文章
□忘れるわけない
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隣の家に住む1つ上の男の子、
名前は宮永 晶(ミヤナガ アキラ)──通称、アキちゃん。僕だけが呼ぶ彼の呼び名。大好きな僕の可愛いアキちゃん。
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僕は周りからよく可愛いと言われる。男なのに女の子だと間違えられることなんてしょっちゅうで。それが堪らなく嫌だった。
小さい頃から近所のおばちゃん達には異常に可愛がられ、同級生の男の子達には気持ち悪いとイジメられ、苦しくて辛くて何でこんな顔に生まれてきたんだ、といつも泣いていた。
そんな時、決まって現れるのがアキちゃんだった。
普段はクリッとした目を半月にして僕の手を引くアキちゃんは、僕をイジメる男の子達をその綺麗な手で追い払う。
「大丈夫大丈夫」
そう言って、僕を安心させるように抱き締めてくれるアキちゃんに幼いながらも恋心が目覚めるのは仕方のないことだった。
──好きだよアキちゃん。
その目に僕しか映さないで。
「真、父さん転勤になったんだ」
それは突然だった。バリバリのサラリーマンである父さんの転勤。ここから離れた場所への引っ越し。
…アキちゃんと離れる?
絶対に嫌だ。だけど、僕に選択肢はない。だから約束した。アキちゃんに会いに来ること。
今よりもっと大人になって、今は守られるだけの僕がアキちゃんを守れるような大きな男になって、アキちゃんを迎えに来るんだ。
「おれがマコトに会いに行くよ」
「ううん。アキちゃん…、僕が帰ってくるのを待ってて。帰ってきたら一番に会いに行くから…」
「…ん、うん!」
パァッと笑うアキちゃんが可愛くて、いろいろしたくなった。さすがに出来ないので、いつも僕を守ってくれたその綺麗な手をギュッと握り締める。
引っ越した先でイジメられるかもしれない。また気持ち悪いと貶されて髪を引っ張られて。これからはそうされても助けてくれる彼はいない。アキちゃんの手は暖かくて、やっぱり離れたくないと泣きそうになった。
引っ越した先でイジメられることは無かった。それどころか、綺麗な顔だと女の子に褒められて、成長するにつれてそれは日に日に恋人関係を求めるモノに変わった。
「沖合(オキアイ)くん、好きです。付き合ってくださいっ」
顔を真っ赤にしてそう言う女の子から、僕にも緊張が伝わってくる。だけどごめんね。僕にはもう、心から好きだと思える人がいるんだよ。
「…ごめんね。」
「好きな人がいるの?」
「うん…。…随分会ってないけどね」
「もう、忘れてるかもしれないよ??」
沖合くんを忘れるなんてことないだろうけど、と笑う女の子に僕も笑みが溢れる。
「…それでもいいんだ」
アキちゃんはもう、僕を忘れているかもしれない。アキちゃんにはアキちゃんの環境がある。生活がある。それは僕がいなくても成立するんだろう。
だけど僕はアキちゃんを覚えている。忘れるわけがないんだ。忘れられるわけがない。アキちゃんに初めて会った時からずっと、愛しくて仕方がなかった。
アキちゃん、アキちゃん。
会いたい。会いたいよ。
アキちゃんに触れたい。
触れてほしい。
「───アキちゃん、」
久しぶりに声に出した。もう長い間見ていなかった背中は大きくなっていて、だけどすぐに彼だとわかった。
ビクリと肩を揺らして恐る恐るといった様子でこちらを振り向いたアキちゃんは昔と変わらない大好きだったアキちゃんで。
僕を見た瞬間、わかりやすく瞳を揺らしたアキちゃんに愛しさが込み上げてきて、感情のままに抱き付いた。
会いたかった、と涙声で呟くアキちゃんが可愛くて可愛くて、もう二度と離したくない離れたくないとアキちゃんを強く抱き締める。
──好きだよアキちゃん。
「僕の、アキちゃん…」
「真…」
「これからはずっと一緒にいようね」
首筋に顔を埋めた僕を振り払うことなく、ギュッと僕の背中に手を回すアキちゃんに頬が自然と緩む。
クスリと笑えば、アキちゃんも笑った気がした。
終.