その様子をじっと観察するように見ていると自分の視線に気づいたのか、やがてアイラも照れるように顔を赤らめて、そっとはにかみ返してきた。
「お前がそうして遠慮する女だと言うことも十分知っているがな。アイラ、憶えておけ。男は好きな女に頼られると悦ぶものだ」
「……なんだか分かったような、分からないような」
「お前はそのくらいでいい。要するに、もっと俺を頼って甘えろと言うことだ」
簡単なことだろう、とヒルメスは鼻先をすり合わせるほど近く顔を寄せて囁いた。
混じり気のない透き通った翡翠色の瞳と見つめ合う。
恥じらうアイラが反らそうとするのを顎に手を添えて押し留め、ヒルメスは返事を待った。
「私が甘えても、ほんとうに嫌じゃない?」
「ああ、むしろもっと甘えろと言っている」
「泣き虫でも?」
「泣いているお前は愛らしいから、一向に嫌な気にならないな」
「もう、ヒルメス! 私はまじめに――」
「真面目に、答えているが」
顎に添えたままにしていた手をくいっと持ち上げて、薄く開いた唇に己のそれを寄せると、アイラは素直にヒルメスの首筋に手を回した。
そうして自身が無意識で甘えていることに彼女は気付いていないらしい。
口は達者であれやこれやと理性的な言葉を連ねるのに、根本的には素直なのだ。
アイラはずっと。まだ十に満たない昔から、今までずっと。
そういうところもヒルメスは好ましく思う。
「俺の言葉が信用できぬのなら、試しに一度、この場で甘えて見せるというのはどうだ?」
「今すぐ? そう、言われても……」
「ならばお前が何か言うまで、このまま離さないというのはどうだ」
抱え上げた腰をしっかりと引き寄せながら、ヒルメスはしたり顔で言う。
面食らった様子のアイラには、先ほどまでのような悲壮感はすっかり見られない。憂いは晴れたか分からないが、気分転換にはなっているだろう。
「さあ、何でも言ってみせろ。どんなことでも構わぬ」
「どんなことでも……」
「何なら、言うまで接吻し続けるというのはどうだ」
「ま、待って、言うから、言うから!」
ヒルメスなら本気でやりかねない。有言実行と言わんばかりに近づいてきた端正な顔に、アイラは慌てて両手でその唇を塞いだ。
「アイラ」
先を促す。
「う〜、その――、……今日は、一緒に寝てほしい……ぎゅって抱きしめていてほしいな、とか、言ってみたり……」
「………」
「あ、あの、やっぱり嘘! いい、ひとりで寝るから! だ、大丈夫だから!」
分かってやっているのか、そうでないのか――否、間違いなく分かっていない――アイラの言葉に、場に構わず面食らったヒルメスは、表面上は冷静さを保たせて思った。
――なんだ、この可愛らしい生き物は!
返事を返さずに何かを考え込んでいるヒルメスに、アイラは憚りもなく甘えた言葉を口にしたことを後悔し始めた。
「その、あの、変な意味じゃなくて……今夜はひとりで居たくないなーって、けど、いいの、貴方が嫌なら別にいいの」
「……嫌な訳があるか、ばか者」
「え?」
アイラはまじまじとヒルメスを見つめる。心なしか、彼の両耳がわずかに赤くなっているのを見とめて、アイラは目を見張った。
「もしかして、ヒルメス――」
「――うるさい。黙れ。お前が言ったのだ――今夜はずっとお前を離さずにいてやろうとも」
「え、え?」
目を白黒させているアイラはどうやら照れさせることを言った自覚もないらしい。妙なところで抜けている。
それが愛しいのだが。
――全く、この俺が調子を狂わされるとは。
そう自嘲気味に思ったが、それでもヒルメスは嫌な気分にはならなかった。
むしろ、惑わされるくらいが丁度いい。自分を無自覚にも振り回すアイラが愛おしい。
だからこそ、面倒くさくても構わないと思えるのだ。
「その代わり、ただとはいかぬな――俺の“わがまま”にも付き合えよ」
今日だけとは言わず毎日でも離さない、と耳元で囁いてやれば、彼女は恥じらいながらも嬉しそうに微笑む。
その笑みに満足して、釣られるようにヒルメスもまた相好を崩した。
面倒すら愛おしい
【あとがき】
唐突に書きたくなった単発ネタ。管理人のモチベーションが反映されてなくもない、です(笑)
面倒or面倒じゃない云々は完全受け売りですが、う〜ん実際はどうなんでしょうね。
そこのところ完全に願望でごめんなさい(笑)
IF編「幸」シリーズに入れても良かったんですが、なんとなくこちらに収めました。
IF編じゃなくても、本編の後日談としても読めるかなーと思います。
甘えさせたいヒルメスと、頑張って背伸びしようとしてしきれてない夢主。我が家の二人はこんな感じです。
追伸。ついに始まってしまいました。
大学生の天敵。就活のシーズンです。
管理人もその魔の手から逃れられない…(泣)
先を考えてすでに憂鬱ですが、執筆はいい息抜きになっているので、このまま気ままに更新していきたいと思います。
ペースは今まで通りで行きたいと思っています。あんまり音信不通だと安否確認がね…(笑)
多少間が空いても、「あ〜不採用通知に落ち込んでるのかな〜」くらいに思って気長にお待ち頂ければ幸いです。
ともあれ、現実逃避にふらりと現れそうな気がしますが!(笑)
これからも、どうぞよろしくお願い致します!!