「リンドウの花を君に」短編
□この想いが届きますように
1ページ/1ページ
《口下手なヒルメスとヒルメスを甘やかす夢主の話》
・一発書き小話
* * *
「―――アイラ」
とん、と軽い衝撃が背中を襲う。
背後から伸びてきた力強い腕に前触れもなく抱きすくめられたかと思えば、首筋に熱い息がかかった。
アイラは読み物をしていた手を止めて、小さく見開いた目を瞬かせる。
「ヒルメスったら、どうしたの?」
そう言って振り返ろうとすれば、いっそう強く抱きしめられて動きを遮られる。
動けないわ、とわざとらしく不服を露わにして呟いてみるものの、拘束は解けない。
いつにないヒルメスの様子を不思議に思いながらも、背中からじわりと伝わる温かさは心地よく、うなじをくすぐる吐息はとろけるほどに甘い。
「アイラ」
もう一度、今度は先ほどよりも柔らかい声で名を呼ばれた。
「なあに?」
「……別に、大したことはない」
「そう?」
あからさまに大したことがありそうな様子なのに、それ以上は何も答えようとしないヒルメスに、アイラはそっと口元を綻ばせた。
笑う自分に気付かれれば機嫌を損ねてしまうことは目に見えているので、髪を耳にかけるふりをして、手で口元を隠す。
いつまで経っても口下手なのは、彼の愛すべきところなのだろう。
言葉に出すのが苦手な分、こうしてぬくもりを分け与えてくれるのだから、それだけでいい。少なくともアイラは抱きしめてもらえるだけで満ち足りている。
「ヒルメス」
黙り込んでしまったヒルメスの代わりに、今度はアイラが彼の名前を呼んでみた。
自分でもびっくりするくらい甘えた声が出て、恥ずかしくなる。
拘束がまた少し強くなる。
今度は少し痛みを覚えて、ヒルメスの腕に自分のそれを重ねると、すぐに真綿に包まれるように柔らかな抱擁へと変わった。
「すまない……痛かったか?」
「いいえ大丈夫よ。ねえヒルメス、貴方の顔がみたいのだけれど」
「……」
「あら、妻が夫の顔をみたいと思うのはいけないこと?」
クスクスと笑いながら意地悪を言ってみると、ヒルメスが居心地悪そうに身じろいで咳払いをする。
「……そのまま振り返らずにいろ」
「どうしてかしら。ヒルメスったら照れているの?」
「っ、アイラ!」
強い口調で叱るように名前を呼ばれても、首筋から伝わる体温は熱いばかりで、なんとも微笑ましい。
柄にもないことをしてしまったと照れている様子が目に浮かんで、アイラの顔も緩みそうになる。
「大好きよ、ヒルメス」
「……そうか」
そっけない返事と共に、首筋に熱い口づけが落ちてくる。
「貴方のそばにいられて幸せなの。こうして抱きしめてもらえるのが嬉しくてたまらないわ」
「……そうか」
またそっけない返事と共に、背後から回り込んできた大きな手に顎をすくい取られて、熱いもので唇を塞がれる。
激しく口腔を荒らされながら、優しい手に体を反されたかと思うと、気が付けば、互いに見つめ合っている。彼の目には自分だけが写っていて、きっと私の目にも彼だけが写っていることだろう。
言葉にするのが苦手なヒルメス。感情の表し方もどこかぎこちなくて、それでいてとてもあたたかくて、優しい人。最愛の人。
「ヒルメス」
彼に抱きしめられて、求められて、甘えられて、奪われて、その喜びに泣き出してしまいそうな自分がいる。
濡れた唇を名残惜しげになぞったヒルメスに押し倒される。頬にかかる吐息に打ち震え、乱れた呼吸の苦しさもぼやけて分からなくなるほど体が熱い。
そろりと両手を伸ばして、逞しい体を引き寄せると、ヒルメスは抗うことなく覆いかぶさってきた。
「アイラ」
名前を呼ばれただけなのに、とろけるように気持ちがいい。幸福感がひだまりの陽光のように心地よく、体がほどけていくようだ。
端整な面立ちの半分を覆う火傷のあとを指先で丁寧になぞって、長椅子に沈んだ身をわずかに起こして唇を寄せる。
ヒルメスが顔の傷あとに触らせるのは自分だけだと知っている。心の深いところまで受け入れられたようで、それがたまらなく嬉しい。
浮かせていた後頭部を手で包み込まれるように支えられて、腰を抱き寄せられて寸分の隙間なく抱き合う。
「だいすきよ、ヒルメス……愛してるわ――――」
間近に迫る端整な顔を熱っぽく見上げて、アイラがそう囁けば、ヒルメスのかすかな吐息が耳朶を震わせて甘くとろけた。
言葉にするのが苦手な貴方のぶんまで、あふれるこの想いを、伝えたい。
抱きしめて、抱きしめられて、ぬくもりを分け合いたい。
いつも、いつでも、いつまでも。
この想いが届きますように
【あとがき】
久々更新すぎて、読者様に頭が上げれない状態です…汗
この二か月間、拍手コメントもいくつか頂いていたのですが、お返事すら書けていないというこの体たらく…
詳しくは後ほどnewに上げますが…この二か月間(まだ続くかもですが)メンタル的にしんどかったです…
しばらく何も考えずに執筆できたらいいなと甘い期待を抱きつつ、マイペースに頑張ります。
読者様の応援がほんと嬉しくって、本調子ではないんですが、リハビリ小話を更新しました。
二か月ぶりの更新がこんな散文ですみません…
あー!!!!!がっつり甘えろい話が書きたい!!!!!!