「リンドウの花を君に」短編

□ほかの女では意味がない
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《夢主を着飾って愛でるヒルメスの話》
・思いつきの短編です。たぶんヒルメスのセンスはピカイチ。王族ですから
・結婚後。IF「幸」編っぽい設定かも


* * *


「……ヒルメス? ――あの、これはいったい……」
 細い金輪の額飾りと、玉を連ねた腕輪と首飾り。
 そして素肌にふれる極上の絹の布地は、滅多に身につける機会のないもの。
 万騎長を祖父にもち、貴族の端くれであるアイラとて、無縁のものと言っていい。
 それこそ、王族が纏うほど高価な服飾品の数々を、いきなりわが身に着付けられて、困惑しないはずがなかった。
「先日、商隊の護衛をした折、雇い主の娘を盗賊から救った礼にと、商人たちが感謝の証として贈って寄越したのだ」
 長椅子に背を預けて、呑気に酒杯を傾けているヒルメスが応える。
「そう……それは分かったけれど、……どうして私が着ているの?」
「俺が着るわけにはいくまい?」
「いえ、そういうことではなくて……」
 さすがにヒルメスに着ろとは言っていない。 言っていないが、だからといって、自分が着る理由もない。
 貴族の娘どころか町娘程度にも着飾ることもあまりないアイラには、かなり難易度が高い衣装だ。
 そんなアイラの複雑な心境も、ヒルメスには伝わらないようだった。
 当のヒルメスは目の前に立たせた妻を上から下まで満遍なく堪能して、満足そうに口端を持ち上げている。
「そういう恰好も悪くない。清楚で慎ましいお前も好ましいが、たまにはよかろう」
 アイラはぽっと顔を赤らめる。体を小さくして、視線を彷徨わせても、自身に注がれる熱い視線は一時も離れない。
 居た堪れなさに視線を落とすと、大きくあいた胸元と、透けるほど薄い布地が目に入る。ただでさえ心もとない衣装なのに、大腿と背中が丸見えという露出の高さには眩暈を覚えた。
「……こちらに来い、アイラ」
 固まったように動かないアイラの腕を引いたヒルメスは軽い体を膝の上に抱き上げる。
 遮るもののない背中に触れ、首筋から胸元に唇を這わせると、頭上から吐息がこぼれ落ちてきた。
 見なくてもわかる。きっとアイラは泣きそうな顔をして羞恥に苛まれているだろう。
 色気たっぷりの衣装を身につけ、紅をさした赤い唇に吐息を滲ませて憂いを帯びる、その初心さが堪らない。
 アイラが羞恥に苛まれれば苛まれるほど、もっといじめたくなるというのが本望だ。
「お前は色が白いから、玉がよく映えるな。涼やかな碧玉もいいが……赤も似合う」
 赤はヒルメスが好んで身に着ける色。似合うと言われて嬉しくないはずがないと、アイラは思う。
 けれどそんな思いとは裏腹に、美しすぎる装飾品を前に浮かれる気持ちは起きず、むしろ気が重くなっていく。
「ヒルメス……こんな恰好、私には似合わないわ。もっと高貴な姫君などでなくては」
 アイラは悲しげにそう言った。
 きっとヒルメスの隣には、華やかな衣装と極彩色の玉で飾られた姫君が似合うのだろう。
 タハミーネ王妃の容貌を脳裏に浮かべて自分と比べてみる。あの万民を惹きつける生来の美貌にはどうしても叶わない。そう思うと胸が苦しくなった。
「何を言うか。俺の見立てが信じられぬのか? お前が何を考えているのかは知らぬが、お前は自分の価値を知らなさすぎる。俺は世辞を好まぬ」
「でも貴方だって、こうして着飾った姫君のほうが好ましいと思うでしょう? 私は日がな一日薬草を収穫したり、読み物に明け暮れたり……とてもじゃないけれど、私に飾り気はないもの」
 療師として多忙を極める毎日にそんな暇はない。
 アイラとてもちろん、好きな人の前では綺麗な自分を見てもらいたいという思いはあるが、元々こういうことは苦手な質なのだ。
 沈むアイラを呆れたふうに眺めていたヒルメスが喉を鳴らして笑う。
「よその女が着飾っても意味がない」
「え?」
「滅多に着飾らないお前が着飾るから意味があるのだ。美しい妻に惚れて何が悪い」
「ヒルメス、ぁ……、――!」
 唐突に唇を奪われる。息さえもつけないほどの激しさで貪られる。
 ゆっくりと離れていったヒルメスの唇に、自分の紅が写っているのを見とめて、それが無性にいやらしい。
「お前のほかに愛でる価値のある女はおらぬ……それに、」
 背中を撫でられて反射的に仰け反ると、顎と喉を熱い舌で舐められた。
「己の好みに着飾った愛しい女を脱がしたいと思うのも、――男の性だ」

 愛しい人の腕に抱かれ、しだいに陶酔していく視界の隅で、ヒルメスの酒杯が忘れ去られたように床に転がっているのが見えた。


ほかの女では意味がない



【あとがき】
 なんと二か月半ぶりの更新です!ほんと、今が一番大変……就活に翻弄されております……。
 もしも見捨てずにいてくださった心の広い読者様がおられるなら、感謝してもしきれません……。
 拍手コメントやアンケートコメントなども定期的に見させて頂いております。
 全てに返信できていないことが申し訳ないのですが、この場をお借りして、お礼を述べさせて頂きたいと思います。
 本当に励みになっています。ありがとうございます。

 さてさて、休止していた間にアニメアル戦の第二期情報が次々開示されましたね!
 殿下のハーフパンツがかわいいですね←
 個人的にシャガードさんがツボでした(なぜとは言いません)
 ギラン編は大好きです。当サイトの長編もアニメ放送に合わせて再開したいと思っています。

 追伸。
 原作小説15「戦旗不倒」読みました。
 もうね、やばかったですよね。
 読んでから一週間くらいは泣いて過ごしましたよ……
 「ヒルメス!この野郎!」と叫びつつ、やっぱり一番好きなキャラはヒルメスなんです(笑)
 そんな感じで、これからも執筆頑張っていきたいと思います。
 ご感想、お待ちしております。


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